来る日も来る日も、岬の彼方を見つめて過ごした。
定航船団はなかなか現れなかった。
一方、ナンガサキ住民たちの熱狂は高ぶるばかりだった。
私が先導する必要もなく、庁舎と役人たちの邸を襲撃する手筈が整い、役割分担も周知徹底された。
全市民が武器を手に取り一斉蜂起する。たとえマニラからの援軍が1年先、2年先になろうと、それまで私たち自身でカンパク軍と渡り合おう。独立の狼煙を絶やすまいぞと、そんな誓いの合言葉が交わされた。
役人たちはナンガサキ住民がすっかり従順になってくれたと気を許しており、中央からの通信がすべて筒抜けになっていることにも無頓着だ。
そちらからの情報によると、今年は積荷を買い取る指示がきていないという。
子供の誕生と東部戦線でてんやわんやだからというのもおかしな話で、これまで急速に中央集権化を推し進めてきたカンパクの政治力が弱まっているように感じられる。
筋道は立てられる。
すでに、カンパクに敵はいない。
媚びへつらう家臣たちに囲まれ、民衆からは武器も覇気も取り上げた。そんな日本の王である。
地方のことなど、どうでもよくなったのだ。
これが崩壊の前兆なら最大限に利用すべきところだが、ひとまず慎重に様子をみよう。
聖プラクセディスの祝日。
沖に出ていた巡視船が、駆けこんでくる。
ついにジャンクの到来だ。大挙して現れたらしい。私はすぐに曳航艇へ乗りこんだ。入江を抜ける。
目を見張った。
これまでにない、大船団だ。
残念ながら、すべてジャンクで戦闘艦はいない。しかしそれは想定内。
旗艦に近寄る。
甲板に、ひときわ背の高い男。まちがいない。ヴァリニャーノだ。
ついに相見えるのか。
接舷し、縄梯子が下ろされる。乗りこむ。
大勢のパードレに混じって、モウラがいた。
……なぜ、おまえが、ここに。
「パードレ・ルイス・フロイス。また会えて嬉しい。
君の報告はすべて読ませてもらっている。皆、無事か?我々はどこに入港すればよいのだろうか?」
ヴァリニャーノは力強く、私の手を握った。
すでに戦いは始まっているのだ。うしろで身構えているパードレたちの視線が私を容赦なく突き刺す。こいつら全員、ヴァリニャーノの子飼いだろう。非戦派ということになる。
しかし……見るからに、肚に一物ありそうな船員崩れの猛者ばかりのようにも映る。
もしかして、武闘集団なのか?ヴァリニャーノは、方針を改めてくれたのか?
考えるのはあとだ。
私は、まず布教長コエリュが3箇月前に帰天したことを伝えた。
全員が、信じられないという表情を示す。
その他いくつかの質問に答え、私は小舟に戻り艦隊を引き連れてナンガサキ湾内へ入港した。
市民は私の合図を待っている。ヴァリニャーノも身柄確保の対象だったからだ。
状況に変化あり、話し合いを行う、と伝える。
9艦が入江に投錨した。
船員たちが続々と上陸し、役人を挟んで市民と交歓会を始めている。
ヴァリニャーノは屈強なパードレたちに囲まれており、隙を見せない。
かれらの後ろから、ふしぎな少年たちが現れた。
紹介される。マンショ、マルチノ、ミゲル。
東洋人ぽい顔つきだが、綺麗なラテン語を話す。日本語はわからないようだ。
チイナから連れてきたのかな?
何なんです、この子たちは。
「わからないかね、パードレ・フロイス。9年前、私が日本を離れるとき、使節として連れていった子供たちだ。
ラウマで教皇猊下に謁見し、ノブナンガ殿の風景画を献呈してきてくれた。
至急たのみたいことがある。もう2人降りてくるが、この子たちの親に連絡をとって、対面させてあげてほしい。
素性の詳細はパードレ・メスキータから聞いてくれ」
驚いた。……日本人だったとは。
まったく、記憶にないが。カヅサ殿からいただいた、アヅチの街を描いたあの見事な屏風だけは今もはっきり覚えているけれども。
猊下に……お会いしただと?
教皇庁に……あの屏風が……おお、うおお、何という、何という慰めだろうか……
「パードレ・フロイス。私も、9年ぶりとなります。お互い齢をとりましたね。
ずっと、貴公子たちとエウロパじゅうを回ってきました。お世話になります。日本布教史は、これからがやっと本番ですよ」
パードレ・ディオゴ・メスキータから、そう挨拶された。
え、こんな男、いたっけ。記憶にない。
貴公子たち専任だそうだ。メスキータも日本語をまったく話せない。少年たちにはラテン語以外教えてこなかったという。なるほど。
モウラとは、少しだけ話すことができた。
一日も早くフェリペナスへ行かねばと考えていたが、ヴァリニャーノに阻止された。軍事援助については、マニラ布教長セディーニョへ手紙を書くのがやっとだったという。
何ということだ。これではすべてが水の泡かもしれない。
現在も監視は厳しく、それ以上の会話はできなかった。
当日のうちに、アリマ、オオムラ、ウトからも使者が来た。
信徒らの熱狂も深夜まで騒がしさが引かず、私たちの会議はしばしば中断を余儀なくされた。
新布教長ゴーメスはアリマに、副長カリオンはフィラドへ行っている。すぐ使者を遣わしたが全員が揃うのは数日後になるだろう。
それまでは私が、一人でヴァリニャーノを説き伏せねばならない。
難しい。私はてっきりパードレ・ロレンソ・メシヤが一緒に来ると想定していた。あの、博識で理論派のメシヤを、いかにこちらの味方につけるかが鍵だった。
今回の、ヴァリニャーノの側近たちは、まったく性格が異なる。まるで異端審問官のような連中ばかりなのだ。
私は慎重に構えざるを得なくなった。
こんなところで仲間割れをしている場合ではないのだぞ。そう叫びたくてたまらないが、ぐっとこらえる。
「パードレ・フロイス。布教長秘書として君は精一杯仕事をしてくれたものと信じたい。
だが、私には詳細を確認する義務がある。
膨大な報告書を通して見えてくるのは、パードレ・ガスパル・コエリュが生来きわめて好戦的で、傲慢かつ衝動的な性格だったということだ。
彼は決して道理に耳を傾けようとせず、聖職者として介入してはならない多くの事柄に手を染めた。それでいて自分が行わねばならないことは怠った。
数々の、思慮を欠いた軽率な振舞が契機となってカンパクが追放令を出すに至ったわけだが、君はそれを最も間近で見てきたわけだ。
なぜ、止められなかったのだ?」
……パードレ・ヴァリニャーノよ。今にして思えば、確かにそうだったのだと、私にも考えることができます。
でも日々戦火の中を逃げ回り、信徒たちの苦しみに寄り添う生活を送るうち、私にはその判断がつかなくなってしまっていました。
パードレ・コエリュは私の上長であり、尊敬する先輩であり、そのお言葉一つひとつはデウスのお導きに等しい啓示だったのです。私には、疑うことなど思いもよりませんでした。
ただ一途にその意を汲んで書面に仕上げることが、私の仕事でした。今は取り返しのつかないことをしてしまったという反省で心がいっぱいになっております。
なぜ、なぜ、こんな事態になってしまったのか。私にも、わかりません……
「パードレ・フロイス。君は、パードレ・カブラルの下に就いていた頃からその傾向が強かった。言われたままに、動くだけなのだ。
あまりに、自分で考え自分で判断するという気概が足りない。それは文章にも顕れている。
断片的で、一貫した主張がない。とっちらかっているのだ。雰囲気に流され、勢いだけで格好をつけ、それで満足する癖がある。
君さえもっとしっかりしていてくれたら日本は今頃独立管区となり、世界が羨む楽園として名を轟かせていたことだろうに。とても残念でならないよ」
言いたい放題言いやがるなあ。生来傲慢なコエリュを布教長に指名したのはどなたですか。
その布教長を居座らせたまま秘書さえマトモだったら何もかもうまくいってたなんて理屈通りませんよ。
とっちらかってんのはあんたの方だ。ひでえ話だよまったく。
しかし、こうも思う。
ヴァリニャーノがどこまで実態を掴んでいるのかは知らないが、たとえば私なり他の誰かなりを断罪して処分しても、それだけで状況は好転しないだろう。
だったら、既に地上にいないコエリュ一人に全責任を負わせ、残りの全員を協力させて、解決のために行動させる。
これはきわめて賢明な作戦に思われる。
もしかしたら、そういう肚ですか?
確信は持てないが、そんな気もしてきた。だってあまりにも空々しかったからな。
私の報告書をそのまま読んで、あんな解釈は普通、しないだろう。
ゴーメスやカリオンとも口裏を合わせておけば、最終的に、ヴァリニャーノが全責任をとる方向に持ってゆける……か?
よし、肚は決まった。