戰國ぢあぼろす   作:ひねもす@HAMELN

28 / 328
SengokD.1565/006.hmos

私がミヤコへ到着した日は、日本の暦では新年の初日である。

 

一年のはじまりといえば、待降節か割礼日だが。

日本では、両方を合わせたような感じだ。

日本人は皆、この日から数日間を、互いに訪問し合い、サケを飲ませ合い、酔いつぶれながら過ごす。

タク島でもそういう風習はあったが、ミヤコのそれは、はるかに厳格で、強制力が大きい。

すでに私は、一年分疲労した。

身も心も、受難の苦痛を訴えている。

 

パードレ・ヴィレラは、峠を越えてきた私たちを休ませる間もなく、シモから持ってきた荷物をあらためはじめた。

新しい祭具や通信類、それから有力者への献上品である。

いくつかを選び出し、最上級の祭服に着替え始め、私にも、支度をするよう命じた。

輿が呼ばれ、信徒の若者たち20名近くが列をなして教会を出発する。

あれよ、あれよという間だった。

質問する暇さえ、与えられなかった。

 

大した距離も進まずに、輿を降ろされた。

街路の先に見えるのが、クボウサマの王宮であるという。そこまで歩く。

わけがわからない。こんな近さで、輿に乗る意味はあったのだろうか。

全員が無言のまま、雪を踏みしめて進む。

門の周囲はぬかるんでおり、結局、足下は水浸しになった。

ヴィレラの横顔をうかがうが、まったく表情が読み取れない。

 

ヴィレラは悪魔にアニマを売ってしまい、今また私も同じ道に従わせようとしているのではあるまいか。

そんな思いが頭を離れなかった。

 

2つ目の門をくぐる。ヴィレラと私と、通訳の日本人がひとり、控え室へ通される。

その他の信徒は、別の広間で待機するという。

かなりの時間が過ぎた。

私たちは無言だった。

 

睡くなるが、意識を失うたび、ヴィレラに手をつねられた。

やがて、次の部屋へ通された。

 

クボウサマへの挨拶は、ほんの僅かの時間で終了した。

広間の端で、少しだけ高い台に座る人物がクボウサマということであったが、一言も喋らなかった。

脇に並ぶ家臣が、献上品への礼を言う。

ヴィレラがポルトガル語で手短に祝辞を述べ、通訳が日本語で伝える。

これだけだった。

 

さらに別室へ移動させられる。

食事が用意されていた。

これも、苦痛で耐えがたいものだった。

1時間もかからなかったが、貴重な体験だと思うので、思い出しながら、述べる。

 

タタミ20枚ほどが敷き詰められた部屋。

3台の小さな食卓が並んでいる。私たちのぶんだ。

そこへ座る。

女が何人か入ってくる。

全員、高価そうな絹衣を重ね着しており、裾をひきずって歩く。

終始、口元を隠しながら、声を出して嗤い続ける。

我々3人を、各2人の女官が担当し、箸で食物を口に入れてくる。

好みも、食べたい順も、一切、彼女たち次第だ。

彼女たちもまた、日本語でお互い会話をしながら、私たちの方を向いては、口を隠して嗤う。

 

食物はどれも、作り置きされた、すっぱいものだらけだった。

さすがに気持ち悪くて、もうお腹がいっぱいですと伝えてもらう。

全員が、大声で嗤った。

ヴィレラは私のことを、粗野で礼儀を知らぬ、日本へ来たばかりの田舎者なのでとポルトガル語で説明した。

 

女たちの言葉を、日本人通訳は、おそらく正確に訳していない。

私たちの言葉についても、正しく伝えているかどうかは疑問である。

ヴィレラは終始、日本語をわからないように演じてみせていたが、そんなことはあるまいにと思いつつも、無表情すぎて真意が探れなかった。

やがて食事は終わり、私たちは解放された。

門から教会までは、全員、並んで徒歩で帰った。

 

ヴィレラに聞きたいことは山ほどあったが。文句も言ってやりたかったが。

彼は教会へ戻るなり、また献上品を見つくろい始めて、これからすぐサンガへ向かうのだという。

新年の挨拶は日本人を相手にするにおいて、ことにミヤコ周辺では重要な儀式なので、すぐに発たねばならない。

話をするのは帰ってからにしよう。

そう、冷たく言われた。

教会の管理は、日頃からいる日本人信徒や従僕にすべて任せてあるので、かれらから、ミヤコのシキタリを教えてもらっておきたまえ、という宿題も課せられた。

 

ヴィレラがサンガへ同行させる一団の中に、噂の日本人イルマン、ロレンソがいた。

とりあえず、挨拶を交わす。他の日本人が、私の背格好や、どんな雰囲気の男であるかといった特徴を、ロレンソへ日本語で伝える。

ロレンソは流麗なポルトガル語で私に祝福を述べ、戻ってきたらゆっくり語らいましょう、と言ってくれた。

きわめて聡明にして、礼儀正しい。

血の気の多い坊主でも、この男を怒らせることは躊躇するであろうということが、一瞬にして諒解できる人物であった。

ヴィレラのことは、ヴィレラ自身に聞くより、ロレンソに聞いた方がよくわかるかもしれない。

 

イルマン・ロレンソは、盲目なのである。

メステレ・フランシスコやパードレ・トルレスたちがアマングチで布教していた頃、彼は聴衆の片隅にいた。

当時はまだ左目が少し見えていたらしいが、疱瘡に冒されており、この病は顔や手を象の肌のように変形させていき、視力も奪ってゆく。

エウロパでのレプラと同じものであれば伝染病なのだが、日本では遺伝疾病とされ、疱瘡患者を出せば家族ぐるみ、町を追い出されるという。

坊主は殊更この病気を信仰心の無さと結びつけ、全財産を搾り取ったうえで、生まれ変わってから誠実に生きよと突き飛ばす、なんてひどい話はシモで何度も聞いた。

 

ロレンソは、日本人なのに音楽の才能を持っており、爪弾きヴィオラで物語を奏でる。

この芸で食いつないでいたが、疱瘡がひどくなっていくにつれ、家へ上げてくれる貴人も見つけにくくなってきていた。

しかし、ロレンソの才能を見出したメステレは彼にエウロパの薬を与え、その症状を食い止める。

 

のち、アルメイダの病院でもロレンソの治療は続けられ、今も顔にあばたはのこるが、疱瘡患者であったことは、過去のものとなった。

視力は戻らないが、より研ぎ澄まされた彼の音楽的才能は、すべての聴衆を惹きこまずにはおかない。

まさにロレンソ自身がデウスの奇蹟を体現する存在となったわけだから、この説得力の前にはどんな坊主もかないっこない、というわけだよ。

 

ふう、つい熱くなってしまった。

そう言いながら私もまだロレンソの聖書物語を聴いたことはないわけだけれどもね。

しかし、さっきの挨拶だけで、彼の実力はわかった。

ヴィルトゥスに満ちあふれてる。

ヴィレラをシモへ戻しても、ロレンソはミヤコへ留めておいてほしいな。これはなんとしてでも固守しよう。

 

それにしても、しばらくの間は、ミヤコでひとりぼっちか。

不安でしょうがないよ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。