戰國ぢあぼろす   作:ひねもす@HAMELN

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SengokD.1590/006.hmos

初日だけだった。

翌日からヴァリニャーノは一転して、私を要警戒対象に据えた。

しくじった。油断した。もはや、とりつく島もない。

 

側近の異端審問官たちが代わるがわる、私から一瞬たりと目を離さない。

息詰まる圧力を受けながら私は命じられた業務に専念する。

シモじゅうの全宣教師を召集すること。9年ぶりに帰国した貴公子たちの親族を探し出すこと。

この2点だ。

 

聞き耳を立てている限りでは、ヴァリニャーノも側近も、日本語にはまったく馴染んでいない。

私としてはそこにつけいるつもりでいたが、連中はただちに、日本人従僕たちでポルトガル語やラテン語に堪能な者を見つけ出し、面談の上で自分たちだけに絶対服従を誓わせ、我々と切り離し始めた。

そしていつの間にやらナンガサキの知事らとも交渉し、インディア王の使節としてカンパクへ拝謁を希望するという申し込みをすませた。

 

モウラは、かれらの側に就いている。

初日の僅かな対話の印象では、私に伝えたいことはもっと沢山ありそうだ。

しかし監視が厳しすぎて、すれ違っても目さえ合わせようともしない。

なんたることかと、ホゾを噛む。

 

今回、初来日したパードレは7人。イルマンは4人。モウラやメスキータら、再来日パードレが5人。この他、無数のエウロパ人をヴァリニャーノは従えてきた。

かれらの連携は驚くべき練度だ。

私は書斎を取り上げられた。足の踏み場もないほど書類を積み上げていたが、それらが今、片っ端から監査の対象となっている。

 

生きた心地がしない。まるで自分がコンベルソであったと宣告された気分だ。

アルメイダはずっと、こんな感情と戦っていたのだろうか。むごい話だ。

ただ一途に御主を信じてきた人生を、なぜ、今頃になって、全否定されねばならないのか。今日までコンパニヤに尽くしてきた貢献も、無意味にされてしまうのかと。どれだけ悔しかったことか、アルメイダよ。

君は今、パライゾにいるのだろうね。だったら私に光を射したまえよ。どうか導いてくれたまえよ。

そう私は祈り続けた。

 

業務なので、メスキータ及び貴公子たちとは対話を重ねた。

それは私にとって、大いなる慰めとなる。

かれらは600日間、エウロパじゅうを巡業した。リジボーアに上陸し、エーヴォラ、ヴィラ・ヴィソーザ、マドリードへ。

エスパニヤ王フェリペ2世陛下に謁見し、その皇太子の宣誓式にも参列する。

地中海を抜けイタリヤ半島へ。トスカーナ大公の宮殿に滞在し、ラウマへ入ってイエズス会本部にて歓迎会。

四旬節に入っていたが、連日、復活祭並みの祝宴が催される。

 

教皇庁でも、日本の少年たちは破格の待遇で迎えられた。

教皇猊下は連日かれらを宮殿へ招き、枢機卿でも立ち入れないといわれるご自慢の庭園まで御身自ら案内されたという。

私は膝を震わせながら、生唾を呑みこみながら、この話を聞いていたが、更に衝撃的な続きがある。

18日後、教皇猊下は静かに、息を引き取られた。

これ以上の至福は無いでしょうと、アニマを御主にお返しすることを願い、それが叶えられたのだ。

貴公子たちは葬祭と、新教皇の戴冠式にも列席し、引き続いてラウマ諸教会での式典にも可能な限り参加した。

そして翌月には全員にラウマ市民権が授与されるという栄光にも浴する。

 

極東の楽園ニッポンは、カウトリカの歴史に燦然と刻まれる存在となったのである。

 

貴公子たちは、復路でもエウロパじゅうの市民から歓迎を受け、その期待を決して裏切らなかった。

あどけない子猿のような顔立ちなのに、風貌は堂々としており、所作の一つひとつが美しい。

教会を埋め尽くす聴衆の前でも物怖じせず、上品なラテン語で式辞を述べ、リュートやティビアによる演奏も完璧にこなす。

東方の三賢者にもなぞらえられるその姿は、日本の印象を決定的に高めた。

 

「パードレ・フロイス。もうわかっていただけたと思いますが、カンパクによる追放令を、エウロパに知らせることはできません。

伝えるにしても、一切を解決に導いたあとで、それが必然であったことも過不足なく説明する必要があります。

日本を武力で制圧するなど論外。パードレ・ヴァリニャーノがどれほどの責任と使命感を背負ってここまで来ているか、それを深く考えてください。

いいですか。あなたなら、わかるはずだ」

 

5人の貴公子たちも私を見つめている。

脅えた羊のようでもあり、猿が私を軽蔑しているようにも見える。その表情から真意を探ることは不可能に思う。

かつて、このような人生を経験した子供たちなどいない。

私にはかれらの心中を推量することなどできない。

 

ほどなくヴァリニャーノから、メスキータを通して、指令を与えられた。

ヴァリニャーノのもとへは、ブゼン、フィラド、クルメ、そしてブンゴのヨシムネからさえ、続々と使者が訪れ、歓迎会の誘いが舞いこんでいる。

貴公子たちを可能な限り訪問させ、貢物も盛大に振る舞うそうだ。

これに私も協力することを求められた。

 

方針は明確だ。コンパニヤは、すべての人々を友とする。

私たちがいる場所では、争いも猜疑も、人を不幸にさせる一切を存在させないよう心掛ける。

それはカンパクが目指しているものとも同一である。

何らかの行き違いがあったことを真摯に受け止め、躓きがあったならば詫び、正したい。そして一日も早くこの日本に恒久的な真の平和を樹立し、すべての人々に笑顔をもたらそう。

そんな新常識を、シモから拡散させ、ミヤコまで伝えさせるのだ。

カンパクも、きっと話し合いに応じてくれるだろう。

 

なるほど。ものすごく、筋が通っているようにも思える。

ヴァリニャーノはカンパクに謝罪するつもりなのか。私たちは悪くないのに。

追放令を撤回させられるなら、頭のひとつも下げてみせようと。そういうことか。

 

屈辱だ。私にはできない。

だが。コエリュの暴走が原因で、そのコエリュが死に、大上司が登場して、ひれ伏す。ヴァリニャーノがこの汚れ役を務めてくれるなら、それは実にありがたい解決策だとも思う。

わかりました。察しました。さすがは巡察師。さすがは管区長。従いましょう。私は粛々と、自分の役割を果たします。

 

 

メスキータたちの巡業を準備していると、周辺の住民たちから噂が伝わってきた。

ナンガサキ全市民が武装蜂起して、役人たちを襲撃し、独立自治区を宣言して中央政府に対し徹底抗戦を開始する。そんな反乱をコエリュが準備していたらしい。

ヴァリニャーノはすでにこの計画を嗅ぎ出し、解体に着手しているようだ。それも、極めて穏便に。

 

家々に隠し持っている武器弾薬があれば、教会に持ってくれば、市価の10倍で買い取ろう。持ち運びが難しい場合は出張買取も受け付ける。期間は2週間。それ以降は順次減額していくよ。さあさあ早い者勝ちだぞ。

 

売っていいですかと皆、私に相談してくるのだが、私は何も知らないので適切に答えることが難しい。

しかしコエリュはもういないし、なんといっても駐日全パードレよりずっと上位な管区長からのお達しなのであれば、従うべきだとも思うのだよね。

そう言うと、皆、一目散に駆けてゆくのだ。

複雑な感情も去来するが、誰も不幸になっていないのだから、いいかと思うことにする。

 

続けて、カリオンが出張先のフィラドで病死したとの報に接する。

コエリュやサンチェスと同じ症状だったそうだ。

おまえだったのか、と誰かが囁いた気がした。

おそらく彼が最後だと思うよ。なぜだか、そんな気がする。

私は知らない。

なにも知らない。

 

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