戰國ぢあぼろす   作:ひねもす@HAMELN

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SengokD.1591/001.hmos

ヴァリニャーノの旅日記が、ほぼ毎日、送られてくる。

 

彼は私より健筆家で、おまけに観察眼が鋭い。

書く速度については内容にもよるので一概に比べられないが、私と違ってほとんど睡眠をとらないので、一日の執筆量では相当な開きがつく。

そんなヴァリニャーノが、ナンガサキ、イサハイ、スコ、クルメ、アキヅキ、コクラ、アカマまでを行脚した。

道中、多くの信徒に出迎えられ、ゼンチョの領主にも挨拶を欠かさない。その記録が、事細かに綴られている。実に貴重な報告だ。

 

請われても、説教も、洗礼もしない。

徹底している。領主や坊主が露骨に誘いをかけてくるが、断りきる。

いかなる言質も与えない。

むしろ、その噂を立てるために、わざわざ陸路で敵対領国へも立ち寄っているのだ。覚悟のほどが違うんだよ。

 

それでもクルメでは、苦しい状況に立たされた。

経由する予定はなかったのに、マセンシアが遣いをよこし、断りきれなかった。

領民たちも、無邪気にひれ伏す。しかし布教活動はできない。ヴァリニャーノは、奇策を巡らした。城の実質的最高権力者であるところのカタリナ婆さんに、授洗資格を与えたのだ。

ばあさん、大はしゃぎ。

これからは私の手でシモじゅうの邪宗徒を改心させてみせると、祝いのヂシピリナを始めた。

鞭打ったのか、打たれたのかは、書かれていない。

 

アカマからムロまでは、船便だ。

5日かけて無事たどりつき、アゴスチニヨの父ジョウチン殿が所有する立派な別荘に逗留。

さっそく、カンパクへの謁見を仲介してくれる人物探しに奔走する。

 

カネに賤しいダンジョウ殿は、東北地方の騒乱にかかずらっていて戻ってこないようだ、と知らされる。

東北は毛むくじゃらの未開人が住む魔境だと聞いたことがあるが、実際は、厳しい自然環境で助け合う知恵を身につけた誇り高い人々の王国が根ざしているそうで、中央からの侵略には容易に屈しないようなのだ。

がんばれよと、最大級の讃辞を贈らずにおれようか。

 

外国からの使節が、もう一集団、ミヤコ入りしていたことを知る。

我がインディア使節団がムロに滞在している間、カンパクはかれらを引見し帰国させたのであるが、常識では考えられない対応がなされた模様である。

ヴァリニャーノは、通訳として同行させた日本人や現地信徒たちからの情報を蒐め、時間をかけて慎重に分析した。

それをもとに、私と精鋭異端審問官とが、更なる考察を加える。

以下、その概略を述べる。

 

その使節団は、ポルトガルの地図ではコーリアと呼ばれる土地から来た。

チイナ大陸の南東に突き出た半島の王国だ。日本の地図には載っておらず、当然、66領国にも含まれない。

しかし近年、カンパクがこれを日本古来の領土であると主張し始めたという噂は私も耳にしたことがあった。

いつの間にやら、ミヤコへ挨拶しに来いという通告を送りつけていたらしい。

かれらは使節団を派遣してきた。

昨春頃には来日していたようだ。人数は200名ほど。軍隊が含まれないにしては、かなりの大所帯だ。

楽団員が多くを占めていたとのこと。

平和的な表敬訪問と解釈できよう。

 

ここで疑問が生じる。

日本人が外洋を航行できる船を持たないことは周知の事実だが、コーリア人は持っていたのか?

だとしたら、これまで日本へ来た例を聞いたことがないのは何故だろう。

実は我々もコーリアと直接の国交は樹立していない。地図はチイナから拝借したものだ。だから謎は謎として残る。

 

先へ進もう。

コーリア使節団は、夏頃、ミヤコまで来た。

カンパクは東部戦線に出征中で、戻ってくるまで待たされる。

旅費が尽き、使節たちは生活費に困って貢物を売り始めた。下級員には盗みをはたらく者も現れる。

ミヤコ人のコーリア人に対する印象は悪くなるが、役人は一切かれらに援助しなかった。

むしろ、ことさらにその評判を貶める方向へ加担した。

 

カンパクは、凱旋式後も2箇月間、かれらを放置し続け、1日だけ引見してすぐ帰れと申しつけた。

コーリア人たちは、西へ向かって、黙って、歩き始めた。

 

常識では考えられない待遇である。

これでも随分、慎重にまとめたのだが。

インディア使節団も、同じように扱われるのではないか?と皆が心配している。

 

ヴァリニャーノは全団員に厳重な風紀維持を命じた上で、1日も早く謁見を済ませて帰らねばと、焦りを募らせる。

すでに待降節を迎えたが、これでは降誕祭どころではない。

 

ナンガサキからは、9隻のジャンクが順次、北風に乗って帰還を始めた。

最後の艦は春先ぎりぎりまで待ってくれるが、ヴァリニャーノが戻ってこられるかどうか、今はまったくわからない。

不穏な空気は伝染するもので、近頃はポルトガル人も、いざこざをよく起こす。

最近はポルトガル人といってもインディア生まれが多くなり、何分の一かエウロパの血が混じっているといった方が正確なほどだが。

 

ドゥアルテという老人がいる。

船乗りだったが引退して、ナンガサキに住んでいた。

純粋なポルトガル人のくせに、心はすっかりエスパニヤのイヌだ。ふた言目には、マニラへ行って遊んで暮らすのだと吠え、そのためにカネを貯めようとしているが、常に酔いつぶれているのでどこも雇ってくれない。

今冬こそはジャンクのどれかに忍びこんで日本を脱出してやると意気込んでいたが、ゲロの臭いですぐ見つかっては船員につまみ出され、浜辺の砂にもぐりこんで夜を明かし、昼になると町で残飯を漁っていた。

 

ソリスという中年男がいる。

カスティリヤ人。昨夏、船員として来た。以前はヌエバで商売をしていたという。

アマカウでいくつもの罪を犯し、全財産を没収された。

彼はヴァリニャーノに赦しを請い、その取りなしによって獄から出され、1年間日本で働いてその収入を保証金として裁判所へ納めるという契約に同意した。

口は軽いが身も軽く、よく働く男だと思われていた。

ヴァリニャーノの監視がなくなった途端、本性をあらわす。

役人を呼びつけておいて、ポルトガル人を挑発。喧嘩を起こさせ、自分は逃げる。

いたずらにしてもタチが悪いが、ドゥアルテとつるむようになって、ポルトガル嫌いに拍車がかかった。

やがて、仲間を集めだす。

サツマがジャンク造りを始めた、それに協力すればマニラへ行ける、一緒に行こうと。

たちまち、ナンガサキじゅうから危険分子扱いされる。役人も、放ってはおけない。国境を越えるには、領主の許可がいるからだ。

 

ゴタゴタしていたようだが、いつのまにか、かれらは姿を消していた。

定航船で密出国したのか、サツマへ向かったのか、杳として知れない。

 

「ドゥアルテは知らんが、ソリスがアマカウへ戻るとは思えんな。

船員の証言で、すぐに捕らえられる。二度と太陽は拝めまい。アマカウ支部の捜査力を甘く見てもらっちゃ困るよ」

 

異端審問官は、自信たっぷりだ。

そうですか。厳しいんですね。ソリスは、何の罪を犯したんですか?

 

「おおかた、先物取引だろう。

日本との交易はポルトガル王室が独占すると定められており、現在はコンパニヤのアマカウ支部が全権を委任されている。財務官を通さずに参入すれば違法だ。

うまくやればいいだけなのに、ソリスはそこまでの知恵が回らなかったわけだ。パードレ・ヴァリニャーノの恩を仇で返したのを見ても、わかるだろう」

 

なるほど、たしかに。

 

「パードレ・フロイス。私からも聞きたい。

サツマはジャンクを造れるのか?

その場合どこへ向かうと考えられるか?」

 

今のサツマにそこまでの国力はないでしょう。造りたい、という野心だけが空回りしていると判断します。

仮に向かうとすれば、アマカウかマニラ。日本人は交易先として、この2つしか知らないはずですから。

 

誰ともなく、クスッと笑いが漏れた。

そりゃそうだ。大船さえ造ればすぐ交易しに行けるわけではない。

航海術を学び、正確な海図を作りながら、命懸けの修練時代を何年も重ねて、やっと外洋の何たるかを知る。

今更、未開拓地などない。

外地には必ずポルトガルかエスパニヤの総督府があり、通訳を育成して、外交を開始する。

交易を黒字化するまでにも、何年もかかるだろう。

日本人にとっては、何もかもが未経験だ。

だからコーリアからの使節も、インディアからの使節だって、まともに迎えられないのだ。

 

「教育してやるのはいいが、聞く耳を持つかな。ここの猿どもは」

 

さあ。私たちも40年ほど教えてきたんですがね。

そろそろ、見切りどきかもしれないですね。

 

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