日本の暦における、新年が近づいてきた。
日本人は昔から正月を殊のほか大事にする。一年で最も熾烈に、権謀術数が火花を散らす期間だからだ。
現在の上司、および将来の上司となるべき人物のもとへ、いの一番に挨拶をしに行き、二心無きことを宣言する。
そんな訪問合戦が何日にもわたって交錯する。
矛盾と虚飾にまみれた戦争。
毎年、飽きもせず。ごくろうさん。
66領国の覇者となったカンパクのもとへは、予約が殺到しているはずだ。
その日程に合わせて、東西南北津々浦々から有象無象が集まってきている。
そのうちの何割かがムロへ立ち寄る。
この機会をヴァリニャーノは逃さない。
いきなり結論から言おう。謁見許可が下りた。
当分先になる見込みだが、有力な仲介者が見つかり、調整が進んでいる。
シメアン・クロダの尽力によって成立した工作だが、想像を絶する紆余曲折があった。
シメアンはブゼン国の統治を息子に譲り、ミヤコでカンパクの側近に就いている。その彼が言う。
デウスのデの字を出した途端、カンパクは不機嫌になる。
シメアンはカンパクの前でのみ棄教したことになっているが、今も肩身が狭いそうだ。
ダンジョウは当分東北から戻ってこられないようであるが、前金で仲介料をせしめたくせに、おそらくカンパクには何も告げてないだろうと推察される。
そんな次第であるからして、噂の立て方にも工夫が求められた。
具体的には、先頃ひどい扱いを受けたコーリア使節団を踏み台に使わせてもらう。
次の連中は、あれよりずっとお宝を持ってきてるみたいですよと。
噴飯ものだが、やむをえまい。
進展は逐一シメアンから受け取る。
余談になるが、シメアンの息子もムロへ来ていた。
23歳。霊名はブゼン国戦役の勇士に因み、ダミヤン。
イルマンたちの宿所へ毎晩のように押しかけては質問を浴びせかける熱血漢なので、すっかり有名人になってしまった。
「父親も自分も、家臣も領民も、信徒であることを隠して生きているが、いくら行いが正しくとも、棄教しただけで救済される資格を失うというのが納得できない」
こんなことを言っている。
いやいや、そこ一番重要だから。
棄教せずに、嘘もつかずに生きていくにはどうすればいいか考えるべきだと、御主は課題を出してくれているのだよ。誰を排除すればいいと思う?
ほら、見えてきたじゃないか。次は、どう実行すればよいかを考えるのだ。
正解は、必ず、手の届く範囲にあるものだよ。
困ったちゃんといえば、ヨシムネも来た。
ダミヤンよりずっとタチが悪い。パウロやパンタリヤンの前であれほど威丈高に振舞った破廉恥漢が、ヴァリニャーノの前ではひたすら従順な態度を見せようとする。
もちろんヴァリニャーノはすべての経緯を知っているから会うことすら拒絶しているが、ヨシムネは毎朝雪の中を裸足でやって来ては、額を地面にこすりつけて謝罪ごっこを演じる始末。もっと実のある寄付でもしやがれ。
ちなみに貴公子のひとりマンショが、ここで一肌脱いだ。
彼はブンゴの出身だ。ヨシムネのせいで唯一、里帰りを果たせていない。
領内の迫害をただちに止め、信徒たちに補償をせよと詰め寄った。
シモへ戻ったら自分が見に行く。それをヴァリニャーノに報告する。そう条件をつけた。
ヨシムネは約束してみせたが、どこまで本気なものか。
お手並み拝見しようじゃないか。
アゴスチニヨも、やって来た。
激務に奔走中であり、ほんの僅かの時間しかいられなかったが、ヴァリニャーノに、カンパクとの会談をする上で注意すべき点をいくつか伝授していったらしい。
内容までは、おそらく細かすぎるためか書かれていないが、ヴァリニャーノはアゴスチニヨが極めて聡明で誠実な信徒であることを見抜き、高い評価を与えている。
ウトにはしばらく戻ってこないようだ。アマクサでは今も、アゴスチニヨの評判は最悪だから。
ヴァリニャーノは自分が間に入って何とか和解への道を探りたいという意図を伝えた。
アゴスチニヨは、歯を食いしばったまま、大粒の涙を浮かべたという。
アゴスチニヨの娘婿だという若者が一緒に来ていた。ツシマ領主だという。
ヴァリニャーノは日本人イルマンに、彼とじっくり語らせ、詳細な報告を書かせた。
ツシマとは、シモの北に浮かぶ島だ。
予想通り、コーリア使節団の来日に深く携わった人物である。義父であるアゴスチニヨも相当に関与していたと察せられる。
整理しながら、解読する。
ツシマは66領国には含まれないが、古来からの付き合いがあり、領主が日本領であることを明言している。
だがコーリアとの交流も長く、要領よく双方の文化を取り入れてきた。
言質はとれなかったが、コーリア側も、ツシマを自分たちの領土だと見做している可能性はある。
ダイリやクボウが、ツシマのことを深く考えたことは、これまでなかった。
東北もそうだが、日本人というものは、中央に寄り集まりたがり周辺のことにはそもそも興味を持たない民族なのだとつくづく思う。
だがカンパクは、地図に載っているなら自分のものだと、ツシマに服属の確認を求めた。
そして、その先にあるコーリアにまで、挨拶に来いとの命令を出した。
この実務を担当させられたのが、どうやら、アゴスチニヨとツシマ公だ。
コーリア使節団は、どういうつもりで日本へ来たのだろう。
そこが異国であり、以前に交流すらなかった相手だと、わかっているはずなのに。
「想像つくさ。ツシマ公はコーリアへ、ぜひ遊びにおいでよと、そんな説明しかしてなかろうて。
200人なら、ジャンク一隻ぶんだ。ランデーロ一族がコーリアあたりまで商売の手を広げたのだなと考えれば不思議にも思わない。その船でシモまで送ってやったんだ。もちろん航路の確認と、偵察も兼ねてだろうがな。
それはさておき、はるばるミヤコまで歩かされて、これだけ侮辱されて、また歩かされて、観光大使のツシマ公は見送りすらしていない。最低最悪の歓迎ぶりだぞ、日本人。
使節団は帰国したら、さぞやこの体験談に尾鰭をつけて語り継ぐだろう。
エウロパだったら、こんな屈辱、絶対に笑ってはすまさない。ただちにガレオン艦隊を差し向けて、報復をするね。
コーリアにどこまでの国力があるかは未知数だが、泣き寝入りなんてするんじゃないぞ、くらいの声援は送りたいかな」
もっともだ。実に、もっともだ。
ガレオン艦隊か。マニラから日本へ寄越してくれと、かつて、計画をしていたのだよな。
やっぱり、しておくべきじゃなかったですか、ヴァリニャーノ。
日本人は腐りすぎてます。そろそろ本気で、世界の厳しさを教えてやるべきですよ。甘ったれたクソガキに、本気のビンタを食らわすんです。目を醒まさせるんです。それが教育というものですよ。
ヴァリニャーノが無事帰ってこれたら、そんな話をしたいものだけどね。
「ヴァリニャーノは、何箇月か後に、カンパクと対決する。
さて、どんな戦いぶりを演じてくるだろうかね。
パードレ・フロイスよ、予想できるか?」
異端審問官Cより質問される。
私は、慎重に考える。
思いつくままを述べてはならない。上司への尊敬を欠くと判断されれば、いずれ罪状に加えられる。
そうですね……管区長は、尋ねられたとしても、追放令には触れないと思います。
今回はあくまでインディアからの贈物を届けに来ただけですからと、固辞するでしょう。
むしろ日本人が気にし始めます。側近たちがカンパクに、そろそろ赦免してもよいのでは、と助言してくれれば理想的ですね。
どれだけ根回ししておけるかが、鍵を握ると思います。
「フム。それは最も理想的な展開だ。
では、同じ努力をしたとして、最悪の展開だとどうなるかな」
最悪の場合は、ですか。
カンパクは、インディアが日本に服従を誓ったのだと思いこみます。
船をよこせ、土地をよこせ、官吏を置かせろと、要求を出してくるでしょう。
その交渉役と、紛争解決係を、追放したパードレに命じます。実績を持ち帰った者のみ日本への再上陸を認めるとか言い始めるかもしれません。
側近や家臣たちが、これに異を唱えることはしないでしょう。
「さすがだ、パードレ・フロイス。
私はそこまで考えつかなかった。君は日本人の心理をよくわかっている。
では、それに基づいて対策を練っておくことにしようじゃないか」
ほっとする。
それに私も、問われるまでは、ここまで考えなかった。
そうですね。対策が必要です。
おそらく、これが、現実となります。