戰國ぢあぼろす   作:ひねもす@HAMELN

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SengokD.1591/004.hmos

「夕刻、雨がやむ。明日は晴れそうだ。いよいよ謁見ですと知らされる」

 

定航船の出帆ならば天候や潮目に左右されるものであるけれども、それは合理的な安全基準に基づく判断だ。

日本では、抽籤よりも不明瞭で気まぐれな呪術官の判断によって、儀式の日程が調整される。

ミヤコでは特にその傾向が強い。

 

「ジュラクへの道は、朝のうちに砂が敷かれ、我々は足を汚さず宮廷内へ入ることができた。

暖かく、清潔な部屋で、2時間ほど待機する。

侍従官が次々現れて、ずっと我々に諸注意を繰り返す。

質問は許されない。我々は厳格な手順書に沿って、その通りの振舞をすることしか求められない」

 

ジュラクとは、カミキョウに建設された、カンパクの政庁兼邸宅だ。

「81年、私たちが訪問したカヅサ殿の邸は、この敷地内のどこかだったように思う」とも綴られている。

あまりにも街全体が変わり果てていて、自信が持てないようだ。

 

「いよいよ、謁見となる。

我々は29名。日本側は、約60名。

かれら全員が、見慣れぬ盛装をしていた。明らかに、普段着慣れていない、機能性も低すぎる衣装だった。

食事が供されなかったことは大変たすかったが、かれらが食べづらいだろうという理由からかもしれない」

 

図が付されている。

これはクゲの、特殊な儀式用の装束ではないだろうか。ソデもスソも帽子も、やたらと長く伸ばして仕立てられており、一人では歩くことすらできない。

ダイリの流儀に沿い、それよりも上位だと誇示したかったのだろうか。

伝わるとでも思っているのだろうか。

滑稽すぎて、私だったら嗤いをこらえるのに苦しくなったことだろう。

 

「我々とのやりとりは、脚本に沿って進行したが、カンパクのみ、これを放埓に逸脱した。

想像していた通り、脚本の作成者は官僚で、カンパクはこれに一切口出しせず任せっきりにしておきながら、内心ひたすら面倒臭がっているように察した」

 

この実感は、重要だ。

私がコエリュたちと86年オーザカで謁見したときには、もっと調和がとれていた。客人をもてなすことに、カンパクも側近たちも、邪心が無かったのだ。

今は、まったく異なる。

この調子だと、陰湿で姑息ないじめ合いばかりを日々繰り広げているのだろうなと、そんな雰囲気が伝わってくる。強烈に。

 

「カンパクは、ロドリーゲスに興味を示した。

ポルトガル人で、日本語が達者だ。しかも彼の日本語はきわめて庶民的で堅苦しさがない。どこで覚えたのかと、ずっと質問をしていた。

ロドリーゲスが私に通訳する暇は与えられなかったので、私は、ふたりと日本側側近たちとの表情を観察することに注力した。

側近たちも一切口出しは許されない。だが、シモの方言がわかるのだろうと思われる特定の何人かは、懐かしそうに聞いており、同じ箇所で顔をにやつかせた。

あとからロドリーゲスに確認したところ、カンパクはシモの方言を解さないため、時々言い直しをする必要があったそうだ。

ロドリーゲスはとても緊張していたため、喋った内容については、よく憶えていないという」

 

イルマン・ジョアン・ロドリーゲス。

77年、従僕として来日。80年、ナンガサキでコンパニヤへの入会を認められる。

今回、ヴァリニャーノの専属通訳として同行を命じられた。

 

庶民的と書いてあるが、より正確にいうなら彼の日本語はガサツで乱暴、品位に欠ける。

当時のナンガサキには、今より幅広く日本中の方言が飛び交っていた。ロドリーゲスはかれらの誰とでも喧嘩して仲良くなり、シモを離れたこともないのに相手の出身地を当てる名人とまで言われる特技を身につけた。

ただし貴人と付き合った経験はないため、文書語の解読や、接待役は苦手とする。

だからカンパクが彼のどこに興味を抱いたのだろうかと、少し奇妙にも感じる。

 

88年にガルセスと共に上坂しカンパクへ謁見した日本人アブレウが今回も同行しており、私は、彼の方が通訳に向いていると進言したのだった。

だがヴァリニャーノは、前回ガルセスたちがあまり良い印象を与えられなかったことを根拠に、この提案を斥けた。

謁見の席で、アブレウは日本人従者の中に紛れて、終始控えめにしていたらしい。気付かれてもいなかったようだ。

 

エウロパへ行って戻ってきた、4人の日本人少年たち。

かれらの紹介は、今回の訪問で最も重要な山場となるであろう。そうヴァリニャーノは期待していた。

 

この場面については、非常に深刻な失望が綴られている。

カンパクは、貴公子たちの語る風景にまったく興味を抱かず、あからさまな退屈を示した。

少年たちが日本語に不慣れであったことも要因として小さくはなかっただろう。適宜ロドリーゲスが補い、彼のことだから、荒れ狂う波浪のうねりや高く聳える石造りの街並みなどを、身振り手振り交えて、臨場感たっぷりに表現したのではないかと思う。

だが、伝わらなかった。

「自分より優れたものの話など聞きたくもないという態度に見えた」とはヴァリニャーノの感想だが、これが真理を突いていると思う。

 

演奏会が開始される。

少年たちは練習に練習を重ねてきた。日本人にエウロパの音楽はわからないから失敗しても気にするな、と私だったら言うところだが、ヴァリニャーノは完璧を要求する。

調律すら、現場ではやらせない。一発勝負だ。

そんな楽しくもない音楽を誰のために演じるのか、と私の方がつい熱くなる。

 

ともあれ、何曲かが奏でられた。

カンパクは厳しい目付きで聴き入っていた。

同じ曲をもう一度、と求められ、全員が緊張する。

しかし、完璧に繰り返した。

少年たちは、やり遂げた。

帰ったら、抱きしめてやろう。よくやった、さすがだったと。

どれだけ褒め讃えても、釣り合わないに決まっているから。

 

結末は、言わずもがなだ。

カンパクは、楽器を一つひとつ、手に取った。

音を鳴らせて、不思議がる。

全部よこせと言ってきた。

とりあげられた。

誰ひとり、抵抗しなかった。笑顔で差し出した。

 

殺されることさえ覚悟して来たのだから、このくらい。

少年たちは、そう語る。

ふざけるな。

エウロパからずっと、肌身離さず共にしてきた楽器たちだぞ。異国よりもつらい思いに、故郷で苛まれているかれらの心を、唯一慰められる、かけがえのない分身だぞ。

それを、あんな、音の価値などわかりもしない、クソまみれの俗物に奪われて、凌辱されるがままを、あきらめろというのか。

ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。

 

アラビア馬も、同じ運命をたどる。

中庭で、カンパクに命じられた家臣が乗ってみせた。

そもそも日本人の体格とは釣り合わない。馬は主人と認めた者の命令しかきかない。日本人は、エウロパ人に乗ってみせよとは言わなかった。自分たちが、より惨めに見えるだけだと、わかっているのだ。

飼育する上での留意点なども一切質問されず、空虚にありがたがられて、別れてきた。

馬が言葉を話せたら、私たちはどれほど、怨まれるだろう。

すまない。心から、すまない。

 

なにひとつ実を伴わない、名目づくりのためだけの謁見が、こうして終わった。

ヴァリニャーノはすぐさま、分析にとりかかる。

 

「きわめて印象的だったのは、世界の中における日本、という国際感覚が、カンパクの意識には存在しないことだ。

エウロパの正確な地図では日本はきわめて小さいので、今回、私はモレイラに作らせた特別製の世界地図を持参した。

誇張された日本を中心に描いてあるその地図に、カンパクは違和感を示さなかった。

私は周辺諸国について一つひとつ説明をしたが、最終的にカンパクは

日本とチイナ、インディア

この3つの領域が大まかに区別できれば充分だと、打ち切った。

会見の後半、カンパクはロドリーゲスとばかり対話していたが、ロドリーゲスによると、彼がナンガサキで過ごした生活についてが中心で、やはり、国際社会についての質問は出なかったようである。

オタ・ノブナンガは真逆だったと記憶する。

彼は、世界を知りたがった。

日本の政情を安定させることが最優先だったが、その後どのように周囲とつきあっていくべきか。この点では確かな見識を持っていたと思う。

なぜ、日本人は、ほんの十余年で、ここまで変質した?

パードレ・フロイスよ。

君はずっとかれらを見て、記録してきたはずだ。

調べ直してほしい。何かが、決定的に変わったのだ。

それをつきとめることが、失われた時間を取り戻す手懸りとなるだろう」

 

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