戰國ぢあぼろす   作:ひねもす@HAMELN

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SengokD.1591/005.hmos

カンパクは、その日のうちにロドリーゲスとマンショを再召喚した。

シメアンと組んで仲介役を引き受けてくれたゼンチョが会見は大成功だったと伝えてきてくれ、それと一緒に、2人はジュラクへ向かった。

 

ヴァリニャーノは、まだ分析中だったが、すでにカンパクが日本王どころか一組織人として最低限必要な能力すら喪失していることを確信していた。

できる限り多くの気付きを持ち帰れ。それだけ言い含めて、送り出した。

 

カンパクはくつろいだ服装で、小さな茶室にて、2人を迎えた。

真の政治中枢はこの部屋だと即座に2人は直感する。

昼間はわけもわからず慌てたが、それとは全く異質の緊張に包まれた、とはロドリーゲスの感想だ。

 

夜、宿舎へ戻った2人に、ヴァリニャーノは別々に、思い出せる限りの備忘録を記述させた。

重複も、差異もある。更にヴァリニャーノの註釈と分析が加えられ、全部まとめてナンガサキへ送られてきた。

次は我々が、これを整理する。

私は異端審問官たちからの質問を浴びせかけられながら考える。私もまた、これまで感じたことのない、異質の緊張の只中にある。

茶室のカンパクは気さくな好々爺に徹していた。とりとめもないお喋りを楽しみ、冗談が好きで、昼間ほど偉ぶりもせず、ただ、説教が長い。

追放令の話題が、何度もカンパクの口から発せられた。本人が相当この件で悩んでいることがわかった。ロドリーゲスもマンショもヴァリニャーノも、その点は承知する。

しかしカンパクに責任者としての自覚が無いこともわかった。

カンパクは、このように言う。

 

「おまえたちは、やりすぎたのだ。

もっと、つつましく暮らせ。パードレたちがいては、この国の牛馬は死滅し、文化も崩壊してしまう。

日本の神仏全宗派を敵に回して、ここまで怒らせた以上、もはや追放令は撤回できぬ。商売だけなら今後とも歓迎する。おとなしく故郷へ帰れと、おまえたちの主人に伝えよ」

 

前代未聞の最高権力を手に入れておきながら、フォトケやカミが怒っているからなのだと、言い訳がましいにもほどがある。

坊主ごとき、黙らせろ。

我々の方がよほど強いし、論理的に正しいこともわかっているはず。

わからないか。理解できないか。だから、坊主ごときに騙されるのだな。

やつらこそ、わからずやだ。日本を蝕んできた真の敵こそ坊主だぞ。

目を醒せ。醒せないなら、永遠に眠れ。

 

私は激昂したが、ロドリーゲスとマンショは、じっと聞いていたようだ。耐えがたかったろうな。

 

その他、インディア王への返礼品はどんなものが喜ばれるだろうか、とか、マンショを養子に迎えたいが来てくれるか、とかいろんな話をしたそうだ。

貢物の中の、時計の調整もさせられたという。

本来ヴァリニャーノがいる場で討議されるべき重要な案件も、ここで相談される。

インディア王からの親善を求める書翰に対する、返書についてだ。

 

元の書翰はポルトガル語で、日本語訳も付けておいた。

なんとカンパクは、ロドリーゲスの前で初めてその現物を見て、羊皮紙の手触りに衝撃を受けている。

かつ、庶民語に翻訳し直させて内容を確認し、ここでも、それまで要約すら聞いていなかったことを暴露した。

戸惑うのも無理はない。

インディア王からの親書は正真正銘本物だが、署名の日付は87年。日本では追放令が発布されたばかり。

その前年、カンパク自身が日本全土における布教許可証を発行して、一部はゴアへ送るべしと、これも本人が言ったのだ。

親書はそれが届いた直後、日本がデウスの一員となったことを歓迎し、とりわけ日本王カンパクへの最大級の讃辞を盛り込んで作成されている。

91年現在の諸事情を鑑みてこれを読めば、甚だしい混乱を惹起せずにおかない。

ロドリーゲスは誠実に、説明した。

 

「インディア王は、カンパク殿と、長期的な友好を築きたいと考えております。

今回の貢物は、ほんの手始め。大陸にはまだまだ無尽蔵の富があります。

しかしデウスを嫌い、パードレを追放したとなれば、この関係は途絶えましょう。もったいないことではありませんか。

誠意をもって、返礼してください。今冬の定航船はもう出国を終えているはずですから、次の便は、最短でも今年の暮れになります。

それまで、私たちは待ちますので、どうぞ日本王として立派な回答を、ご準備ください」

 

カンパクは、そうしよう、と同意した。

力強い握手を交わし、2人は退場する。

ひとまず最善は尽くされたと、言ってよかろう。

 

翌日にはさっそく、その効果があらわれた。

使節団一行はもっと広い邸を宿舎として提供され、返書作成までの滞在を許可される。

更に、布教はあいかわらず禁止だが、復活祭のミサをここで行うことと、かつての信徒が集い語らうことが認められ、妨害する者は厳罰に処すとの布告も発せられた。

初日こそ半信半疑だったが、たちまちキナイじゅうから信徒が押し寄せてくるようになり、界隈では鞭の音が鳴り止まなくなる。

ヴァリニャーノは眉をひそめつつ、信徒たちがこの5年間蒙ってきた風評被害や嫌がらせ事例の採取に余念がない。

 

ほらみろ。カンパクのひと声でこんなにも簡単に、事は動くのだ。

坊主など吹けば飛ぶ。デウスこそが、びくともしない。

そろそろ、わからなくては、いけませんよね。

もったいない5年間でした。今なら、取り戻せますよ。

 

イグナシオ・モレイラが、羨ましそうにつぶやく。シモでもこんな布告が出されないだろうか。観測器を担いで歩き回りたい。そろそろ動かしてやらないと錆びついてしまうよ、と。

彼は昨夏、ヴァリニャーノが連れてきたポルトガル人だ。本職の地図屋である。高価な天体観測器を持ちこんできているが、未だに外へ出したことがない。

用心棒をお供につけてアリマやアマクサまでは歩き回り、地形や土質の調査を続けているが、本命は地図製作であり、測量こそがすべての基礎となるものなのだと彼は力説する。

 

日本では、観測器は非常に目立つ。

悪戯で壊されてもたまらないし、役人に尋ねられて素直に答えたら没収されるのがオチだ。

およそ地上のどんな国でも、ヨソ者に測量を好きにやらせる領主はいない。モレイラもさんざん危険をくぐり抜けてきたし、地図のない土地は二重三重の意味で危険なのだという鉄則を肝に銘じている。

それでも、できるだけのことはする。

いかなる地図も、永遠に使えはしない。古い地図に刻まれた情報には無限の価値が詰まっている。我々は常に作り直し、すべてを遺しておくことが望ましい。

地図は、その時代のその土地に生きていた人間の営みを、濃密に浮かび上がらせる、最高の芸術なのだから。

 

モレイラのこんな止まらない熱弁が、私は大好きなのだが、誰もが魅せられるわけでもないようなのが不思議ではある。

安全さえ保証されれば、モレイラはすぐにでも観測器を背負ってどんな山にでも登ってゆくだろう。土地の有効利用や治水の制御に役立つばかりでなく、国土の広さや美しさ、そして隣人たちとの距離感を知るきっかけが、そこから生まれる。

日本人が、今もそんな発想と無縁に過ごしていることを、心底もったいないと思うのだ。

 

「パードレ・フロイスよ。ちょっと、いいかな。妙なことに気付いてしまったのだが」

 

ん?何でしょうか。異端審問官のパードレ・Mさん。

 

「ヴァリニャーノは、モレイラに作らせた、日本を中心にしたあのきわめて不正確な地図をカンパクに進呈したのだったかな。正確な世界地図は見せもしないで」

 

ええと。たぶん、そのはずですが。

 

「そしてイルマン・ロドリーゲスはカンパクに、大陸にはまだまだ無尽蔵の富があると、ここで説明しているな」

 

ええ。していますね。

 

「ちょっと前に君が書いた分析には、こうある。

カンパクは、地図に載っているなら自分のものだと、ツシマに服属の確認を求めた。そして、その先にあるコーリアにまで挨拶をしに来いと命令を出したと。ほら、ここだ」

 

ええ。そう分析しました。それが、あの男の思考回路です。

 

「この3つを重ね合わせてみると、何か、胸騒ぎを感じないかね?」

 

胸騒ぎ、ですか。

最悪を想像しすぎるときりがありませんけど、たしかに愚かしい発想は可能ですね。

しかし、ご安心ください。あの地図では、チイナもインディアも実にちっぽけな大陸でしたが、現実は正反対です。

仮に日本が大船を手に入れて攻めて行っても、あっさり返り討ちに遭います。

日本人には、いい勉強になるのではないでしょうか。

 

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