戰國ぢあぼろす   作:ひねもす@HAMELN

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SengokD.1591/006.hmos

ヴァリニャーノは3週間、ミヤコでカンパクを待っていた。

あまりにも返事が遅いので、断りを入れて、帰り支度を始めた。

 

ロドリーゲスと、何人かの日本人従僕が、居残りをする。

呼びつけられたらいつでも行って、あらゆることを探ってこい。そうヴァリニャーノは命じた。

ちなみにこの時点で、カンパクはヲアリへ旅行中。

たしかに冬まででいいとは言ったが、使節団はあなたほど暇ではないのです。時はカネなり。商売人なら鉄則だ。

 

さてヴァリニャーノが帰ってくる前に、資料をまとめておかなくてはならない。

私は特別に宿題を与えられていたので、ここ十年の日本史を辿りなおして要約をつくった。

 

1581年。巡察師一行、ミヤコ~アヅチを訪問。オタ・ノブナンガ王より歓待される。

82年。巡察師離日。オタ・ノブナンガ王暗殺される。反逆者コレトウを斃したハシバが発言権を強める。

83年。後継者候補最有力だったシバタ殿敗れる。ハシバの権力強まる。イコ宗の牙城だったオーザカの再開発が始められる。

84年。オーザカ教会完成。入信者が爆発的に増加。ベルシヨール・マナセの受洗も大きな話題となる。

85年。ハシバ軍、ネゴロス/イヨ/クヌカを征す。ハシバの実弟ミノが広大な領地を獲得する。ハシバはカンパクの称号を手に入れ、実質的にダイリの権威を掌中に収める。

86年。当時の日本布教長パードレ・コエリュが巡察団を率いてキナイを訪問。オーザカでカンパクとも会見。日本全国におけるデウス布教の絶対的許可が発行される。ジュストは側近として重用され、アゴスチニヨもセト内海ユノ島を拠点に海運の革新を開始する。

87年。カンパク軍、シモ島へサツマ征伐に出撃。戦争中、ドン・バルトロメウ、ドン・フランシスコが相次いで帰天する。平定後、戦利品としての領土分割とファカタの復興が指示され、ここで突然の宣教師追放令発布。キナイのパードレたちも全員、逃げてくる。

カンパクは支配地域における住民調査を入念に実施しており、この頃には日本人が自由に領国間を移動することも、職業選択をすることさえ、制限されるようになっていた。

キナイの情報も極端に入りづらくなる。アリマ領ですら、我々は息を殺して生活することを強いられる。

88年。ヒゴ国南半分が、アゴスチニヨに与えられる。その領内であるアマクサでは信徒たちによる自主独立気運が理想的な形で育まれていた。

89年。ブンゴ国領主ヨシムネが父ドン・フランシスコの墓を暴く。実弟ドン・パンタリヤンや家臣ドン・パウロが知恵を尽くしてこの破廉恥漢と戦う。夏、カンパクに後継者誕生。年末、アマクサにて大激戦勃発し、信徒同士の血が流されるという悲劇を生むが、原因となった坊主への粛清も果たされる。

90年。パードレ・ペドロ・ゴーメスが日本布教長へ就任し、インディアからの使節団を出迎える。

カンパクはカミ島東北部を制圧し、66領国すべてを支配下に収めたと宣言。コーリアからの使節団が来日したが、甚だしく無作法な対応を受け、帰国させられる。

91年。インディア使節団、日本との友好を求め、国王であるカンパクへ謁見する。現在、返書待ち。

 

あらためて眺めてみると、ひどいものだ。ひどすぎる。

しかし、これを見れば誰もが理解できるだろう。

カンパク・ハシバは、オタ・カヅサ・ノブナンガ殿暗殺という一大混乱期の渦中をくぐり抜け、幸運にも、有利な特等席を獲得した。

その地位と状態を維持し続けられたのは、たしかに彼の才覚であり、実力といってもよいのだろう。

しかしそれは先達であるカヅサ殿が信念をもって切り拓いてきたような実力と較べられる種類のものではなかった。

 

生来的に非力なハシバは、常に敵を一つだけに絞る。それ以外の勢力は徹底的に懐柔し、利用し利用させ合うという関係を保つことで生き延びるという得意技を磨いた。そう、技だ。

あの憎めない皺くちゃの笑顔と、どこへ行くにも誰かに頼らねばならない弱点だらけの肉体。それが相手を油断させる。これこそがハシバの特技なのだ。

そんなハシバを利用する勢力が、ごそっと背後についている。官僚、地方領主、そして坊主。

この点、コンパニヤは完全に出遅れたことを認めよう。

私たちは清廉でありすぎた。

邪悪な駆け引きなど、思いもよらなかった。

山の頂だけを見ていた。見果てぬ夢に想いを馳せていた。

まさにその時、突如、斧が振り下ろされた。

谷底へ真っ逆様に落ちてゆく。それが私たちだった。

騙されたことを悔しがろう。未熟だったと反省しよう。

だが、戦いはここからだ。

野心と強欲で結びついた日本人どもよ。おまえたちの王国など、泡のように儚いものだと教えてやる。

他でもない、デウスの使徒たる私たちが、見せつけてやる。

インヘルノの業火に焼かれながら、たっぷり後悔するがよい。

そういうことですよね、ヴァリニャーノ。

 

 

使節団は、フィラドを経由して、ナンガサキへ戻ってきた。

ポルトガル人従者の列に、アントニオ・ローペスの顔が見える。おや?

あいつが、いない。

 

「オルガンティーノは残留した。

あいつほどミヤコ事情に通じていて、なおかつ日本人に溶けこめるパードレは、いないからな」

 

やれやれ。今回、ローペスとニエッキがこっそり潜りこんでいたのだが、そんな展開になったか。

いいけど報告ちゃんとよこせよ。

あいつは、それができないからいつまでもデクノボーなんだ。

 

「グラッサという女から毎日のように手紙がよこされ、熱心に相手をしていたよ。

なんとか救い出したいと言っていた。あれはもう、恋愛感情とか、そういった衝動を超えているな。

道に外れる行為だけはするなと、全員で教え諭したんだが、もはやどうにも止められなくてなあ」

 

それは二重三重に駄目なんじゃないのか。なんで残してきたんだ。

四肢を釘で打ちつけてでも連れ帰らなくちゃいけなかったんじゃないのか。

 

「3週目頃には邸へ戻ってこなくなっていたからな。どこに泊まっていたのかも判然としない。

もうこれ以上責めないでくれ。君がいても、連れて帰ることなんて、できなかったと思う」

 

そうかい。じゃあもう言わないよ。

 

さっそく会議が始められたが、ヴァリニャーノの迷いは烈しかった。

カンパクの人間としての薄っぺらさは彼が見てきた通りであり、シモ分析班もそれに基づいて対策を検討した。

真の敵が、群がる黒子どもであったとしても、誘引装置たるカンパクの存在がかれらを増長させ、際限なく肥え太らせ、国際社会における日本の自立を阻害しているのだ。

だから討つべしなのです。

我々には、その力があります。

 

「みんな、黙って聞いてくれ。

ムロ、ミヤコ、オーザカで私たちは数千人の信徒と対話した。

まだ集計結果を出せていないが、貴人から庶民、貧民までを敷衍して、かれらの総意といってもよい、ひとつの傾向を導くことができる。

第一に、人々はもはや戦争を望んでいない。

何世代も続いていた内戦がひとまず終結したことは一様に歓迎されており、カンパクはその功労者として、一定の評価を確立している。

その象徴を攻撃するからには、相応の大義名分と、打倒後の展望を公約として示せねばならない。

第二に、追放令が矛盾だらけの稚拙な政策であることは想像以上に国民から認知されていた。

急進的な過激派はどこにでもいるものだが、シモでもキナイでも、ごく一部だ。キナイでは仏宗徒たちがむしろ同情的で、役人からデウス信徒を庇ってくれた例も頻繁にある。

非常によく言われたのが、カンパクもひっこみがつかないのだ、もう先も長くないから、死ねば追放令もウヤムヤになる、という希望的観測だった。

シメアンにも、ジュストにも、かれらに紹介された貴人たちからも、私は直接そう言われたよ。

カンパクのお膝元では既にこんな空気が漂っているのだ。

私たちもあまり過激になりすぎず、冷静に、建設的な対応を心掛けてもよいのではないか。

私はそう提案したい」

 

何ということだ。ヴァリニャーノは、臆病者になって戻ってきた。

人間として終っているカンパクを、死ぬまでやりたい放題にさせてやれと言っているのか。

奴のために苦しんでいる信徒に、まだまだ耐えろとおっしゃるのか。

見損ないました。

 

審問官の皆さん、聞きましたか?ちゃんと記録しておいてくださいよ。

ヴァリニャーノは、悪魔にアニマを捧げてしまったのです。

 

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