ヴァリニャーノが戻ってきて、1箇月あまりが経過。
未だロドリーゲスはミヤコで足止めをくらっている。
そこへ飛びこんできた一大事。
管区長。
あなたの希望的観測が、幻覚にすぎなかったと証明されましたよ。
今すぐ仕切り直してください。一刻の猶予もなりません。日和見は罪です。
責任と、止める力を持つ者に許される道楽ではありません。
プロタジオ、サンチョ、フィンデナオ、ダミヤン。かれらのもとへ一斉に、カンパクからの命令が届いた。
領地の耕作面積に応じた兵員の供出および養成と、軍船の新規建造だ。
フィラドやブンゴ、北ヒゴなどへも命じているであろうし、アゴスチニヨやヴィセンテへはもっと多くの注文が付け加えられている。
66領国を平定し、日本から戦争を葬り去ったカンパクか。
聞いて呆れる。
今後は、戦うつもりだ。
しかもシモや東部相手のようなヌルさではない。桁が違う。
軍船も、ずいぶん特殊な仕様だ。
外洋を目指しているのだろう、かれらなりに。甲板には鉄の膜を張れともある。
これが戦闘用でなかったら何だというのだ。
港を持つ全領国に命じているのだとしたら、完成すれば数千隻という規模になるだろう。
さあ、ヴァリニャーノ。
いったいどうするつもりですか。
あなたもしっかり騙されたんだ。お認めなさい。
「現実的な数字ではなさすぎる。
1年以内に、ということだが、言われてハイと造れるような代物ではない。
追放令同様、拙速な思いつきによる号令と見る余地はある。プロタジオに聞いたが、このための予算が中央から早々と届けられたりもしていて、一種の景気対策と考えることは可能だ。
徴兵も、訓練と統制を施して国家事業に投入できる人材を育成するためだとすれば、治水・開墾・建築などを今よりずっと効率的に全国展開することが容易になる。
私なら、無下に反対はしない。
日本全土で一律にこのような施策を不公平感なくゆきわたらせることができたのは現政権にとって初めての試みであるし、この成長はもう少し経過観察してみるべきだと考える」
いったいどこまで腑抜けになってしまったのだヴァリニャーノ。
景気対策なら素直にそう言えばすむ話ではないか。なぜ軍船と徴兵なのだ。
平和利用に使いみちの無いものを大量に造らせる目的はなんだ。
すでに領主たちは怒られないためだけに必死になって中央から技術を買っている有様だ。特権業者だけがボロ儲けする、こんな構造を一日だって放置してはならない。
なぜ、それが判らぬ。
「落ちつけ、フロイス。
仮にだ、カンパクが対外侵略戦争を計画していて、1年後、それを実行に移すつもりでいるとする。
そうなればむしろ、しめたものだ。
日本周辺諸国についての情報を正確に持っているのは私たちだけなのだぞ。カミも、フォトケも、ここではまったく頼りにならない。
カンパクは、私たちに協力を仰ぐ。
そこで、説明してやればいい。圧倒的に多くのものが足りません。世界をその手に掴みたければ、もっと勉強が必要です。その知識と経験を我々ならば提供できます。
この交渉を、今から準備しておこう。
君になら最高の脚本が書けると期待しているのだが、やってもらえるか?」
やれと言われれば、やりましょう。書きますよ。
ただし、そんな都合のよい物語にはならないでしょう。
あの男は、私たちに頭など下げない。
追放令を根拠に、いや、もっと理不尽な罪状をその場でいくらでも創りあげて、我々を捕縛します。殴る蹴るの暴行、耳を切り鼻を削ぎの拷問で、一人ひとりいたぶり尽くして情報を引き出し忠誠を誓わせ、槍で小突きながら前線で先頭を歩かせ、敵との交渉の矢面に立たせようとするはずです。
そこまで考えた上で仰っていますか管区長。
あなたの楽天主義に付き合わされたら私たちは生命がいくつあっても足りません。
「君がどうしてそこまでの偏見をカンパクに対して抱いているのかは量りかねるところだが、今日はこれ以上言うまい。
だが、前向きに考えておいてくれたまえ。期待している。
では、下がってよろしい」
なんということだ。話し合いの糸口すら掴めないことが、不思議でならない。
ヴァリニャーノもそう感じているはずだが。エウロパ人同士である私たちですらこうなのだ。
どうして日本人と、しかもあそこまでこじらせた暴君と、そんな簡単に理解し合えるはずだと思いこめるのか。
ヴァリニャーノの思考停止は、きわめて危険な段階に達していると判断せざるを得ないが、一体どうすればよいものだろう。
ヴァリニャーノには、頭を冷やす時間が必要だ。私はまだ冷静でいるが、疲労を感じる。休憩しよう。
教会用地の塀に、今日も落書きを見つけた。
汚い中傷が墨書されている。
従僕に命じて、消させる。
私たちは今、アリマへ避難しているが、ここも安全な土地ではなくなってきた。危険を、肌で感じとる。
使節団が戻ってきてからだ。
ナンガサキの知事が騒ぎ出した。
カンパクへの仲介を自分たちやダンジョウへ依頼しておきながら、すべて無視して勝手に謁見してきたことを、ケシカランという。
返事ひとつよこさず雲隠れしてたのは、どこのどいつだ。
こちらはいちいち伝言を置いていったぞ。文句あるなら払ったカネを返してから言え乞食どもめ。
などとヴァリニャーノが戦う姿勢を見せるわけもなく、面倒だから移転してきた。
やつらは、ますます、つけあがる。
いったい、どこが平和だというのか。
ミヤコの信徒たちは、喧嘩禁止令にも感謝していて幸福そうだった?
私は、それすら、信じない。
あなたはオーザカで、住民たちに、アヅチのような笑顔が見られないと指摘してませんでしたかね。たったの3週間で、そんな違いにすら、気付けなくなりましたか。
飼われてる豚は幸福ですか。
餌をもらって感謝感激ですか。
毎日少しずつ隣人が入れ替わっていても気にもなりませんか。
何ひとつ自分で決めることもできず、考える能力をひたすら鈍化させてゆく、そんな檻の中に今私たちは閉じこめられているんですよ。わかりませんか。
もがこうともしませんか。
私は、まっぴら、ごめんです。
喜ぶ豚なら好きにしやがれですが、私たちには牙も爪もあるんです。戦いましょうよ。お嫌ですか。そうですか。
なんで、こんな意思すら、伝わらないか。
わけがわからないよ。
豚に説いても始まらないか。
おまえさん、変わり果てちまったな。ミヤコで何を食ってきたんだかよ。
こんな事情で、各地のセミナリヨ・ノビシヤド・コレジオを、集中移転する計画も進められている。
ドン・プロタジオは教会施設がアリマ領内にある限り全力で守ると言ってくれているが、現実的な防衛力に難がある。それに、たとえばコレジオは高級住宅街の一角を使わせてもらっているのだが、敵はここに放火をするだけで我々にも信徒にもプロタジオにも壊滅的な損害を与えられる。
犯行予告も脅迫もしょっちゅう行われている状況で、そんな災禍を呼びこむ要因がいつまでもここにいてはいけない。
まだ決定ではないが、アマクサの信徒たちが受け入れを快諾してくれている。
かれらは戦闘経験を持ち、平和と安全が空から自然に降ってくるものではないことを知っている。
自由と責任が何を根拠に行使できるかも理解しており、そのために学問を必要としている。
私はエウロパが築いてきた人類の叡智を、アマクサの民ならば継承し発展させることができるのではないかという期待を抱かずにはいられない。
ヴァリニャーノが勘違いしているのは、ここなのだ。
カンパクが勉強などするものか。
奴にそんな資質があれば、いま、日本はこんな姿になってはいない。
奴はすべてを支配し君臨するための道具を求めているだけだ。
私たちがそれに与する技術を提供するなど、愚の骨頂にもほどがある。
準備をするのならば、カンパクが攻め込む先を予測し、その相手に対して軍事援助すべきだろう。日本の野望を徹底的に打ち砕き、決定的に敗北させてから、我々の主導で、国家体制の改革に着手するのだ。
間違っても、のぼせ上がった世間知らずのガキが事件を起こすまで見守っていてやろうなどと考える道理はない。
なぜ、そんなことすら、わからないのだ。
のびあがったナポリタンよ。