地図職人モレイラ。
同業者は、匂いでわかるらしい。
近頃アリマ領へ、胡散臭い連中が大勢うろつくようになった。
連中は必ず高台へ登り、水脈を確かめる。
近々ここを戦場にするつもりなのだろうね。
モレイラは、事もなげに言い切る。
日本人信徒が、宿場や飯屋で連中に探りを入れる。
北ヒゴへ帰っていく者が多い。
言葉は、キナイ訛りがいくつか確認された。
カトーが密偵を送りこんできていると断定してよさそうだ。
ドン・プロタジオには、早めに教えた。
にわかに緊張が走る。アマクサ戦に派遣した部隊から、カトー軍の恐ろしさはたっぷり聞いているはずだからな。
そんな奴らに狙われていると知ったら、生きた心地もしまい。
ここに住んでる私もだが。
交換に、フィラド領主の裏切りについて教えられる。
あいつら、カンパクに余計な情報を与えたそうだ。
定航船は通常、岬に十字架を掲げた港へ、コンパニヤのパードレが先導する形でしか、入ってこない。しかしフィラドには長年定住しているポルトガル人が大勢いて、かれらの誘いでなら定航船を招き入れ、交易を行うことが可能。パードレを一人残らず国外追放しても、問題ありませんと。
ふざけるな、あのクソジジイ。
84年にマニラからの漂流船が碇泊した件も報告された模様。
ひと夏交易し、友好も育んだが、翌年断絶を通告され縁が切れた。日本との交易はポルトガル王室が独占するという協定によるためだが、フィラドはこれを、コンパニヤが妨害したからという謎解釈で伝えているようである。
オオムラ領主ドン・サンチョの妹がフィラドの人質にされ、そのまま当地に嫁いだ。その彼女からの通報によるということなので、信頼性は高そうだ。
真実ならば、ゆるしがたい。そのうち吊るし首にしてやる。
ところで、夏だ。
今年の定航船は何隻くる。どこへ入港させる。カンパクはどの程度干渉してくる。
それに対して、どう戦う。
戦略会議が何日も続き、我々は無益な争いに終始して、身も心もズタズタに傷つけ合った。
カトーがアリマへ襲いかかる準備をしているのがわかっている以上、サリートリは一粒たりと敵側へくれてやるわけにはいきません、で済む話じゃないですか。
なぜ異論が出るんですか。
「サリートリの重要性は誰しもが承知のこと。プロタジオやアゴスチニヨに流せば即、謀反の疑いを招く。
カンパクが求めてきたなら、提供すべきだ。
もちろん条件はつける。肥料や防腐剤として、公共のために役立ててもらうことを誓わせる。
積んでませんなんて誤魔化しがきかないことも明白だろうに。奴隷を積んでいないこと、衛生が保たれていることを、日本人官吏は入念に確認する。
絶対に見つけられる。そうなれば、全ての努力は水の泡だ」
フィラドが猛烈な誘致工作を仕掛けていますが、絶対に却下です。
ナンガサキも、あの知事どもの罠にみすみす飛び込んでいく愚策です。
第一候補はアリマ領コチノス。
ドン・プロタジオが最大の便宜を図ってくれます。投錨後ただちにサリートリを積み出すんです。
第二候補はアマクサのサシノツ。
シキはカトーに見張られていますが、アゴスチニヨに護衛してもらえれば、奥地に良港はいくらでもあります。アマクサならば全島民が最大限の協力をしてくれます。かれらにも経験と自信を積ませられるでしょう。
「なぜ君は、わざわざ火種を作り出すことばかり考えるのかね。いずれもが日本政府に疑念を抱かせる行為だといちいち説明しなくちゃならんのかね。
現時点では政府からの指定はきていない。安全を第一に、最も条件の整っている港へ誘導すべしと、大らかな対応で構えてくれている。
だから確かにコチノスやサシノツも可能だろう。しかし過度の作為があってはならない。
天候などに左右されなければ、条件がよく巡視艇を出しやすいのは、ナンガサキだろうね」
確認ですが、管区長は次の冬でアマカウへ戻られるんですよね?
カンパクが侵略戦争を開始するのはそれ以後になりますが、日本にいる我々が全力で最善を尽くすことについて、白紙委任していただけるのですよね?
「インディア王への返書を戴き次第、私は最早の便で離日する。
日本にいては管区長としての為すべき仕事が進められないし、そもそも他地域の情報を入手できないからだ。
当面、アマカウから、君たちの無事を祈り続けるよ。
さて、白紙委任といったかな?その言葉は今ここで、はっきりと撤回したい。
くれぐれも自重した行動をとってくれたまえ。本当にそれが最善なのか慎重に考えた上で、よく協議して、ペドロ・ゴーメス準管区長の裁決を得て、それを絶対に遵守してほしい。
逸脱が認められた場合は厳正な処罰を執行する。
いいかな、ちゃんと言ったぞ。
念のため、もう一度言うぞ」
不毛な会議だった。
何も決まらないに等しい。こんなことをしている間に、悪魔どもは包囲網を幾重にも強化させ、私たちの逃げ道を塞いでいっているというのに。
元凶はわかっている。早く、いなくなってくれないかな。
そうすれば失われた時間を取り戻せるのに。
この国を、祝福でいっぱいにしてみせるのに。
しかし今年は定航船団がなかなか現れなかった。
7月が終わろうとしていた。
ミヤコからの通信も途絶えがちだった。
ヴァリニャーノはどんどん不機嫌を募らせていった。
貴公子たちは新しい楽器を自分たちで作り上げ、無理矢理な調律で、しかし以前よりもずっと楽しそうに演奏し、私たちを慰めてくれた。
誰かが、かれらは従僕と同じ扱いなのですか?と口にした。
おかしいだろそれ、と即座に返ってきた。
4人を会士として迎えるべきだ、とたちまち大合唱が始まった。ヴァリニャーノはすぐに承諾した。
現在コレジオはアマクサの某所に移転している。悪魔どもの監視を外れて、最も大声で叫べるのは、ここだ。
聖クリストバルの祝日。4人は誓願を果たし、イルマンとなった。
じめじめした夏はまだまだ続くが、やっと明るい話題を書ける。アレルヤ!
そして8月になり、依然、定航船は来なかった。
遭難だと、誰もが諦めるしかなかった。
デウスは何をたくらんでおられるのか。
日本人たちの落胆も激しかった。動員と軍船づくりは継続中だが、その予算には、定航船から上がる収益も当てこまれていたからだ。
財源も、財務管理も、かほどにデタラメなのだ。
しかし、ずいぶん遅れて定航船は現れた。
1隻だけだ。巡視艇が慌てて迎えに行く。
ナンガサキへ入港し、投錨した。
しかし上陸許可が出ない。
ナンガサキの役人と兵たちがジャンクを取り囲み、厳重な監視下に置く。
まず、検分からだという。
それはまあ、わかる。
今までにない極端なまでの厳戒態勢に、ただならぬ緊張が押し寄せる。
私は報せを聞いて、慌ててナンガサキへ駆けつけた。
到着したのは夜だった。
もちろん船には近づくことすらできない。岬の教会に陣取って情報蒐集につとめる。
要は、政庁に下っ端しかいなくて自分たちでは決裁できず、慌ててスコとコクラに責任者を呼びに行ってそれを待っている、とのことだ。
まったくいつものこととはいえ呆れる。
しかし、このあとの展開は、さらに異常だった。
スコとコクラは、大軍を率いて向かってきた。
定航船に対して戦争を仕掛けるつもりか、こいつら。
ナンガサキの町は騒然となり、火事場泥棒予備軍が内外で場所取りを始める。
身構えていると、迫る連合軍を途中でオオムラ兵たちが押しとどめた、という噂が伝わってきた。
アリマからも、最大規模で加勢に向かうべく急ぎ支度中との報せ。
何が起ころうとしているのだ、と混乱に混乱が重なるうち、事態は突如、収束した。
スコ・コクラ連合軍の本隊は引き返し、知事たちは常識的な警護だけを率いてナンガサキへやって来る。
通過地であるオオムラ領ではドン・サンチョの許可を求めた上でその領規に従う。
そんな当然の約束事が確認され、相互了解のもとでやっと交易が開始される見込みである。
推量を多分に含むが、スコもコクラも、北ヒゴやサツマだって、軍備増強で血の気が滾っているのだ。
演習における仮想敵は我々なのだろう。
昨年、9隻のジャンクが来航した。今年も同規模の、全艦武装した船団が現れたらどう戦うか。
そんな空想を毎日焚きつけているのではあるまいか。
我々すら諦めかけていた定航船が、やっと来た。
スコもコクラも油断していた。
向かえ、向かえと過剰反応。慣れぬ指揮官は加減を知らない。
勢いだけでオオムラ領を突っ切ろうとしていたところを、制止された。
商船一隻だけですぞ、というのもここで初めて聞かされたのかもしれない。
大方こんなところだろうか。
そんなゴタゴタを経て、まだ検分作業が続いている。
本日、やっと、病人や連絡員若干名の上陸が許可された。
情報を交換する。遭難ではなかった。
昨年、ヴァリニャーノがアマカウじゅうのジャンクを借り上げて日本へ回させた。
マニラやヌエバとの交易に支障が出たばかりでなく、積荷のほとんどが貢物として消費され、記録に遺せないほど巨額の赤字を叩き出す。
戻ってきた船員は口を揃えて、二度と日本へ行くものかと叫びたてる。
要は、今年は、船も、人員も、パードレすら、確保するのに困難を極めたのだ。
よく一隻だけでも来てくれたものだと、デウスに感謝するしかない。
サリートリも積んできてある。交換で、銀と硫黄を買っていきたいという。
ちゃっかりしてるな、おまえらも。