戰國ぢあぼろす   作:ひねもす@HAMELN

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SengokD.1591/009.hmos

市は、開かれなかった。

検分が終わる頃には、船長ロケ・ペレイラが全品目を一括でカンパクへ売却することに同意していた。

カフルたちがいきなり積み出しを始めたあとで、我々はそれを知った。

 

コンパニヤは一切、介在していない。

ヴァリニャーノは猛烈に抗議したが、ペレイラは相手にしなかった。

きわめて不遜な態度だった。うらやましい。私も彼くらい情け容赦なく、こいつを論破したい。

 

船員たちもガラの悪さでは超一流で、働くことに対する拒絶反応が凄まじかった。

ジュストにも見せてやりたい。さすがにここまで堕ちたくはないと、心を入れ替えるのではないだろうか。

 

ナンガサキ市内では、女性が二極化した。

一瞬でも外を出歩くことを恐れる者と、女郎屋で羽振りをきかせるようになった者だ。

ナンガサキは誕生以来けばけばしく、毒々しく、地上の醜いものを掻き集めてきたかのような猥雑な街だったけれど、今年は更に、外洋に揉まれた海獣どもという新風が吹きこまれた。

もはやコンパニヤの立ち入る隙は無い。

追放令とともにカンパクの直轄領にされてからは年々活気が失われていたけれども、私は純粋に他人事として、新しいナンガサキには期待ができると思うのだ。

賢くもないのに小狡いだけで支配する側に就いていられる愚か者どもを、君たちならばぶっつぶせる。そんな力を育んでくれたまえ、なんてな。

 

ヴァリニャーノは正反対の感情を抱えているようだ。

春からずっと不機嫌だったが、今はもう一日中怒ってばかりいる。怖がって誰も近寄らない。未だにカンパクからの返書が届かないことへの苛立ちもすさまじい。

ミヤコのロドリーゲスへは今日も激烈な叱責が書き送られている。

ロドリーゲスも、つらいだろう。

ヴァリニャーノはミヤコから勝手に帰った、失礼な使節だ、という中傷が今も囁かれているらしい。日本人というのは、いつもこれだから。

 

カンパクの取り巻きどもは、日夜いろんな悪口を考えるものだ。

インディア王からの貢物というのは真っ赤な大嘘で、すべてコンパニヤの自作自演ではないのか。そんな幼稚な疑いも根強いらしい。

ゴアまで行ってきて聞いてごらんよ。なんて井の底の蛙に呟いてみたところで這い上がってこれるわけもないから、ひたすらゲコゲコ鳴くばかり。もらうだけもらっといて、お礼のひとつも言えやしない。日本人1000人の価値は、カフル一人とさえ釣り合わない。

戻ってこいよ、ロドリーゲス。

ヴァリニャーノの躓きは、もう充分証明された。とっととぶっつぶそう。あとくされなく。

 

「しかしだね、パードレ・フロイス。日本をぶっつぶすのは賛成だが、この場合、ラウマへの報告はどうなる」

 

異端審問官Cさんことパードレ・ペドロ・クロスが、いじわるそうに私を見つめる。

そうなんだよなあ。

貴公子たちのエウロパ巡業で日本への関心と期待は決定的に高まり、マガリャンイスの地球一周に匹敵する大きな話題となっていることだろう。それが、85年のこと。

87年の追放令は、すでに噂としてはエウロパへ届いているだろうが、教皇庁は事態が解決するまでこれを隠し通したいはずである。

コンパニヤ本部は報告の分析と善後策の検討に、最前線の我々よりも大局的な取り組みをしていることと思う。

他の修道会も、マニラやヌエバ経由で情報を蒐集、戦略を練っているだろう。

コンパニヤの失策と断じて引きずり落とそうとするか、手を差しのべて恩を売っておこうとするか。エウロパ人であるかれらは良識と慈愛をもって行動してくれると信じたいが、過度の期待は禁物である。

 

現場指揮官として最も重要な責任を背負っているインディア管区長ヴァリニャーノが、想像を絶する重圧の只中に立たされていることは承知する。

当初彼のとった戦略は、たしかに問題を解決させる可能性を秘めてはいた。私たちは全力でこれを支え、一丸となって難関に立ち向かった。

しかしここに至り、終熄への出口はまだまだ遥かに遠く、ヴァリニャーノの統率力にも大きな翳りが見え始めている。

日本をぶっつぶすためには、彼をどうにかせねばならない。

脚本がゆらぐ。

最終的にラウマへ届ける事後報告は、どういう形であるべきなのか。

パードレ・クロスが問うているのは、そこだ。

私にはまだ抜け道が見出せないでいる。

 

「皆さん、管区長がお呼びです。大至急、会議だそうです」

 

従僕が駆け回っている。またか。

週に何度も、これがある。特定の一人を指名して相談をするのならまだいいが、パードレを誰彼かまわず呼びつけて説教を聞かされるのではたまらない。管理職として一番だめなやり口だ。

どこまで堕ちてゆくのかねヴァリニャーノ。

早いとこ、どうにかせねば。

 

「諸君、ミヤコから通信だ。パードレ・オルガンティーノが、インディア王への返書の下書きを手に入れた。

ロドリーゲスによる、ポルトガル語への翻訳が付けられているが。パードレ・フロイス、君が正確に逐語訳してくれ。今、ここでだ」

 

なんですか、やぶからぼうに。

しますけど、時間をください。せめて1日。

そのあとで会議をした方が、効率もいいでしょう。

 

「その余裕は無い。これが本物なら、すぐに阻止せねばならない。

1日の遅れは致命的な損失をもたらす」

 

だめだこりゃ。反論しても無駄だ。

はい、じゃあ、読みますよ。えーと。

 

「朝日が若々しく昇る国の王より、夕陽がじわじわと沈んでいく国の王へ捧げる。貢物に礼を述べよう」

 

苦笑が漏れた。下書きにしても、冗談がきつい。

ニエッキの作文じゃないのか、ここは。

 

「私が母の胎内に宿った時、母は太陽が身体の中に入ってくる夢を見たという。すなわち、私は太陽の申し子である。

万物の生育の源たる太陽が、私の行路を照らしてきた。

大地も、慈雨も、風もすべて太陽と共に、私を背後から守る存在である」

 

皆の顔が引きつってきた。私も、気持が悪くなってくる。

 

「日本は長き戦乱を続けてきた。私がそれを終結させた。人々は皆喜び、二度と争いをせぬと誓う。

おまえたちも、争いをやめよ。

武器を捨て、太陽を崇拝し、慎ましく、衆生の幸福のみを考えて暮らせ」

 

命令文なのか?とパードレたちから質問される。

厳密には、日本の文書語では誰へ向けて語っているのかは断定できない。自分に対して戒めているとも解釈できる。

しかし外交文書のつもりなら、これは相手への命令だ。

口調は厳しめなので、挑発、いや……恫喝といってもよいくらいだな。

 

「おまえたちより先に、チイナの辺境から使節が来た。鼻持ちならない臭さで、礼儀もわきまえぬ田舎者だった。

これから征伐へ向かう。

日本の精鋭たちがどんな戦いぶりを見せるか、楽しんでおれ。それに較べたら、インディアの使節はたいへん身綺麗で、立派であった。今後とも、その忠誠心を忘れるでない」

 

前後で矛盾してないかって?

ああ。ここにいる全員が、不思議でたまらないだろう。

おそらく管区長だって、あまりにも理解不能だから、私に訳させたんでしょう?

もう一度最初から訳し直してもいいですが、この通りです。

外交文書以前に人間相手の通信として不誠実きわまりないし、書いた奴は狂っています。

 

ヴァリニャーノは、蒼白になっていた。瞳が死んでいた。

カンパクが書いたのだろうか?と弱々しく呟いていたが、そこは問題じゃないでしょう。

カンパクの名で作成された外交文書であるなら、日本政府としての意思表明です。あるがままの姿でもあり、滲み出る本性です。

さあ、いつまで落ちこんでるんです。余裕なんて無いんでしょ。

1日でも遅れたら致命的な損失なんでしょ。

今すぐ行動しましょう。こんな連中をいつまで好きにさせとくんです。

甘すぎますよ。ただちに、殲滅です。

 

「しかしだな、パードレ・フロイス。

日本をどうやってぶっつぶす。

それに、ラウマへの報告はどうする」

 

異端審問官Mさんこと、パードレ・ペドロ・モレホンよ。私はまだ、それに答えられない。

だが、とりあえず、行動しよう。

敵も死に物狂いでかかってくる。つらい戦いになるだろう。圧倒的な勝利なんて望むべくもない。でも必ず勝利する。せねばならない。そのあとで考えよう。

 

誰かを悪者にする必要が出てくるかもしれない。ヴァリニャーノがコエリュを、そうしたようにね。

同じ目に遭いたくなければ生き残ろう。勝利の瞬間を、地上で、自分の眼で、見届けよう。

いま言えるのは、これだけだ。

来た。見た。勝つ。

それが私たちの合言葉だ。

 

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