「パードレ・オルガンティーノはこの下書きを、どうやって入手したのだろう」
それ、問題ですか?
ニエッキのことだからいろんな人脈を持ってるんでしょうし、たぶん、報告を求めても返ってこないでしょう。
これまでの、ロドリーゲスや日本人イルマンたちからの書簡によれば、最近はミヤコ知事のゲンイ殿という人物と懇意にしているみたいなので、その辺りから提供されたのではないですかね。
ヴァリニャーノは、この下書きが我々を撹乱させるための偽文書だという説を唱えた。
なにがなんでも、自分の理想が砕け散ったことを認めたくないらしい。
見苦しいなあ。
しかも彼はただちにミヤコへ向けて、書き直してもらうようにと厳命を発したが、そもそもどうして内容を知っているのかという重大な問題を孕みませんか、その指令。
諜報活動の何たるかもわからなくなっているとは。もうおしまいだな、ナポリタン。
「このままインディアへ届けるわけにはいかない」
ええ、それには同意します。大問題になるでしょう。
でも私だったら、こうします。
我々が手を加えるのはもっとまずい。日本人が熟慮に熟慮を重ねて作成した社交辞令です。尊重しましょう。
翻訳も相手任せのようです。ナンガサキで討議した一部始終を添付しましょう。
管区長が直接届けていただけるんですよね?
だったら話も早い。至急、征伐隊を編成してください。マニラとも連携して、最短で日本へ突撃してきてください。
すべてが片付いたとき、この文書は、カンパクとその政権がどれだけ世間を甘く見ている幼稚なガキ共であったかという見事な証明をしてくれます。
厳重に保管しておいてくださいね。そのあとで、どうするか。これからじっくり考えましょう。
まずは、終らせることです。
でないと私も総括ができない。日本史の締めくくりどころが見えません。
事実は憶測よりも深刻なり。
プロタジオやサンチョらが、シモ北方に港を新設せよと命令を受け、用地選定に駆け回っている。
その先にあるツシマを中継してコーリアへ攻めこむ一大作戦が、もうそこまで進行中なのだ。
侵略開始は、来年か、再来年か。
ゴアからのガレオンは間に合わないとして、ここからどんな展開が想定されますかね、異端審問官の皆さん?
「侵攻先はコーリアで間違いないとして、ひとまず斥候を立てるかな。
この前はすまなかったと、巨大な木馬でも貢物にして、城内へ奉納させる。
そこから暗殺隊が這い出てきて、撹乱開始。城外の日本兵を呼びこんで、一夜にして首都の機能を奪う。
エウロパ人なら、こんな古い手には引っかからないだろうがな」
「コーリア人は日本人を信用していないだろうし、充分な警戒をしていてほしいものだが、これまで戦闘した経験の無い相手だろう。
日本人は国内でずっと戦争ばかりしていた。コーリアがどれほど持ちこたえられるものかな。
予測は辛口で評価しておく方がよいかもしれないね」
「アリマや南ヒゴの割り当て数をもとに、日本側が準備しうる軍船と兵員の物量を概算しておこう。
それから現在日本全土で徴兵できる総戦力も推計できるものならば知りたい。
ゴアもマニラも、その数字があれば具体的な出征計画を立てやすいだろう」
「日本軍がどんどん大陸へ侵攻し、国内が手薄になれば、むしろ好都合だ。
カンパクの所在地さえ見失わないようにしておけば、案外早く結着をつけられるかもしれない。
ところで次の王に誰を据えるかは決めてあるのか?
私は、この国を管理させるのに日本人を用いるのは適切でないと考えるのだが」
熱量の高い議論が続けられた。まったく、集合知の有難みを感じる。
ヴァリニャーノの無意味な指令がミヤコへ着いたかと思う頃、新たな書翰がシモへ届く。
開封するより前に、その伝令から概要を知らされる。
一同、硬直しながら、複雑な表情を浮かべた。
いいですか、読み上げますよ。
カンパクの、3歳になる息子が、オーザカで、病死したとのこと。
さあて、どうなる?
誰に生ませたか知らないが、初めて授かった期待の後継者という触れ込みだった。
子供に罪は無いと思うが、その存在を邪魔だと考える者は、それこそ大勢いただろう。
カヅサ殿の息子たちを次々と毒牙にかけていったカンパク自身が一番わかっているはずだ。
誰の仕業か知らないが、でかした。
とりあえず、キナイじゅうが悲しみに包まれているそうだ。
当然だろう。私だって、そこにいたら演じてみせる。
喪が明けたら、どうするか?
カンパクは、軍備増強と侵攻計画を思いとどまるか?
どう考えても結びつかないな。むしろ、これほどの悲しみに打ちひしがれている自分よりもっと他人を不幸にせねば気がおさまらないだろう。
誰かの、ちょっとした喜びにも、肚が煮えくり返って抑制がきかなくなるだろう。
そしてますます「タガの外れた老王にどう囁けば万事好都合か」を熟知した側近や官僚たちが、この機を逃すはずもないのだ。
私だって、そこにいたら、必死で生き残ろうとするさ。
妙なことを考えた。
オーザカにいる、何百人もの妾たちが、傷心のカンパクを連日これでもかと慰める。
カンパクが生まれたときは太陽がお祝いをしてくれたそうだが、今度もまた天地風雨が応援してくれて、妾たちは次々と妊娠し、1年後にはカンパクの後継者が何百人も生まれる。
ありえなくもないだろう。
妾たちにとっても一世一代の勝負どきだし、全員が協力し合えば、黒を白にできる。
必死で生き残りたいなら、そこまでするさ。太陽を味方につけるのだ。
どうかな。本気でやったりして。
ヴァリニャーノに命じられ、私は厳粛なる弔辞を書いた。
純粋に、哀悼の言葉のみを綴る。
同時に、ロドリーゲスへは報告をせっつく。
当分カンパクは返書どころではないかもしれないが、この機に乗じて接近する勢力の動向など逐一探り出せ。
たしかに必要ですがね。
焦るのはわかりますけど、なりふり構わなすぎですよ。
そういった情報に近づくためゲンイ知事ともっと懇意にするとかですか。彼はずいぶん気難しい性格のようなので、無闇に刺激するのは控えた方がよいかもしれませんよ。
今回の通信でも、ゲンイ殿とのやりとりが記されている。
彼はロドリーゲスにもニエッキにも、かなり細かく厳しい注文をつけてくる。一筋縄ではいかない老獪さが透けて見える。
しかし私はむしろ好感を抱く。
ゲンイ殿はジュラクへ頻繁に呼び出され、カンパクと茶室で密談もよくする間柄らしい。そんな行政官がパードレやイルマンとも密会を繰り返しているというのは、かなり危険な綱渡りだろう。
これでその都度金品を要求してきたりすれば即手を切れと言うところだが、ゲンイ殿は生活費を無利子で貸してくれたりするし、提供してくれる情報だって我々に手厳しいものが少なくない。
おそらく自分自身にはもっと厳しいはずだ。
手強い相手だが、だからこそしっかりと味方につけておき、決して邪魔はしないべきだろう。
そんなゲンイ殿をもってしても、インディア王への返書を修正させることはほぼ絶望的とみられる。
案の定、あの恫喝文書作成には坊主集団が携わっており、なにがなんでも自分たちの方が偉いのだという姿勢を貫かねば気がすまないようだ。
それでも、今後の外交を円滑に進めるためロドリーゲスを呼んで確認させておきますか、とゲンイ殿から提案し、その段取りをつけていたところだった。カンパクの息子病死との報が届いて、すべての予定が延期とされる。
誰も彼もが涙目だ。
今後ますます、どうなることやら。
なお返書とは別に、ヴァリニャーノが奉納した数々の貢物に対するインディアへの返礼品も準備されている。
その品目一覧が付されているが、呆れたことに、ほぼすべてが武器だ。
刀、長刀、槍、弓矢、兜、鎧、手甲、鉄炮、等々。各10から100個。
当り前だが、すべて、日本人の体格に合わせたものしかないとのことである。
大柄のアラビア馬を贈られて、小人の装具をいっぱい返すという感覚も理解しかねるが、日本人が誇りを感じる特産品とはこんなものばかりであるぞ、ということがよくわかるものだ。
せめて笑ってもらえるといいがね。
どうなることやら。