息を殺しながらの降誕祭。
演劇も、合唱も、食事会すら、行わない。
形ばかりの聖体拝領をして、信徒をすぐに帰らせる。
子供たちが雪で十字架を作るのさえ止めさせねばならぬとは。
定航船は、11月には出帆しようとしていた。
ヴァリニャーノも荷物をまとめていた。
ロドリーゲスから、まもなく戻れるとの報せがきて、待つことにした。
そこからが長かった。
もうすぐです、もうすぐ返書を受け取れます。
カンパクはミヤコへ戻りました。明日会見の予定です。
延びました。
ゲンイ殿ががんばってくれてます。明日会見します。
また延びました。
こんな報告がほぼ毎日送られてきて、その度に私たちは、船員を宥めすかす。
せめて2艦あれば、ヴァリニャーノが先に出立して、ロドリーゲスと返書が届き次第、後を逐わせることも可能なのだが。
今季の連絡が唯一回にかかっている以上、返書を丸一年遅らせるわけにはいかない。
貢物の武器類も一緒に届くはずだが、これを1年間ナンガサキで保管するのも危険を伴う。
役人どもは、我々が反乱を起こす口実と根拠を常に探し求めているのだ。
カンパクの周辺も雑然としている。
六本指のハシバが、カンパクを甥に譲位して引退するという噂がある。
というより本人がそう広言しているらしい。
引退か。
二度と表社会に出てくるんじゃないぞ。
ミヤコからの通信を日付順に並べて、整理してみよう。
カンパク・ハシバは傷心を癒やすため、ヲアリへ鷹狩に出かけた。
連日、野山の動物たちを狩りまくり、それらをカミに捧げる儀式を行い、日本の永遠平和を祈願したそうだ。
そこへ東北で原住民の反乱鎮圧に従事していた軍勢が戻ってくる。毛むくじゃらの雪男たちは根絶やしにされてしまったらしい。
隊長のひとりはカンパクの甥だった。
カンパクは彼を賞賛し、これからはおまえが日本王国を統べよと、全権を引き継がせる方向で話を進めてゆく。
いまだ領地にありつけてない、古参の家臣たちからすれば、さぞや面白くない縁故人事だろう。
しかも、この甥というのがずいぶんと自信過剰のお調子者で、およそ人を束ねる器ではないそうだ。
事実これまで大した仕事も任せられず、官位も受領名も持たず、通り名のままマゴシチロ殿と呼ばれていた。
それがいきなり絶対権力者から大王に指名される。
冗談に決まっているだろう。恭しく辞退するのが茶室の作法というものだ。
しかし愚か者は本気にした。
担ぐ連中も現れる。
それを止める者は政権内に存在を許されない。
悲しみを振り払って、血色も良くなって、ミヤコへ戻ってきた六本指は知事のゲンイにマゴシチロの教育を命じた。
この者を二代目カンパクに据える。
それにふさわしい作法と教養を身につけさせよ。
予はダイリと、就任式の日程を調整してくるから。と。
ゲンイは眉ひとつ動かさず、承知しました、と引き受ける。
この程度できなければジュラク勤めなど務まらない。
すぐさま猛特訓が始まる。
おそらくマゴシチロが一番後悔しただろう。
教師としてクゲが総動員され、昼夜分かたず君主論を叩き込まれる。
どれだけ拙速な生兵法ができあがるものか興味深いところではあるが、こんなことをやっているものだから、インディア王への返書がいつまでも手交されないのだ。
こいつらは、いったいどこまでバカなのか。
「あのう、パードレ・フロイス。
すみませんが、ちょっと来ていただいてもよろしいでしょうか」
従僕が困った顔をして近づいてきた。
やれやれ、なんだね。地下室の男がまた暴れ始めたかね。
「いま来ている客人が、どうしても管区長に会わせろと、きかないんですよ。
エウロパ人です。お願いします」
わかった。行こう。たいていの用件なら、私で片が付く。
ヴァリニャーノは機嫌が悪い。
来客は、マルコというイタリヤ人だった。フィラドに住みついているという。
パウロという日本人を同伴し、その男はいま、コンヒサンを受けている。パウロも管区長に直接会って紹介状を書いてほしいと頼むはずだが、これを阻止したいのだと。
誰への招待状かね?
「マニラの管区長および総督への、です」
私はその瞬間、ただならぬ危険を察した。
別室へ通す。
従僕へは、パウロをコンヒサン室から出さないよう、見張っておくよう言いつけた。
マルコ君、ありがとう。切迫した事態のようだ。説明を願う。
「パウロ・ハラダはカンパクから任命された外交官だと自称していますが、きわめて野卑な、信用ならない男です。
ただの詐欺師かと思いましたが、フィラド政庁へ自由に出入りし、役人たちにも横柄なところを見ると、肩書きは本物に思われます。
フィラドでは現在ジャンクを建造中ですが、今冬中にマニラへ向け出帆の予定です。
パウロ・ハラダはマニラ王へ朝貢を要求する使命を帯びているようです。
インディア管区長がナンガサキにいるなら紹介状を手に入れて、任務を円滑に進めよう。そう考えて私に案内させ、ここまで来たという次第です」
君たちはフィラドから来たのだよね?
フィラドで、ジャンクを造っている?
本当かね。初耳なので、驚いている。
「離れ小島で極秘裡に建造されてましたから、フィラドのパードレたちも知らないはずです。
私も厳重監視下で、ずっとそこから出られませんでした。
私も船員としてマニラへ行くことになっていますが、外洋の荒波に耐えられるものか、甚だ不安でたまりません」
なんということだ。サツマのみならず、フィラドでもそんな計画が。
もはや、あの男の号令ですべてが一斉に進められていることを疑う余地はない。
しかも造ったばかりの大船ひとつ送りこめば、たちどころにすべての国家が自分に跪くと、呑気な見通しだけで動いている。
いったいどこまでバカなのか。
そんな指摘ひとつ、まともに発せる者が、政権には存在しない。
マルコ君。私は君からもっと話を聞きたいし、パウロ・ハラダからも可能な限り情報を引き出したい。
ここへ来ているのは、君たち2人だけか?
途中で行方不明になったことにして、身柄を預からせてもらうことは、できないだろうか。
「申し訳ありません、パードレ。
建物の外で、我々が無事に出てくるのを待っている監視役がいます。
また、フィラドには私の妻と子供たちが人質にとられてもいます。
ここで私が語ったことも、くれぐれも内密に願いたい。どうか、どうか、ご容赦を」
わかった。気をつけて帰ってくれたまえ。
フィラドの駐在員にだけは慎重に伝えておくから、可能であれば庇護を求めてくれ。
航海の無事を祈る。
私はマルコを聖堂に連れていき、パウロ・ハラダがまだコンヒサン中であることを確認して、すぐヴァリニャーノへ伝えに行った。
ヴァリニャーノはすべてを承知した上で、そのパウロに会ってみようと言う。
ただし紹介状は書かない。どんな奴か知っておきたいだけだという。
通訳には私が指名された。当然だよな。
パウロ・ハラダは、マルコから聞いた以上に、ゲスな男だった。
オーザカで洗礼を受け、商売を始めたが、何度も借金まみれになり、ニエッキから無心を繰り返した。
本人はその都度デウスの恩寵で立ち上がり失敗を成功に変えてきたのだと自慢するが、言動のあらゆる卑しさが、こいつにはまともな友人ひとりいやしないだろうと、痛烈に物語っていた。
想定通り紹介状をしつこく要求されたが、そもそも管区が違う。管轄する王室も異なる。
そう主張して撥ねつけた。
後者は半分嘘なのだが、パウロ・ハラダにはそもそも国籍という概念が理解できておらず、チイナやインディアすら日本66領国の延長にあるもので日本王の発給した証文さえ持っていればあらゆる国境は通過できる、とでも考えているらしいことが浮き彫りになる。
よくこんな者を外交官に任命できるなと驚き呆れるしかないのだが、これが日本人の常識であり限界ということだ。おまえらが外洋へ出て行くのは1000年早い。
パウロ・ハラダが日本語以外まったく理解しないことがわかったので、別れ際、ヴァリニャーノはマルコにイタリヤ語でこう伝えた。
「私はマニラの管区長および総督に、日本を警戒せよと書翰をしたためたいが、それを君から届けてもらうことは可能だろうか。
無理ならば、私がアマカウへ戻ってからマニラへ伝えるが、君たちの到着の方が早いだろう。
マニラがこの男の言葉を真に受けるとは思わないが、万全を期しておきたいのだ」
マルコは、こう答えた。
「1箇月以内にフィラドの教会へ送り届けてもらえば、家族を経由して何とか自分が受け取りましょう。
その書翰を、この男より先に、必ず、総督へ手渡します」
こうなってくると、フィラドのジャンクには、ぜひともマニラへ辿り着いてもらわねば困る。
そしてマニラが即時、対日作戦に取り掛かってくれれば、私たちは最短で平和を手にできるはずだ。
いざ、航海の無事を祈る。