戰國ぢあぼろす   作:ひねもす@HAMELN

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SengokD.1592/002.hmos

イルマン・ロドリーゲスがナンガサキへ戻ってきた。

四旬節に入ったばかりだが、すでに春の匂いがする。

あと1日、1日だけ北風が吹き荒れてくれれば、定航船はアマカウへ戻れるのだが。

さあて、どうかなあ。

 

ヴァリニャーノは船長に、莫大な補償金を支払うことを、すでに約束してある。

インディア管区の財務管理はいったいどうなっているのだろうか、なんて野暮なことをつぶやいてみたくもなるが、聞きたくはない。

まっぴらごめんだ。知れば、正気ではいられまい。

 

それはさておき、とうとう、インディア王への返書が下賜されたわけだ。

技巧を凝らした装飾で彩られた、漆塗りの木箱に納められている。工芸品として、この箱の方がよほど日本人の技術力を見せつけ尊敬の念を呼び起こす力を秘めていると感じるのだが、本人たちにその気が無いなら永遠に秘めていろ。

ともかく、開ける。

 

書状そのものも、贅を極めていた。

紙型は、インディアからの礼状とまったく同じ大きさに裁断されている。羊皮紙かと錯覚する厚みと手触り。金箔が散りばめられ、墨の滲みは無い。ほんのりと芳香も漂う。

カヅサ殿の屏風よりも、更に高度な職人芸が活かされていると、私は驚嘆する。

 

熟練を感じさせる筆遣いで書かれてある内容は、以前送られてきた草稿とほぼ同じだ。

そちらはもはや驚かない。

むしろ笑いを誘う。この、ちぐはぐさ。

最高の技術と最低の外交が、なぜにここまで融合するのか。

 

ともかく写しをとって、元通り封緘する。

翻訳と註釈を加えて添付する。

それが私の仕事だ。急ぎます。

でも、復活祭まで風が吹かなかったら、じっくりと書き直させてくださいね。

 

ニエッキは今回も一人だけミヤコに潜伏すると勝手に決めたようだ。

それも驚かない。報告も期待しない。

そんなデクノボーより、ロドリーゲスらイルマンたちから直接、話を聞こう。

通信に書ききれなかった話題が、いっぱいあるだろう。

 

「現政権は、過去、大きな出征をすべて日本暦の3月1日に開始しています。今度のチイナ侵攻も同じようにするでしょう。

教会暦では4月12日になります。

かれらはこれから起こす戦争をカライリと呼んでいます。

キナイ、東国、北国のあらゆる商人が動員されています」

 

隠す気も無しか。

カンパクが、またシモへ来る。

ナンゴヤに司令部を置くのだろう。

いいぞ、ここをおまえの墓場にしてやろう。

 

「インディアからの更なる返書が届くまでパードレを何人か人質にしておいた方がいい、とゲンイ殿に提案していただき、念書をもらって参りました。これです。

ナンガサキに10名の居住が許されます」

 

でかしたぞ、ロドリーゲス。10名もか。

日本の役人には我々を見分けることができないから、祭典などで11名以上が一度に集結することさえなければ、実質無限にパードレを日本国内に居住させておくことができる証文だ。

追放令は撤廃されたも同然ということだな!

 

「ゲンイ殿ですが、マゴシチロ殿の教育担当にされてからは多忙に拍車がかかり、私はほとんど会えておりません。

マゴシチロ殿はすでに正式に新カンパクとなりましたが、無冠からすぐのカンパク任官は無理がありすぎるので段階を踏むべし、という理由でこの2箇月ほどは毎週のように昇進の発表と祝宴が催されていました。

私は官位の一覧をつくろうとしたのですが、あまりにも複雑怪奇で挫折しました。

日本人でも、あれを体系的に整理し説明できる者はいないのでは、と負け惜しみを言いたいところですが」

 

どうせ日本人の数だけ法則があるさ。

何らかの根拠に基づいた法則が存在するなら、ここまで支離滅裂になっているわけがないだろう。

日本の官位とは、日本人がなんとなくありがたがって高い値をつけて買ったり売ったりするだけの称号だ。それ以上のことを考える必要などそもそも存在しない。

 

「そうはいっても、クゲたちの大混乱は、見ていて悲痛なものがありました。

かれらが何十世代にもわたって守ってきた秩序はこの10年ほどで残骸同然になってはいましたが、いよいよ倒壊したというところでしょうか。

多くのクゲが路頭に迷い、発狂して、四つん這いで野良犬と餌を奪い合う有様です。

教会へ求道に訪れる者もいましたが、布教は禁止されていますし、されてなくても、かれらに教義を説くのは、なかなか……」

 

もうあいつらの話はいいよ。私も、そんなクゲを何人も見てきた。

いいじゃないか、所詮実体など持ったこともない連中だったんだ。土から生まれて土に返った。

はい、おしまい。

 

「ちなみに、これまでカンパクだったあの老人は、タイコーとなりました。

元カンパクという意味だそうです。

タイコー・トヨトミです」

 

ふうん。ま、名前は必要か。タイコー。タイコーだね。わかった。

 

「北ミヤコのジュラク政庁は新カンパク・マゴシチロに引き継がれ、タイコーは退去しました。現在は南ミヤコに、ジュラクに負けないほど大きな別荘を建築中です」

 

何を考えてるんだ。また住民を強制的に立ち退かせてるのか?

オーザカへ籠もって、何百人もの妾たちと死ぬまでまぐわっていればいいものを。

よく反乱が起きないな。

 

「反乱……は、起きてなくもないのですが、いえ、起こす前にどんどん検挙されています。

ミヤコでもオーザカでも、毎日、罪人の処刑がすさまじいですよ」

 

おいおい、恐ろしいことをずいぶんサラッと言うじゃないか。

まさか役人を恐れて誰ひとり声を上げもしないとか、そんな世風なのじゃあるまいね。

 

「その通りですよ。てっきり、御存知だと思ってました。

口喧嘩や子供への叱責だって即重罪ですから。

役人の気配がすると皆ニコニコとひれ伏します。ものわかりのいい市民ほど、怒りという感情をとっくに忘れさりました。

平和だといえば、たしかにこれ以上ないといえるほど、平和です」

 

気味悪いねえ。

じゃあ、私みたいな発言なぞしようものなら、一日たりと生きちゃいられないだろうね。

 

「ははは。パードレは要領がたいへんいい方ですから、確実な安全地帯でしか、そんな態度はされないでしょう。

ま、もしここにミヤコの役人がいたら、今日だけでパードレは何回串刺しにされているだろう、とか考えてみたりもしてはいましたが」

 

はあ、こわいこわい。

ところでちょっと確認したい。

私は最初、初代カンパクが4月12日に出征してくるものと思いながら聞いていたんだが、ナンゴヤへやって来るとしたら2代目カンパク、すなわちマゴシチロってことになるのかな?

 

「それなんですが、おそらくタイコーがやって来ます。

こんな晴れ舞台を他人に譲るような男ではないですし、マゴシチロがそれほどの器でないこともタイコーは承知しています。

カライリはタイコーにとって隠居後の余興のようなものですし、一年で征服を完了したら大陸にも別荘をつくって悠々自適にそこで暮らす。そんな計画をゲンイ殿や側近たちに、ざっくばらんに語っているようですから」

 

誰も指摘……するわけないか。

一緒になって浮かれ騒ぐヤツしか、周囲にはいないか。

 

「そう思います。それから、念のため。

カラというのがチイナの意味で、タイコーはまっすぐチイナの首都ペキンを目指すつもりで作戦を練っています。

我々が献呈した地図では、ミヤコからシモへ来るまでより近い距離です。

管区長に昼間訊いておいたのですが、実際のペキンは相当かなり内陸の奥地にある都市だそうで、コンパニヤのチイナ管区でもまだ誰一人辿り着いた者がいないとか」

 

ちょっとまて。正確な地図を持ってこよう。

……ここかい。推定、北緯40度。

エチゼンよりもずっと北じゃないか。

ということは、真冬は、かなり寒いだろうね。

 

「出征は春ですから、わざわざ冬季装備は持って行かないでしょう。

チイナの兵力は未知数ですが、仮にどんどん進軍していけたとします。おかしいぞ、と気付き始める頃には戻れなくなっている。

カミ島東北戦線ですら、鎮圧まで2年かかったというのに」

 

ロドリーゲスよ。

信じられないだろうが、ほんの10年前まで、この男はそれなりの戦術家として名を馳せていたのだ。

ところが今は、デタラメな地図に全財産を注ぎ込もうとしている。

かつて軍人だったことがあるとはとても思えないほどの、猿にも劣る愚かしさだ。

どうしてこんなことが起こり得るのだろう。

 

「パードレ。

ミヤコ人は怒りを忘れましたが、同時に、もっともっと多くの、人間として当然持っているべきはずの知恵や記憶や感情をも、失っているのかもしれません。

ミヤコに一年も滞在していない私の仮説に過ぎませんが、昔、十何年もミヤコに駐在したパードレが見に行けば、もっと多くの発見ができるのではと考えます。

私に提出できるのは、ここまでです」

 

ありがとう、ロドリーゲスよ。

私もひとつ、仮説を述べよう。

 

日本人は、閉鎖された島国の中でずっと戦争に明け暮れていた。

かれらの学習能力や成長の速さは、何百年も絶えなかった戦乱が生み出したものだ。

日本は今たまたま戦争の無い時代を迎えているが、平和をも、かれらは暴力的にしか運営できない。

平和は日本人にとって耐えがたい状態であり、長く続けられるものではないのだ。

そのために異常をきたしているところなのだろう。

 

あくまでも仮説だ。仮説のままであってほしい。

これが正解だったとしたら、私たちだって、とても正気ではいられない。

 

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