タイコーはひと月ほど予定より遅れて、ミヤコを出陣した。
時間的余裕が増えることは大変ありがたい。
私はナンゴヤで見てきた防諜態勢の隙を突く形で、ここに居を構えるタイコーの動静をいかに監視し確実な機会をとらえてインヘルノへ突き落とすかを、信徒たちと相談する。
ナンゴヤへ、日本人を商人もしくは雑役夫として送り込むことは、さほど難しくないとわかった。
残念ながらアゴスチニヨとその側近たちはタイコーを尊崇しすっかり傀儡と化しているから協力は得られない。
プロタジオやサンチョらも先発隊として早々と海を渡ってしまう。
仕留める前に潜入工作が露見する危険も徹底して回避せねばならない。
無理難題は承知の上。
それでも最善は尽くす。
ほどなくアゴスチニヨからの戦報がナンガサキへも届けられる。
コーリアの南東部に上陸し、その日のうちに陣地構築。
敵は抵抗せず一目散に逃げるので、これを追い、最初の大都市へ狙いを定める。
防衛戦力の備えを認められず。
速やかに制圧し、緒戦にて敵の士気を挫く所存なりと。
大義名分を掲げるつもりすら、ないらしい。
いきなり殴りこんで何もかも奪う、純然たる侵略だ。
ドアホウめ。
我々に、こんな犯罪の片棒を担がせるつもりでいたか。
むしろおまえがとっととやられて逃げ帰ってこい。
次はカトーを行かせろ。坊主どもがコテンパンに叩きのめされたら、そこで全作戦は終了だ。
青ざめるタイコーを、皆で討て。
そのあとでコーリアへしっかりと詫びに行け。
次の報せは、ジュストの来訪。
彼はカンガ国へ逃亡し、昨年オーザカでヴァリニャーノに面会した。
すでに居場所を捕捉されており、今回ナンゴヤで待てと命令されて、タイコーより先に到着している。
ジュストは、面識のあるプロタジオの家臣を通じてヴァリニャーノへ手紙をよこした。
このプロタジオ家臣からの添書き、それから密偵による周囲の噂を総合するに、タイコーがジュストに再起の機会を与えようとしていることは明白。
ただし本人にはまったくその気が無い上、直筆の端々から漂う甘ったれた浮薄ぶりを勘案すれば、彼ひとりを社会復帰させるためにどれほど周囲が忍耐を強いられねばならないことかと、頭が痛くなってくるところだ。
タイコーの到着が遅いことにも、理由がある。
87年シモへ出征したときもシメアン・クロダが長々と時間稼ぎを求められたが、あれを更にこじらせている。
部将たちはひたすら派手に着飾った軍装で街道を行進し、その中に何十もの、優雅に仕立てられた輿や駕籠が参列する。
この頃は側近たちにも妻妾の同伴が許可されており、当然かれらの召使や侍女たちもゾロゾロと付随するため、速度がますます低下する。
とどめは、なるべく前回と違う街道を経由してより多くの民衆にこの興行を楽しませようという趣向。
際限無い遠回りが図られ、速度は更に更に、以下略。
日本人は兵士として優秀、とかつては言われていたものだ。
今はどうなのだろう。
武器も、日本のカタナは軽く反りにくくよく斬れると評判だったものだが、それだけの質を維持できているものだろうか。
コレジオの研究機器で手加減無しに分析するのも一興に価しよう。おそらく何もかもが、劣化甚シと判定されるはずだ。
10年も堕落を積み重ねてきたら、なにもかもがそうなって当り前だ。
アマクサでカトーが見せた非情きわまる殺戮ぶりを思い出そう。手強い連中は、まだまだ、いるだろう。
サツマも、もしかするとナカツカサが率いていたような暗殺部隊をまだ擁しているかもしれない。
シメアンの部隊を私は当時、惚れ惚れと敬慕したものだが、今はすっかりだらしなくなったことを知っている。
隠居したシメアン自身もあの頃の凛々しさを保てていないし、その父から引き継いだ家臣たちにやいのやいの言われながら息子のダミヤンが領民との板挟みで翻弄されていることを、嘆かわしく思っている。
タイコーが、我が身の安泰のためだけにこんな体制をつくりあげたのだとすれば、見事ではあるだろう。
支配下の領域から武器はなくなり、逆らう者は表面上、消え失せた。
それで完成のつもりなら、あとはひたすら日本の内だけに閉じ籠って慎ましく生きようと宣言すればよかったのだ。
宣教師を追放するのではなく、ポルトガルとの交易に制限をかける、とするのが正解だったと思う。
コンパニヤは、坊主だけを根絶しこの国を真の楽園とするために、最も理想的な伴侶となれたはずだ。
しかしあの男は選択を誤った。
坊主をのさばらせ、この国の持つ文化も技術も劣化させた挙句その状態のまま外洋へ躍り出て、さてこれからどうするつもりだ。
どうも、なるか。
タイコーが生きている限り悪くなるだけだ。歴史が続いていく限り、最初で最大の戦犯として永遠に語り継がれる、卑俗な破滅王。それがタイコー・ハシバという日本猿だ。
つまらん幕切れだな。
こんな舞台じゃ、観客が気持よく帰れまい。
ナンゴヤにはサツマの兵団も待機している。
デウスの敵を表明している連中だから出発はまだまだ先だ。
私は特にかれらの情報を探ってくるよう密偵たちに命じた。
酒場では誰しも饒舌になるものだが、サツマの男はとくにその落差が烈しいようである。
鉄面皮の暗殺者集団が、酔うと感傷的になりすぎる。
厳しい領主に支配され故郷の村を離れたことすらなかった若者にとっては、シモの北端まで来たことすら大冒険であるらしく、自分たちは更にここから日本初の国外遠征に参加し栄冠を手にして帰るのだという大事業の一端を担っている興奮を制御できなくなるものらしい。
うぶだな。殺戮者でしかないくせに。
フィラドとほぼ同時期に、サツマからも日本製ジャンクが出帆したことが確認された。
行先は、マニラ。
どちらかが難破しながらでも辿り着ければ上出来だとは思うが、どんな形であれ辿り着いてほしいとは思っている。
マニラが日本人を知ること。それが何より大きな意味を持つからだ。
大破した船からでも、エスパニヤ人の技術者たちは多くの情報を得るだろう。生存者からも、日本人がいかに危険な猛獣であるかという手懸りを探り出すだろう。
対策が急がれよう。
感傷にひたる余裕など無いのだよ、秩序と平和を守る側には。
ヴァリニャーノもまた、今冬アマカウへ戻ってからする仕事の準備で、多忙を極めている。
コーリアもチイナもインディアの管轄であり、対日戦への支援と助言そして戦後処理を指導する立場として、コンパニヤの発言権は大きく、責任も重大であるからだ。
最優先されるべきはコーリアへの軍事援助、そして戦後には復興協力。
来春より前に日本軍が撤収することは考えにくいが、最前線に配置されているのは信徒ばかりであろうから、降伏をうまく勧告し、現地民へもコンパニヤへの反感情を残さないようにする工作を慎重に行わねばならない。
アマカウで入手できるコーリアの情報はきわめて限定的であるから、日本にいるうちに、主にアゴスチニヨからもたらされる戦線の詳細を蓄積しておくことが重要となる。
当然、日本語分析官として私の仕事も増え、重圧が高まる。
しんどいなあ。
こうなってくると前線に諜報員を欲しくなってくるのも必然でしょう。
私がかつて、ミヤコに駐在したセスペデスに求めていたような、要領を弁えた特派員に、がんがん報告を送らせるのだ。
アゴスチニヨもパードレを切実に求めているのだから、送りこんでやればいいのじゃないですかね。
侵略者がデウス信徒であることを極力表出させないようにする工作も、パードレが直接監視することでより徹底させられるのじゃないでしょうか。
アマカウから派兵する際も、内側から手引きできる人間がいることで、より迅速に共闘を展開できる。
さっそく選抜しましょう。
しかしこの提案は、ヴァリニャーノはもちろん、他の慎重派からも猛反対を浴びた。
ばれないわけがなく、アゴスチニヨ含む全軍がコーリアの捕虜となった場合はコンパニヤも日本軍の一味として戦争責任を課せられることを免れ得ない。
今度の侵略は絶対に失敗するのだから、我々は徹底してこれを阻止するために闘争していたのだと事実のみを積み上げておかなければならないのだと。
それも、たしかに、もっともだ。
会議は紛糾する。
時間は、いくらあっても足りない。