ナンガサキに、珍客来襲。
ナンゴヤからの観光団体ご一行様。
私は、タイコーという人物がわからなくなった。
暴君なのか、道化なのか。引退してるのか、現役なのか。
配下の将や側近たちは彼を畏れ敬い、恐怖で雁字搦めにされている。とさえ考えていた。
だがすべてがそうでもないと、今は修正を迫られている。
「うちの爺さんが、頑固者ですまないねえ。でも本心から思ってのことじゃないし、そこはみんな、わかってるから」
「唐入りだって、おれはやりたくなかったよ。でも逆らえないじゃない。
それに、意外とあいつら弱いんだなって驚いてる。やってみるもんだねえって今は感心もしてる。
行けるとこまで行ってみて、日本の名を轟かせて、帰ってきたいね。
あちらに住みたい者は残ればいいと思うけど、おれは日本がいいよ。パードレの皆さんは、どこへだって乗りこんでいくんだろう?」
「へえ、ソリスって野郎、そんなに悪党だったのかい。
日本語は達者だし、話術も巧みだから、ついつい惹きこまれちゃってたけど、今度見たら気をつけるよ。でも、とっくに薩摩へ帰っちゃったけどね」
「名護屋には禅僧が大勢連れてこられてるけど、通訳をさせるためで、それ以上の仕事をさせる余裕は今のところ無いよ。
すでに占領地で交渉中に何人も殺されていて、出征待ちの禅僧たちにも動揺が広がっている。
むしろなぜパードレたちが最前線の部隊に同行していないのかが、不思議でなりません。
前線で戦っているのはデウス信徒なのでしょう?
勇敢なる英雄たちを鼓舞し、慰め、斃れたときもすぐ弔ってあげるべきではないのですか?」
意外すぎるほど、将兵たちは、平気でタイコーをばかにする。
愚弄するとまではいかなくとも、仕方のないモーロク爺さんだと揶揄することを躊躇わない。それどころか積極的におちょくる。
ついでに、諸派の坊主もひたすら軽蔑の対象として扱う。
わざわざナンガサキまで見物に来て、本物のジャンクを見て驚愕し、更にエウロパ人宣教師を前にすると、社交辞令も過剰になりすぎるのか。
それにしても言い過ぎじゃないか?大丈夫か?
何人もが、追放令さえなくなれば、すなわちタイコーさえ死ねばぜひ洗礼を受けたい、と真剣な眼差しで語りかける。
返答に窮す。
なぜ、今すぐその状況をつくってくれないのか。
やっぱりタイコーが恐いんじゃないのか。他国を蹂躙することは躊躇わないくせに、すぐ目の前にいるヨボヨボの老人には、私にしているのと同じように、へつらって、媚を売って、にこやかに尻尾を振ってみせるのだろう。
聞いているうちに、私はつくづく、日本人というのは本音を隠すことに熟達しすぎた嘘つきどもばかりだなという諦観を強めるしかなかった。
とは、いうもののだ。
それならそれで利用しがいもある。タイコーを排除することに、さほどの抵抗は無いはずだ。
消したあとなら、なおさら無い。
こいつらは権威に弱い。
その権威を決定する条件は、多数派であるか否か。
ナンゴヤに集められているのはゼン宗ばかりという。いいことを聞いた。坊主たちは一枚岩として結束するには至っていない。コンパニヤをただひとり悪者にすることで、タイコーは坊主たちを味方につけることに成功したが、所詮あいつらどもは放っておけば分裂と共食いを繰り返すだけの反社会的活動家連合体でしかない。
そんな砂の城、ひと波で崩れさろう。
あとは犬どもをしっかり鎖で繋いでおき、二度と人を襲わぬよう、じっくり躾けておくことだな。これが希望であり理想だ。
ヴァリニャーノに、ひとりの武将を紹介された。
レオ・カモウヒタ。
童顔の青年に思えたが、征服したばかりのカミ島東北域に広大な領地を与えられた有力者。そこからはるばる参戦して、渡海の順番待ちをしているところだ。
レオという霊名が示すとおり、信徒である。ところがタイコーや側近へはもちろん、自分の家臣たちにさえ隠している。
追放令前から、そうしてきたそうだ。
今回も、あくまで大船を見物に来た、という集団に紛れている。不気味だが、頭のよいことは判る。ヴァリニャーノとは昨年のミヤコ訪問時に初対面していた。
「パードレ・フロイス。私に見覚えがありますか。
私はあなたを覚えています。美濃の干柿が大好物でしたよね」
なぞなぞも、好きなようだ。
私は嫌いだ。降参して、教えてもらった。
彼の、当時の名は、ツルチヨ。
カヅサ殿が侍らせていた、何十人もの、精鋭美少年隊の一員。
隊長格のひとりだったという。
なら確かに会っていると思う。覚えていないけどな。
しかし、よくぞ、生き延びていたものだね。
「惟任の変より後、太閤殿の家臣となりまして、今に至ります。
一時期、伊勢国を拝領しており、その頃、右近殿の薦めで受洗しました。
なぜ信徒であることを隠す必要があったか。パードレ・フロイスになら、おわかりでしょう」
どこまでも、なぞなぞが好きらしい。いらいらする。
イセイ国といえば、イコ宗の一大拠点だったが、実はカミ宗の総本山でもあった。
領内のイコ宗が撲滅されたため、カミが息を吹き返す。
カヅサ殿はダイリを味方に引き入れクゲたちから官位を取得することでイコ宗の権威に対抗したが、そのためにカミ宗の復権を後押しした。それも追い風となった。
ハシバはそれをもっと極端に推し進めて、最終的にはダイリもクゲも蹂躙し焼き尽くしたわけだが、そんな激動の渦中にあったイセイ国の統治者がデウスの信徒ですとは言いづらかったろうね。
こんなところかな?
彼に補足説明されたところによると、シメアン・クロダはレオの薦めによって信徒になった。
シメアンには布教を妨げられる理由がなかったため、部下や友人にデウスの教えを力説し、爆発的な感染者へと成長する。その結果、反対勢力の怨みも買った。
とくにハシバが、シメアンを出世させることに警戒心を抱くようになった。沈黙の観察者レオには、その変化がよく見えていたという。
追放令が発布されると、レオはますます信徒であることを隠すようになった。
「名護屋へ来てみて、間者が大勢潜んでいるなと、すぐ気付きました。
こっそり援けたりもしています。こんな諜報網の黒幕は誰なんだろうって、すごく気になってたんですが。
まさかパードレ・フロイス、あなただったとは。
これは会っておかなくては、と思いましてね」
わかった、ありがとう。それ以上は言わないでくれ。
君の方が頭がよいことは認める。
降参だ。ごめんなさい。ゆるして。
「ところで、私には不思議なのです。
日本人がこしらえた急造船よりずっと素晴らしい大船がここにある。
なぜ、これを、太閤殿に提供しないのですか?
春先までの間だけ貸し出す契約でもいい。今は、一隻でも多くの輸送船が必要な段階です。太閤殿は感謝するでしょう。
交渉次第ですが、追放令を撤回させる決め手にもなり得る。
検討すらされていないと聞いて驚いているのです。太閤殿が戻られ次第、申し出られてみては?」
とんでもないことを、実にあっさりと言う。
我々はむしろ、それを要求されたらどうしようと、身構えていたというのに。
しかし言われてみると、もっともな一面もある。これから出征する部隊はキナイより東域から来る者がほとんどで、デウスの教えにも、エウロパ人にも触れたことのない、無垢な田舎者揃いだ。タイコーへの忠誠心も、坊主への帰順も、きわめて表層的なものでしかない。
かれらにホンモノを味あわせてやろう。
アゴスチニヨやプロタジオらが開拓した道に、後続集団が種を蒔き作物を実らせるのだとすると、コンパニヤが投資すべきは後者である。ゼン宗坊主に通訳はさせるが、それ以上の権限は与えない。外地における人民の教化と平和のための宣撫は、コンパニヤが主導するとタイコーに許可させる。
案外、スンナリいきそうだ。いけるぞ。どこかに見落としはないか?
「唐の民にデウスの教えを説くのは、日本人に説くよりもずっと難しいとパードレ・ヴァリニャーノは嘆いておられますが、だったら容赦する必要もないのではありませんか?
かれらが京へ来た時も、ずいぶん下品で、無作法な振舞いが鼻についたと聞きます。
畜生にも劣る民族なのではありませんかね。だったら尚更力で捩じ伏せ、どちらが格上なのか教えこむ姿勢で臨まないと。
犬の躾け方には作法がありまして、舐められたら後々面倒臭いのです。やるなら最初から強気で。
エウロパの人は、こういう発想をしないのですか?」
くやしいが、言い返せない。
まったくその通りだし、動物を飼うことにかけては、エウロパの方がずっと規模も歴史も豊かで深い。
すっかり忘れていたことを、まさかここで日本人に指摘されるとはな。
私はヴァリニャーノに緊急会議を提案した。
ありったけの宣教師を、大陸へ送りこもう。
東インディアの地図を我々の手で描きかえるときが来ているのだ。
ただちに、方向転換を!