コーリア半島は8県の行政区画に色分けされる。
日本軍はそのうちの6つを支配下におさめた。
ここより先は山岳地帯である。拙速なる進撃は消耗に直結する。
アゴスチニヨは再三、兵と物資の補充を本国に要請しているが、その声はどうやらナンゴヤまでで止まっている。
ナンゴヤの留守居役どもが全員遊び呆けているとまでは言わない。
だがタイコー不在で気が緩んでいるのは間違いなく、近頃は倉庫からの横流しも歯止めがきかないとか、修理した船がすぐまた浸水するなどといった質の劣化が著しいそうだ。
ナンガサキの教会破壊部隊には、そんな留守居役の中でも一番ボンクラな連中をよこしてくれればいい。
否、シマノカミごと今すぐ撤収させろ。
そして泥舟に乗せて、沖で沈めてやってくれ。
とはいえ前線でのアゴスチニヨの苦悩を思えば、日本国内でいつまでこんな兵力と時間の無駄遣いを許しているのかと憤懣やるかたない。
とっとと送ってやれと言いたくなる。
広大な占領地帯では昼夜問わずコーリア人の反逆行為が起きており、治安維持も最前線も大差ないという状況らしい。
住民の抵抗が激しいということは、現地での食料調達も困難だということになる。
冬が訪れるまでにこの状況が改善されなければ、防寒具や薪、安全な寝場所にすら事欠くと容易に想像されよう。
アゴスチニヨがこれ以上の侵攻を制止するのは、指揮官としての判断とかではなく、そもそも無理だと常識的に計算しているだけのことだ。
タイコーが戻ってくる前に我々がジャンクを供することは愚策だし、それを匂わせることすら馬鹿げている。
目の前で教会を蹂躙している連中に歯嚙みをしている現状では尚更だ。
なにもかもが肚立たしい。諸悪の根源はタイコーだが、それにしたって忌々しい。
アゴスチニヨから我々への書翰は、時々、直接タイコーへ向けて書かれたような文言になっている。
下書きを流用しているのか、不眠不休の緊張の中で混濁しているのか。送り先を間違えてなければよいが。
ともかく、ここには機密が含まれている。
現地情報を分析する上で、大変ありがたい。
コーリアの陸兵は、騎馬と弓を主力とする。
かれらが馬に乗ったまま戦闘することをアゴスチニヨは驚いているが、馬を移動の手段としてしか用いない日本の方が世界では少数派だ。
弓は日本のものより小型で、ゆえに飛距離が短い。
日本人は命中率を重視し、一本の矢だけで飛ぶ鳥を狙うなど曲芸としての技を磨くものだが、コーリアでは弓も鉄炮も精度をさほど要求されない。
鉄炮においては保有数にもかなりの差があり、炮音一発でコーリア人は逃散すると上陸直後は面白がっていたようだ。しかし進軍するにつれ、今ではやはりそれなりの弾薬を必要とするようになってきている。
日本軍の城砦構築速度もコーリア人を驚嘆させており、これを見に近付いて、捕らえられる現地民がきわめて多い。
驚くべきことに、通訳として使役しているゼン宗の坊主は現地民の話し言葉を理解できないようだ。文書語を介してならばなんとか意思疎通が可能という。コーリアからチイナへ入れば更に齟齬をきたすと予想され、進撃をためらわせている。お笑い草だ。
日本軍は遠距離攻撃と近接戦闘を巧みに使い分ける。これに対し、コーリア軍は機動戦をしかけてくる。
刀剣類は日本製の方が切れ味・堅牢性など優れているようではあるが、コーリア騎兵隊は次第に撹乱戦術しかとらなくなっていく。
序盤にくらべて日本軍は容易に敵を無力化できなくなった。
なお日本側はとくに戦術を改良などしていない模様。
敵陣地は沿岸部が最も頑強で、内陸へ進むほど急拵えの粗末な造りが目立つとアゴスチニヨは感想を漏らす。武器や糧食の備蓄も、普段からされてなかった風であるという。すなわち、沿岸部以外で戦闘が行われたことは久しく無かったのだ。おそらく世代が一巡する期間かそれ以上、コーリア本土はずっと平和でいられたのだろう。沿岸部以外は。
そこへ突如襲いかかってきた災厄を、気の毒にと思いもする。
ところで私は日本兵の堕落を嘆いていたのだが、それでも十数年前まで、こいつらは本気の戦争をしていたのだ。まだ、勘は取り戻せよう。
コーリアは、どうか。戦局を覆すことは可能だろうか。
冷徹に勝敗を予想するとしたら、私には、日本の方に分があるように思われる。
チイナは、どうだろうか。
国土の広さは測り知れない。人口も、相当だろう。
しかしペキン政庁は国民の武器所有を厳格に取り締まっていると聞くし、もう何百年も戦争を起こしたことがないとかれら自身が誇りにしている。
諸外国との付き合いにも極めて消極的で、ここ30年ほどはアマカウだけが唯一の窓口だ。
諜報に熱意があるとも思えない。ただの引き篭もりというやつか。フェリペナスが優しく手をさしのべ、扉を開かせようと交渉を始めたとも以前聞いた気がするが、進展している気配も無さそうである。
このような大国に、外敵とまともに張り合える兵力が培われるものだとは、想像しにくい。
現実問題、タイコーなど、どうでもいいのだ。
あんな気まぐれの耄碌ジジイ、当てにしない。
レオは自分から先頭に出たがる人物ではないが、大陸侵攻については積極派だった。参謀として見処もありそうだ。手を結び、日本国内は彼に仕切らせよう。
私はモレイラを伴ってコーリアへ渡る。銃後の兵站維持を万全に整えた上でな。そしてアゴスチニヨの参謀として、速やかにペキンを陥とす作戦を立案し完遂するのだ。
見落としがないか、慎重に探りながら、すぐ準備を始めよう。
私はさっそく行動した。
ナンゴヤのレオに計画を伝え、ナンガサキでは味方を集めて会合を開いた。
ヴァリニャーノが離日したらすぐに、私もナンゴヤからコーリアへ渡ろう。レビヤタンに沈められないように、みんなでデウスへ祈っていてくれ。
日本国内では引き続き、布教長ゴーメスを指揮官として統率を任せる。
レオと協力し、タイコーの監視を怠らず、シマノカミを殺す機会があれば逃すな。
信徒たちをうまく使え。コンパニヤの、蜘蛛の巣のように張り巡らせた諜報網は私が作り上げたようなものだが、これからも育成し発展させていってほしい。
コツをひとつ伝授しよう。
憎悪の対象を常に一点集中させておくこと。そして、脅威を絶やさないことだ。
明確で強力な敵の存在が、我々をしっかりと結束させる。散漫にさせてはならない。
政変時はとくに注意せよ。様子見は愚か者の態度だ。
方針はすぐに打ち出せ。そのためには普段からの情報蒐集と、先読みが必須となる。長がうろたえれば、そこからヒビが入り組織は分裂する。
私が良いお手本だったとは言えないがね。それでも実戦経験から学んだ処世訓だ。
参考にしてもらえれば、ありがたい。
秋風が吹き始めた。
船員たちが慌ただしく、宿代を清算して港へと駆けてゆく。
もう一日だってこんな国にいたくない。そんな表情でいっぱいだ。
私たちもめいめい隠れていた信徒たちの家から這い出して、船へ向かう。ヴァリニャーノを見送るために。
ほんの3週間前まで教会が建っていた、岬の丘を見上げながら、全員と固い握手を交わし「必ず戻ってくる」と管区長は宣言した。
私は書類の最終確認を命じられ、一緒に船へ乗りこみ、ヴァリニャーノの個室へ入った。
そこには船員たちが待ち構えていて、羽交い締めにされた。
続けて入ってきたモレイラも同じ目に遭った。
「君たちには、私と一緒に来てもらう。
別れを告げておきたい人がいたら、今ここで言っておきたまえ。伝えさせよう」
抵抗した。しかし無駄だった。
「君たちのたくらみはすべて把握している。このまま日本にとどめておくわけにはいかない。
今後のことは、アマカウでじっくり相談しようじゃないか」
ナポリタンは薄笑いを浮かべながら私たちを見下ろす。山羊の目をしていた。
まもなく船は北風に揺られ始めた。