戰國ぢあぼろす   作:ひねもす@HAMELN

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SengokD.1593/001.hmos

NIPPON!

 

水平線に浮かぶ島影へ、私は熱い視線を注ぐ。

鋸歯のような山々と、重く垂れ籠める暗雲。

雨季は終わりかけている頃だというが、湿度は年間を通して高いらしい。

肌着の替えは多めにと、私は両ハラダから忠告された。

 

昨年の第一次使節団はひと夏しか滞留しなかったが、我々はもう少し長期を予定している。先方の許可が得られればだが。

その隊の旗艦は、帰途、遭難した。日本王と直接交渉にあたった面々の生命と、その公式文書や贈答品の数々は、失われてしまった。この再交渉も我々の任務に含まれている。

それでなくとも、いつ開戦してくるか予断を許さない相手だ。初手でこの失点は大きい。

より低姿勢に、慎重に、関係を構築していく必要がある。

だから知らねばならぬ。敵のすべてを。

そのために我々は来た。

 

日本は、エイジア地方のやや北寄り、北緯38度付近に浮かぶ島々からなる国家だ。

海域は東西200レグワほど。季節風と海流により外界との接触が困難なため、住民は独特な習俗を発達させた。

40年ほど前、ポルトガル船団が発見し、航路を開拓して交易を開始。特産品は銀、硫黄、そして小さめながら技巧を凝らした各種の武器。住民は高い知能を有す。幼児のうちから適切な調教を施せば各種家庭内労働に抜群の才能を発揮するため、貴族や富裕層の間では高値での取引がされている。

もっとも、一度悪い癖がつけば手に負えない危険を孕むため、昨今は敬遠される傾向も強い。

この点は、カフルも同じだ。

 

日本人は、生後すぐ母親から引き離して修道院で養育した場合でも、その器用さと残虐性を強く保持したまま成長するという研究報告が多数ある。日本語に接することなく育っても、この性向は著しいという。

表情筋の少ないことも影響しているのかもしれない。

日本人は感情表現を嫌い何をされても黙って耐える印象が強いが、これが突如噴出して、むごたらしい事件を惹き起こすのだ。そんなかれらに、こちらから優しい言葉をかけても、うまくいかない。

日本人は容易に心を開かない。

むしろ軽蔑した回数を勘定し、記憶に蓄積し、じっと溜まるのを待っているかのような薄気味悪さを感じることさえある。

敬遠する人たちの気持ちもわかるが、それでも仕事で付き合わなくてはならないならば、どう対応したらよいか。

私にとって最優先で取り組むべき課題のひとつがこれだが、未だ暗中模索の中にある。

 

ちなみに日本人と骨格がよく似ているグランチナ人は、真逆といっていい傾向を示す。

グランチナ人は表情が豊かで隠し事も好まないので私は付き合いやすかったのだが。マニラにいるうちに、もっとかれらのことも観察しておけばよかった。

日本の国家形態と政治運営は、情報がきわめて少ない上、非常に複雑であることが示唆されている。40年前は2つの王政が併存し、しかも対立していなかったとされる。

現在はどちらも消滅し、新政権が誕生した。

機能面では、過去のすべてを取りこんで合体させたキメラ政体であるらしい。

その創立者であり、初代王であったタイコーなる人物が、フェリペナスへ服従を要求してきた。

フェリペナス総督は政府閣僚と各修道院首脳陣とを召集して協議を開始したが、日本からの声明があまりに意味不明すぎて、一同頭を抱えた。

 

「日本神の落胤である私は、100年余続いた戦乱をわずか10年足らずで平定した。日本神の命令により他の地も順次平定してゆく予定であるが、寵臣ハラダが交渉役を希望し無益な流血を回避したいと申し出たので、派兵を猶予してやる。服従宣誓が遅れた場合は速やかに罰を与える。後悔するなかれ。日本国・関白」

 

見様見真似で造ったにしてはよく出来ている、日本製のジャンクには、インディアス生まれ日本育ちのポルトガル人たちも乗りこんでいた。かれらの協力を得て、翻訳と解釈を試みる。その結果がこれなのだが。

フェリペナスとして回答を作成すべきか否か。そこから議論を始めねばならなかった。

 

文書中に寵臣と謳われる全権大使ハラダは連日娼館と賭場に入り浸り、その請求書が際限なく総督府へ寄越される。

詐欺師なのか?

それにしては、手が混みすぎている。

ともかく日本へ使節を派遣し、確認することにした。

 

マニラからヌエバへの航路を途中まで進み、夏の暴風域に乗り移れば日本へ着ける。過去に何度も往来した実績はあるが、危険が大きいため禁止されていた。

帰路は冬風に乗るが、ここで事故が発生。

僚艦は無事マニラへ戻ってきて我々はある程度の理解を得ることができたが、交渉はもう一度やり直さねばならない。

こうして翌夏、第二次使節団が編成されることになった。それが我々ということだ。

 

補足をいくつか。

文書の末尾に記された署名はカンパクだが、今は同じ人物がタイコーと名乗っている。慎重に確認したが、文書に記された日本暦の日付の時点では、すでにタイコーだったようだ。

よって文書自体が稚拙な偽書である疑いは今も強い。

だいたい、どんな部族であろうと、国家を名乗る集団がまさかこんな外交文書を作成するとは思えないではないか。

おおかたハラダの所属する盗賊団の親分が、日本国王を詐称して始めた大博打なのだろう。

ただ、やけに規模がでかすぎる。

我々は正確に突き止めねばならぬ。敵の正体を。そのために来たのだ。

 

マニラへ辿り着いた船には、もう一人ハラダが乗っていた。親族らしく、顔も、性格も、品性の下劣さも、よく似ている。

一人目のハラダはガスパル、二人目のハラダはパウロという霊名を持っていた。日本でSJから受洗したそうだ。

SJよ。おまえたちの仕業なのか?

どこまで絡んでいる?

何をやっている?

日本との交易は、発見以来30年近くポルトガル王室の独占事業だった。修道会も、ポルトガル王室と強い癒着関係にあった新興団体SJが占有した。

ポルトガルがエスパーニャ連合の一地方となり、王室を名乗れなくなってからも、SJは日本権益を開放しなかった。ルゥーマへの報告も途絶えがちになって、以前ほどの注目もされなくなってきていた。

そこへ突如、ある噂が駆け巡る。

日本王がSJに追放令を出したという。

 

その王がタイコーと同一人物かはわからない。何年に起きた事件かも、私は正確に述べられない。

マニラSJ長へは日本SJ長から軍事出動要請が届いた。

修道会の権限を知らない者の作文だろうから、あれも偽書だと言われている。噂はゴアへも届き、SJのバリニャーノという傑物が、大船団で日本へ乗りこんだ。

なかなか、帰ってこなかった。

 

昨年秋バリニャーノは日本を発ち、無事、マカンへ戻ってきた。

日本でそれ相応のことをやってきたはずだが、堅く口を閉ざし、マニラSJへも詳しい事情を伝えてこない。

フェリペナスとインディアは管区が異なるから、と言ってしまえばそれまでだが、指揮系統が別々だからこそ情報共有は密にしておくべきだろう。

そうでないと有事の際に適切な連携がとれない。

自然災害対策でも、この原則が大切だ。

 

しかも、昨年はこれに前後して大きな事件が続いている。

春、日本から、何万という大軍が北の大陸へ侵略を開始した。

ハラダ1が持ってきた文書の「他の地も順次平定」に符合する。

マニラからは使節団を派遣した。時期的に、使節団がバリニャーノと会っている可能性は高いのだが、報告の機会は失われてしまった。

 

この圧倒的に劣勢な情報不足を覆すため、私は可能な限り長期、日本へ滞在し、手に入るだけの判断材料を蒐集し分析する。

諸悪の根源、すなわち犯人が特定できれば一番よいのだが、私には逮捕権は与えられていない。

生きて帰って、報告をする。そこまでだ。

それが任務だ。

 

私の名は、ペドロ・バウティスタ・ブラスケス。OFMのパードレだ。

あの港へ入るのだね。

それでは、荷物をまとめてこよう。

 

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