イラド。それが、私たちの上陸した島の名だ。
日本の西端に浮かぶ。南北に長く、およそ5レグワ。
市街へ入って、感動した。
平地が少ないので建物が密集し、道路も入り組んでいるが、歴史を感じさせる味わい深い町だ。
人種も多彩で、国際色を醸し出している。
SJの教会を案内されたが、現在パードレは駐在していないという。
イラドの長官は兵を率いて大陸へ出征中とのことで、その父親である先代長官の歓迎を受ける。
異邦人の接待をし慣れていることにも驚いた。ただ、イラドのような町は日本ではきわめて特殊であり、他所はもっとずっと排他的であると会談中何度も忠告をされる。
先代長官の孫に嫁いだメンシアという少女も、幼な子を抱きながら懇談に加わった。
彼女は由緒正しい日本人であり、SJから受洗した信徒である。夫は父親と一緒に戦地にいる。私がデウスの加護を祈ると彼女は「夫は信徒ではありません」と言った。
私は慎重に確認する。
この夫婦は異教徒同士のまま結婚していた。息子も未洗礼だ。
一族の中で、メンシアだけが信徒なのである。
葬儀はどのような形で行うつもりなのかと質問してみたが、通訳士が拒んだ。
本人たちは、深刻に考えてはいないのか。それともタブーに触れる話題なのか。
寝所へ戻ってから、私は大使のデ・カルバハルに尋ねてみる。
「日本人は、生死に関する話題を、いざ直面するまでは口にしないものだ。その時になって、どうしていいかわからなくなったら、ためらいもなく自殺する。
悩んだら死ぬ。だから日本人は悩まずに生きている。
愛する者や、忠誠を誓った主君が死んだのにすぐ後を追わない者は烈しく批難される。しかし愛も忠義も無いなら死ななくてよい。
生き続けたいなら愛情は持たない。これが日本人の考え方だよ、フライ・ペドロ・バウティスタ」
さっぱり理解できないが、知識として頭に入れておくよ、カルバハル。
ただ、カトリックは、人間がいかに生きるべきかという命題を問い詰めることで発展してきた思想大系を持つ。それが骨格だ。
日本人は、これを考えることなく、信徒になるのか?
「哲学の問題だな。それは私には答えられない。エルマーノ・ゴンサーロ・ガルシーアが到着したら、彼に尋ねてみるといい」
そうだね、すまない。
ゴンサーロなら答えられるだろう。かれらが無事に辿り着いてくれることを祈ろう。
私たちより1日遅れで出帆した日本船には、パードレ・バルトロメとエルマーノ・ガルシーアが乗っている。
ガルシーアは10年以上日本で暮らしていた経験を有し、SJの内部事情にも詳しい。第二次使節団では最も重要な存在といえる。だから、敢えて私とは別々の船にした。
彼に尋ねたいことが既に山ほどあるのだが、今はまだ、私にそれを吸収しきれる力が無い。
もう少し見聞を広げよう。そんな趣旨で、イラドのあちこちを散策する。
布教は、イラド先代長官から固く禁じられた。遵守せねばならない。疑わしき対話も、厳に慎む。
承知の上なのでいいのだが、コンヒサンを求めてくる信徒が多い。
話を聴きたい誘惑にかられる。ラテン語もしくはカスティーリャ語を話せるエウロパ人に限るならぎりぎり許されそうな気もするが、今は鄭重に、お断りする。
日本SJがコンヒサンを密議と謀略の小道具として最大限活用しているという黒い噂は、エイジア中に轟いている。
資金洗浄、武器密売、拉致監禁、なんでもあり。
教会には保管庫や隠し通路が完備されており、秘密を知った者は二度とお日様を拝めない、とかね。
いずれ確かめる機会がくるだろうが。今は余計なものを見つけたくない。
悩める信徒と思っていた相手から危険物を預けられる可能性も遠ざけておきたいのだ。
慎重に、慎重に。
タイコーの使者が、我々を迎えに来た。
至急、城へ来いという。ここから船で2日の距離。まだ僚船が到着していないからと猶予を願ったのだが、先に城下の宿所へ入り待っていろという。
我々を拘束しておきたいという狙いが明白だったので、おとなしく従った。
ナゴヤと呼ばれるその軍事基地は、シモ島の北部につくられていた。
大陸出兵のために急造されたと聞く。全体図がわからないため規模がつかめないが、広大な敷地面積を有する。
商店や飲食店を集めた、民間人の出入りできる区画が設けられていたが、我々はそこへ立ち入る許可をもらえなかった。
イラドと異なり、日本側から通訳士が用意されなかったので、我々の人員のみで準備を進める。
日本側は、客の方が完璧な通訳士を人数分連れてくるのが当然と考えていた節があり、事務官は失望を隠さなかった。
至急イラドから通訳士を呼び寄せることにしたみたいだが、だからガルシーアが着くまで待っていてくれればよかったのにねえ。
「外交に不慣れなのはわかっていたが、いくらなんでも手際が悪すぎる。官吏が揃いも揃って尊大に構えているものだから、なおさら機能的に動けないでいる。まさか、大陸でもこんな調子で戦争しているのじゃないだろうな」
ただ殺して、奪って、犯して、棲みつくだけなら、それで構わぬ。なんて思っている可能性はあるね。
イラドが別格すぎただけで、こちらが日本の標準なのかと今しみじみわかって、私は切なくなる。
デ・カルバハルよ。迷える私に、なにか助言を授けてくれないだろうか。
「君はパードレじゃなかったかね、フライ・ペドロ・バウティスタよ。まあいい、日本のことは私の方が詳しいからな。
フェリペナスの商船がこれまで訪れた日本の港は、イラドとサツマ。これだけだ。SJがやかましいので、開放的なイラドはどうしても敬遠されがちになり、サツマが主たる取引先になった。
日本がまだ統一王朝を形成してなかった頃、サツマは自主独立の気概を強く持つ領国だった。今も、中央に尻尾を振るのが大嫌いな連中が大勢、陽気に暮らしていると思う。
昨年、リャーノ船長たちはサツマへ上陸し、現地の通訳を連れてタイコーと会見をしてきたわけだが、今年の我々はイラドへと来てみたわけだ。
私もイラドは初上陸だったんだが、個人的にはサツマの方がおちつくね。イラドは人口密度が高すぎる」
ありがとう。塞いでいた気分が、少し晴れたよ。それにしても、SJはいったいどれだけ、やかましいのかね。
「それはガルシーアに聞いてくれ。私は日本SJと直接絡んだことはないし、絡みたいとも思わない。マニラSJは良い人ばかりだけどね」
セディーニョも、昔は冗談の得意なおじさんだったんだが、今は見る影もなくやつれて、かわいそうでたまらないよ。
日本SJがいったいどれだけの悪事に手を染めてきたのか、一番知りたいのは彼だろうし、同時に一番知りたくないと願っていることもわかるんだ。
私には報告の義務があるわけだが。総督にはすべてを伝えるけれど、セディーニョには何と言うべきか。まだ調べる前の段階でこんなことを考えるのもおかしいんだが。
「門外漢の意見ではあるが。突然の追放令は大きな謎だし、その前後数十年に及ぶ日本の変化も、急激すぎて不可解だ。
SJがどこまで関与しているかは知らないが、少なくともかれらはずっと一番間近でそれを見てきた。手懸りを求めるなら、第一に、そして唯一の鍵を握っているのが日本SJであることは明白だろう。
ただし、くれぐれも、いのちだいじに。これに尽きると忠告しておく」
感謝する。デ・カルバハル。
私が戻ってこなかったら、君がその所見を総督たちに伝えてくれ。
「やめろ。それは私の仕事じゃない。君がやるんだ」
10日もかかって、官吏が戻ってきた。
エルマーノ・ガルシーアたちを連れてきた。無事を喜びあっていたすぐ後ろから、ただちに謁見の準備をせよとの命令を浴びせられた。
タイコーはずいぶん短気で、わがままで、人を困らせるのもお好きなようだ。
それでは、せいぜい、低姿勢に、慎重に、お相手するとしよう。