戰國ぢあぼろす   作:ひねもす@HAMELN

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SengokD.1593/004.hmos

ナゴヤからアカマ海峡まで5日。内海へ入り、まっすぐ東へ15日。

合計約3週間の船旅を経て、オーサカへ着く。

この大都市を4日ほど観光し、川を遡って、日本の首都ミヤコへ入った。

その頃には、私はすっかり日本の虜になっていた。

 

どこの住民も礼儀正しく、勤勉で、規則正しい生活を好む。

清潔さに対するこだわりが尋常でない。私は自分が汚物の塊であることを寝ても覚めても意識せざるを得なくなった。

しかも日本人は、私にそれを注意もせず、精一杯の笑顔でもてなしてくれようとする。

過剰なまでの思いやり。

40年前、初めてこの国へデウスの教えをもたらしたSJの修道士たちが、どれほど驚いたことかと想像する。

 

「その錯誤が、躓きの始まりです。相手のためを考えての行為であるなら、早めに指摘してあげるべきでしょう。

しかし日本人は、当人にだけは絶対に教えない。相手が不快な存在であるがままに放置し、自分が味わったのと同じ苦痛を他者にも与えたいと願う。

必ずしも悪意からではありません。日本人は苦痛を悦ぶのです。

目をそむけ、顔をしかめ、吐気を催す、そんな対象に出会うと興奮します。しかもどれだけ顔に出さず耐えられるかを静かに競い合う、困った性癖を持つ民族なのです。

断じて献身ではありません。ただの病気です。遺伝子に刻み込まれた疾患なのです」

 

エルマーノ・ガルシーアの考察は鋭い。その発想はなかった。

わかってみると、なるほどだ。しかも悪意がないという分析に感心する。風土病なのだね。

そして日本では、この状態が正常であり普通とされる。

かれら自身がそれを変えたいと望むまでは、私たちは理解し、尊重し、かれらの価値観に合わせてあげる必要があるだろう。客人で、外交官で、諜報員なのだから、当然だ。

しかし、譲れない一線もある。

私は行く先々で、かつて、あるいは今も信徒だという人々から、ヂシピリナをせがまれた。

祈りもミサも聖体拝領もコンヒサンも、すっとばしていきなりヂシピリナだ。ずいぶん古い伝統が残っているなと思ったものだが、まて、40年前までディオスもマノーロも知らなかった日本人が、なぜヂシピリナを知ってるんだ。

 

「SJが教えたのです。かれらは日本人を調教するのにヂシピリナが効果的であることを発見し、積極的に広めました。

聖金曜日だけではなく、一年365日、欠かさず行います。しかも全力でしばきます。

日本人が老若男女これを心底悦ぶことも事実ではありますが、おぞましい光景です」

 

エウロパでこれをやったら悪魔集会認定で現行犯逮捕されるぞ。奴隷への鞭打ちだって昨今は人道意識の高まりから忌避する人が増えてるっていうのに。

……ううむ。こればかりは、日本人の希望に応えるわけにはいかないな。

はっきりと拒絶する。代替として提案できるものは、何かないかな。

 

「日本人が、ヂシピリナの何にここまで興奮するのかを実験によって識別する必要がありますね。刺激か、背徳感か、獣化欲求なのか。赤い血は普段から街頭で見慣れてるはずですが、自分の肉体を傷つけることが特別な発奮材料となるのか。性慾とも関連し合うものなのか。それとも……」

 

すまない。その辺で止めてくれ。私はすでに、日本SJが40年間何をやってきたのかを想像して心が張り裂けそうになっている。

もしかして、追放令の原因だって、それじゃないのか。

 

「追放令の条文には、ヂシピリナが屈辱的であるといった文言も含まれていたように記憶しますが、ミヤコでも大々的に布告されたはずですから手に入れてみましょう。さあ涙を拭いてください、フライ・バウティスタ」

 

……ヂシピリナ以外にも、もっといろいろ、やらかしてきたということか、SJは。

いったい、いったい何がどうしてこうなってしまったのだろう。

 

「それをたしかめに我々はやって来たのですよ、フライ・バウティスタ。

さあ、一つひとつ調べて回りましょう。私たちは、この縺れた事態を収拾し解決することさえ期待されているのですから。挫けている暇など、ありませんよ」

 

ミヤコでは、指定されたホーガンの邸を訪う。

その一室を宛行われ、すぐに観光を開始した。

初日から私たちは大きな注目を集める存在だった。

シモ島を離れるとエウロパ人にはほとんどお目にかかれなくなるが、日本の首都ミヤコでもそれは変わらない。SJのパードレが来ていれば相手の方から接触してくるだろうから、敢えて探さない。

SJの信徒だったという者が次々現れ、様々な要求を投げてくる。

 

道中からずっと、私は統計をとっていた。

ヂシピリナ以外では、コンヒサン、新規洗礼、婚姻の秘蹟を希望されることが多い。既に亡くなっている者への終油を求められることも多いが、これは日本に死者を頻繁に追悼する習慣が根付いていることからくる誤解だとガルシーアから説明を受けた。

すべて布教活動に該当する可能性があるため、断る。

タイコーは布教を許可してくれたが、民衆がそれを知らない以上は、役人に周知されているとも期待できないからだ。

 

一部の日本人は、OFMがSJと違う修道会であることを理解してくれる。

マニラにはこの他、OPとOSAから司教が派遣されており、それぞれの教会を基軸にパードレやエルマーノが各地区を担当する。

対立?しないよ。修道服で区別はつくが、皆ひとしく御主に仕える下僕であることに違いはない。

困ったときは扶け合うし、信徒はどこの修道会を頼ってもよい。

SJだって、マニラでは四兄弟の末っ子という位置付けだ。ときどき喧嘩もするけどね。

 

日本では、ブッディズモという宗教が根付いている。エイジアではかなり広域に伝播している土俗信仰で、数多くの分派を持つことでも知られる。

SJは日本に進出した当初からブッディズモと烈しい抗争を繰り広げてきた。これは各種報告によって裏付けられる事実だ。ガルシーアも、子供たちを連れて遠足し、ブッディズモ施設に放火するという行事に何度も参加させられたことを認めている。追放令でもこの種の行為を批判する条文があったそうだ。

弁護する余地もない。有罪に決まっている。そしておそらく今も、犯罪は続けられているだろう。

フェリペナス使節団は一貫してこの問題を重大事と見做している。SJの一味だと思われただけで日本中のブッディズモから八つ裂きにされかねない。話し合う機会を与えられるだけでもありがたい。その時は跪いて赦しを請い、時間をかけて償おう。

そこまで協議した上で、ここへ来ている。

今のところ、ブッディズモ側からの接触はない。だが間違いなく注視されているだろう。常に気を引き締めておこう。

布教活動を一切しないのもそのためだし、信徒だと言ってくる日本人と対話する場合も、慎重な対応を徹底する。

少なくともOFMは、いかなる者へも危害を加えないことを誓うし、仮に危害を加えられても抵抗はしない。それを行動によって示し続けることも任務のうちということだ。

 

などと勇ましいことを言ってみたが、弱音も吐かせてもらいたい。

 

ミヤコは盆地の中にあり、東西南北を囲む山々によって暑さも湿度も倍増される。

修道服は汗にまみれて重くなり、着ている私自身が耐えられなくなるほどの悪臭を放った。

日本式の民族衣装を着るべきだとあらゆる人から忠言されたが、私だけは抵抗する。

 

そこへ日本人信徒から申し出があり、私の修道服とそっくり同じ形状で、通気性にすぐれた着衣をつくってもらえることになった。

 

そんなことができるのですかと半信半疑だった翌日にはもう試作品を見せられ、これがきわめて快適で、私は深い感謝を捧げた。代金も、なんとか受け取ってもらうことができた。

 

ガルシーアよ、これは、献身といってよい美徳ではないのかね。

私には、ここまでしてくれる日本人に、病気だの疾患だのなんて、とても言えない。

 

「仰るとおりです、フライ・バウティスタ。私も、この一件に深い感動を覚えました。

日本人には、類い稀な献身性が、たしかにあります。

ですが敢えて苦言も申し上げます。

ハラダたちを思い出してください。かれらもまた、きわめて日本人らしい日本人であることも、事実なのです。

日本人には甚だしく極端な二面性があり、同じ人物が昼と夜とで豹変することだって珍しくはありません。一面だけを見て結論を出すのは、躓きのはじまりです。

ただ、今日感動したことはずっと記憶に留めていただきたいですし、私も忘れずにいたいと考えます。

ともかく、よかったですね」

 

不思議でたまらない。日本人とはいったい、何者であるのだろうか。

すぐれた知能と残虐性、無償の愛と無尽の強欲。これらを複雑に併せ持ちながら、何百年も孤独に生きてきたというのか。

私は、かれらと友人になることができるのだろうか。

 

眠りに就く頃には、私はますます日本の虜になっていた。

 

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