連日、猛暑が堪えます。
外が暑いのは当然だが、家の中でも茹で上がる。
ミヤコは盆地なので風が吹かない。
せめて建物に高さがあれば救われるが、日本には階段を持つ家自体が少ない。見事な技術を持っているのに、ブッディズモの塔だったり有力者の宮廷であったり等の限られた用途でしか、目立つ建築を許可されない。
かつてSJの教会がミヤコに存在した。
それは4デドくらいの地上高を誇り、周辺住民に畏敬の念を与えたという。
追放令後、取り壊された。
他にも多くの有名無名な建築物が取り壊され、タイコーの王宮や別邸などを造る建材として運びさられたそうだ。
新規建築物は更に高さを制限され、低い屋根がひしめき合うことでますます風を遮る。
何を言いたいかというと、暑いのです。
これでは推理も捗らない。
日本人の友達が、少しずつ、できた。
SJの元信徒が多い。ディオスの話を請われるが、つとめて避ける。
代わりにフェリペナスのことを話す。それから、ミヤコのいいところを教えてもらう。
なるべく開放的な場所で会う。
私たちは滞在費に困っているので、いろいろ、たすけてもらう。
一に愛嬌、二に愛嬌。
はっきり言えば乞食です。
しかし獲物がかかりました。
ある日本人の家へ招かれる。
中に、何人かいた。
皆さん爽やかな笑顔で迎えてくれる。
くつろいで雑談に興じていた。
ひと言も話さない男がいるのに気付く。
見た目は日本人だが異和感がある。
ああ、瞳の色が違うのだ。
彼も、私が気にしているのを察知したらしい。
残り全員、その男の忠実な手下であることが明かされる。
彼こそがSJパードレ、ニエッキ・ソルド・オルガンティーノだった。
「日本まで、はるばるようこそ。
ミヤコはご堪能されたかね。見たところ旅費も尽きているようだし、今は戦時中で物価高騰が甚だしい。
そろそろ帰国されてはどうか。船賃くらいは融通するよ」
彼は、日本語以外、すっかり忘れているようだ。
しかもゴンサーロによると、ミヤコ訛りが強いらしく、通訳に手こずっていた。
面白い。ここまで規格外とは予想できなかった。
御好意、感謝する。
しかし私はまだまだ日本を知りたいし、もう少しミヤコへ留まっていたいのだ。君たちに迷惑をかけない範囲で助力を願えるなら、この上ない歓びです。
「迷惑というなら、もう充分迷惑している。
坊主たちが騒いでいるのだよ。とばっちりは食いたくない。
だから、帰ってもらえないか」
それはすまない。
ひとつ、教えてほしい。私はまだボンズに出会っていないのだが、かれらはどんな接触をしてくるものなのだろう。
いきなり襲撃かね。
もし話し合いから始まるのなら、私は説明するつもりだ。ボンズの皆さんとは決して争いませんと。抵抗も一切しない。
今ここで、御主にかけて誓う。
「いきなり襲撃してくる坊主もいるよ。話が通じる相手であっても、デウスの言葉など信用しちゃもらえない。
重ねて言うが、君たちのとばっちりがこっちへ向かってくるんだ。
おとなしく立ち去ってもらえないかね」
私が納得するまで、説明をしてほしい。
私たちがミヤコへ来てから、具体的に、どんなとばっちりがあったのだろう?
「ずいぶん面倒な男だな、君も。
……たとえばだ、ミヤコ知事のゲンイ殿。
君たちは何度か訪問して楽しくお喋りをしているが、彼はミヤコ中の寺社勢力と裏で繋がっている。
ナンゴヤのタイコーへも、逐一情報が送られる。
ぜんぶ筒抜けなんだ。それが我々を追い詰める。
このことを、わかってくれ」
もちろん、行政長官なのだから、裏でも表でも、繋がってなくてはおかしいだろう。
タイコーと公私越えて親しいことも本人から聞いている。
そのことならば心配いらない。私が彼に与えるより、私が彼から与えてもらっている情報の方が、ずっと深いし大きい。
それ以外では、どんなとばっちりを受けたんだ?
「ずいぶんな楽天家だ。君が大した情報を与えてないとでも?
その思い上がり、至急、改めたまえ」
それ以外のとばっちりは、無いようだね。よかった。
話を戻すが、私が知事にどんな情報を与えたかを、君はどの程度把握しているのだろう。
具体的に教えてもらえれば、この場で検証できる。
「ルソンの軍事力をペラペラ喋ってるじゃないか。全部知ってるんだぞ」
ああ。フェリペナスに大した兵力は無いし、小さな島で、大した産業もなくて、のどかで、だから私たちもこんなに貧乏なんだって、すっかり納得してもらっているよ。
ところで、君はいったいその情報をどこから入手したんだ?
知事から直接かい?それとも寺社勢力あるいはナゴヤに内通者を確保しているのかな。これは、具体的に答えてもらえなくてもいいけれど。
「だんだん肚が立ってきた。その調子でコソコソ情報を蒐めるのがおまえたちのやり口か。
とっととミヤコから立ち去れ。ルソンへ帰れ。二度と来るな。日本はコンパニヤの独占布教区だ。おまえたちがウロチョロしていい場所じゃないんだぞ!」
険悪な雰囲気が立ちこめてきたので、やんわり謝辞を述べて、退出した。
三に愛嬌、四に愛嬌。
これが我が身を助く秘訣だ。
帰って、さっそく総括する。
実のところ、オルガンティーノが期待外れだったことは残念でならない。彼はあまり頭の回転が速くなく、諜報の基本も知らない。
もしこちらの味方に引き込めば、組織を内部から崩壊させてしまう原因となる種類の、はぐれ者だった。
それが早めにわかってむしろよかったと思うべきか。
同席していた手下たちも、烏合の衆といってよい。役割分担がされておらず、序列も決まっていなかった。
訓練された集団なら号令ひとつで私たちの自由を奪えたはずだが、そんな危険も感じられず。だから悠々出てこれた。
あれでは、だめだ。主人の楯にもなれないぞ。
「フライ・ペドロ・バウティスタ。私は、いきなり襲撃してくるボンズもいる、と言われたのが気になります。警戒を強化するべきでしょうか。
オルガンティーノの手下がボンズに化けて報復してくる可能性も含めてですが……」
必要ない。誰に襲撃されようと、私たちは抵抗してはならぬのだ。
あの知事なら公正な捜査を命じるはずだと期待できるし、その結果、我々の評価はより高まる。
オルガンティーノの口ぶりからは、そこまで危険なブッディズモはいないと推断できるね。対策すべきはSJ勢からの妨害のみだ。
この危険は、より強まった。我々は必ず2人以上で行動すること。密室には籠もらないこと。点呼と定時連絡を欠かさぬこと。気付いた異変は細大漏らさず報告すること。
今まで以上に、この基本を徹底するべし。
それだけだ。なにしろ予算が無いからね。これも作戦のうちだとはいえ。
「フライレが布教できないがゆえ喜捨を得られない、という事情はわかっています。ですが我々ならば、どうにか勤め口を探して、収入を得ることは可能なのではありませんか。
建設現場は人手不足で労働力を求めてますし、そこから得られる生活体験は日本の実態をより深く理解する助けになると思うのですが……」
デ・カルバハルよ。その申し出には感謝するが、許可できない。
毎日何十人も死傷者を出している、あんな現場で言葉の不自由な新人がどんな扱いを受けるか。得られる情報より失うものの方が重いよ。
むしろ我々の強みを活かせる、諜報力を上げることだ。
ご近所さんには毎日挨拶。仕事があれば手伝わせてもらい、失敗しながら教えを請う。
誠実であれ。弱味を隠すな。
こうして、友達を増やしていく。時間をかけてね。
「こんな目標はどうですか。
友達100人つくるんです。親密度は問いません。
ここにいる我々の誰かと、名前を知り合い、連絡を取り合って、困った時には相談しに行ける、そんな日本人が100人できたら、次の段階へ進みましょう。
その頃にはきっと、ミヤコに広がる種々の噂が、自然と我々の耳にも入ってくるようになっていると思われます」
おお、すばらしい考えだ。私は採用したいが、皆はどうかな。
言っておくが、信者じゃだめだぞ。
友達だ。
友達を100人つくるんだ。