戰國ぢあぼろす   作:ひねもす@HAMELN

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トマスは、スモウが強い。

たとえるならば、聖クリストバルのような偉丈夫だ。

 

肉も食わずにどうすればそんな体を、と疑問を口にすると、肉は大好物だと言われた。

唖然とした。

ここで私は、日本における、衝撃的な秘密の一端に触れる。

 

日本人は肉食を忌避する。

現実に食用の家畜は存在しない。

だが、肉食する文化を持っていた。

猪、熊、鹿、兎、鳥類など、山の獣が食卓に供されることは珍しくないそうだ。

私たちにその機会が提供されなかっただけだ。

 

山野で狩って手に入れた肉は、穢らわしくないから、食べてよい。

一方、牛馬などの家畜は労働をたすけてくれる感謝すべき存在ではあるが、人間と共に暮らしているため、穢れを身に纏っている。だから、食べてはいけない。

 

なんだそれは、と正気を疑う理屈ではあるが、ともかく、日本人があらゆる肉食を禁じているというのは、私たちの悲しい思い込みであったことが判明した。

わかった上で尋ねてみると、兵士たちも、よく山で狩りをして肉を食べるそうだ。

猿でも犬でも、人に飼われていなければ構わないのだそうだ。

 

そんなトマスに、ミヤコ見物へ連れていってもらう。

護衛役の信徒も、何人かついてきてもらった。

私も、キモノ姿で、なるべく日本人にまぎれる。

都会には様々な装束の人間がひしめいているので、トマスと小声で会話をしている限りは、怪しまれないだろう。

トマスの前で狼藉を試みる命知らずも、めったにおるまい。

 

入京の日に訪問した、クボウサマの宮殿を、ぐるりと回った。

あの日は考える余裕も無かったが、とてつもなく広い。リジボーアの王宮を越える敷地を有す。

あえて言えば、建物は上層階を持たない。

すべて木造。塀のあちこちに戦火の跡も痛々しい。

それでも、圧倒される規模を誇っていた。

 

街路を挟んで、ダイリサマの宮殿。

こちらはもっと広かった。だが廃墟のような古びた佇まいで、亡霊が出そうだった。

ダイリサマは一生をこの中で生活し、客の訪問も滅多に許可しないのだという。

 

曲がりなりにも日本の王制の源流であるダイリサマにとって、下界は穢れすぎているからだ。

そう理屈を聞けば、なるほどと思わなくもない。

だがそれならば、力を持っているうちに、坊主どもを追い出すべきであったろう。

穢れたあとでは遅すぎるのだ。

 

この一帯を中心とするカミキョウには、織物の製造加工をする業者がひしめいている。

私たちの定航船がチイナから運んでくる生糸の一大消費地だ。

末端価格はどれほどになるものだろうな、と思ってもみるが、私はアルメイダじゃないので、そこまでの関心はない。

次へいこう。

 

あちこちに、偶像を見る。

ミヤコ周辺で祀られているのは、ほとんどがアミダ像だという。

シャカとアミダはどう違うのか、とここでも尋ねてみたが、やはりよく理解できない。

次へいこう。

 

巨大な庭園が現れた。

幅20歩ほどの湖水を中心に、よく手入れされている。

その先に林があり、大きなテラがあった。ひとめでわかる。邪宗の会堂だ。

扉は開放されており、中で大勢の坊主が座って整列し、黙想しているのが見えた。

フォッケ宗かな?と訊くと、ゼン宗だという。

しかもリンザイといって、ゼンの中でも要警戒すべき集団だった。

迷わず立ち去る。

 

ゼン宗は、シャカ教の中でも比較的新しい派閥だそうだ。愚にもつかぬ議論を、ことのほか好む。

グレーシア人を何倍にもこじらせたような連中か。

一方、同じゼン宗でもソートという一派もあり、こちらは何をされても石のように黙りこむから放っておけばいいという。

 

すかさず引き返そうとした我々ではあったが、捕まってしまう。

トマスも含めて、過去このテラへ在籍していた者が何人かいて、大声で再会を喜び合っている。

私をテンジク坊主のルイスだと、わざわざ紹介しやがった。

なんてことしやがる。

 

しかし、乱暴はされなかった。

エウロパ人が珍しかったようで、しつこく見つめられ続けたりはしたが、坊主にしては良識的な連中もいるものだと思った。

あるいは、トマスの腕力をおそれただけかもしれないのだが。

あとで思ったのだが、トマスやロレンソのように、もと坊主でも立派な人物はいるものだ。

そういう人ならば、デウスの教えに出会った日から、ただちに正しい道を歩める。

そして、自分のなすべきことに気がつけば、かつての仲間にそれを伝えることができる使徒となるのだ。

今日の坊主も、いずれ私たちの一員となる可能性は大きい。

もっと、優しく接しておくべきだったかな。

 

ミヤコの東部地域では、偶像の大群と対峙した。

白状すると私はここで昏倒してしまい、教会まで担がれて戻ってきたので、冷静かつ公正な報告ができない。

しかし、我々が今後これらの悪魔と戦っていかねばならぬ以上は、微力でも手掛かりを提供することに意義と使命が存在するであろうと考える。記憶をたよりに、証言しよう。

 

((( くすっ )))

 

ん?誰かいま、笑ったか?気のせいかな。従僕たちは皆、寝てるよな。

 

その会堂には、1000体を軽く越える偶像が祀られていた。

アミダの子供でカノンというのが、何十もの種類にわかれているのだ。

人間そっくりのものもあれば、腕を何十本も、顔をいくつも付けたり、禽獣をつぎはぎしたような動物も。

まさに、悪魔の群れだった。

 

坊主どもと、かれらが騙し続けている民衆は、これらを、自分たちを誘惑し道を踏み外させる指名手配者として、見せしめとするために公開しているのでは無い。

まっすぐ、ありのままに、これら悪魔どもを崇拝せよと、像をつくり、讃えているのである。

躓きどころの問題ではない。

いかにデウスの教えが1500年、届かずにいたからとて、これほど人間の理性に反した所業が許されるわけがない。

どれだけ踏みにじろうというのか。

純真無垢で優秀な、かけがえのないアニマを。おまえたち悪魔は。

 

ひときわ大きな、人の背丈3倍ほどもある醜悪な像が、3体並んでいた。

これらは、死後の世界への入口に立つ裁判官だという。

地上での生を終えた者は、この前に立たされ、生涯でどれだけ坊主への献金をしたか裁定され、それによって、ゴクラク行きか、ヨミ行きかを宣告されるという。

そんなものを裁判とは言わない。

 

邪宗に跪く者は、邪宗の中においてすら、死んだのちまで、救われない。

死後も踏みつけられることを恐れるがあまり、生涯を坊主に捧げ尽くす。

何もかもを限界以上に貢げと強要され、牢獄の中にさまよい続けることを強いられる。

こんな社会構造が、許されてたまるものか。

 

日本の皆さん、もう苦しむ必要はない。デウスは、訪れたのだ。

1000年間、ひたすら搾取されてきたものを、ただちに取り返そう。

今、すぐにだ。

 

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