戰國ぢあぼろす   作:ひねもす@HAMELN

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日本では、医者になるのに免許が要らない。

 

呪術師は免許制である。

ブッディズモの分派のいくつかが資格制度を設けて管理しており、厳しい修練に耐えた者へ称号を授与する。正規の呪術師は天候を調整して農作物の収穫量を向上させたり、人の病気を治癒しあるいは苦しみを与えて余命を奪ったりすることができる。

偽物も多いという。実力のある呪術師に依頼しないと、却って自分の方に災禍を招く場合もあるから注意が必要。

それより格下で、効果も弱いが害も少ない祈禱師のことを、日本人は医者と呼ぶ。

医者は薬草を煎じて患者に与え、祈ることによって病魔を退散させる。より腕を磨きたい者は、呪術師になるため修練の道へと入る。

 

そんなわけで私たちの病院開設にも資格や申請といった根拠は必要なく、さしたる障害は無かった。

ゴンサーロ・ガルシーア先生はSJ従僕時代に培った豊富な実務経験を有しており、切創・刺創・咬傷・擦過傷・裂挫創などを素早く判別し、適切な処方を下す。

頭痛・歯痛・腹痛・下痢や便秘といった内科にも詳しいが、本人に言わせるとそちらは半分当てずっぽうなのだという。

 

「ですが、説得力のある声音で診断すれば患者は納得するものです。

日本では、医は仁術、などと言いまして、医学的正確さは重視されないのです。正しいか誤っているかではなく、相手を喜ばせることができるか否か。日本人と付き合う極意はこれに尽きますよ。覚えておいてください」

 

フム。奥が深いね。いや、浅いのか?

 

南ミヤコでは、タイコーの巨大な別邸を建設中だ。

タイコーの凱旋に間に合わせるべく昼夜貫徹の作業が続けられ、いったん完成まで漕ぎつけたものの、タイコーは入居するなり拡張を命じる。

現場からは毎日怪我人が搬送されてくる。

まだ当分、この流れは落ち着きそうにない。

 

私たちは邸の空室をどんどん病床に転用し、入院患者を受け入れる態勢を整えたかったが、当座の運営費に加え人手不足も深刻化することがわかっていたので、先に見積もりを作成した。

これをミヤコ知事のもとへ持っていき、融資を求めた。

知事は、こんな陳情に慣れていなかったらしい。

私の方が驚いた。

何をするには幾らかかるか。事業計画の基本だと思うのだが。

むしろ、この大都市をどうやって維持管理し、会計処理しているのか訊いてみたかったところなのだが、私も事業者の端くれとなった以上、時間が惜しい。

そのうち機会があれば、尋ねよう。

 

住み込みで働ける者の募集もした。

日本式医術の心得がある者は却って扱いづらいだろうと判断してなるべく未熟者を優先し、ゴンサーロ先生の指導に忠実に従うことのできる、体力旺盛な男女を求めた。

ただ、求めたものの、日本では女性が外で働くという習慣がまったく根付いていなかったため、夫婦で応募してきてくれた一部の例外を除いて女性職員の定着は難しいとの判断に至る。

偏りが激しいうちは少数派の心理的負担も非常に大きいものとなる。だが、今の段階でこれ以上の均衡化を強いるべきではないと結論した。

とはいえ。

女性だって、病気になるし、怪我もするのだ。あたりまえだが。

男の何倍も恐怖と不安を抱えて過ごしている女性患者に対し、最初の診断から同性が対応します、と約束できることはどれほど力強い支えになるだろうか、と考えたのであったが。

この課題は、次年度以降への持ち越しとする。

 

SJからの妨害は、噂として伝わってくる程度ですんでいる。実害は無い。

OFMは悪魔の使いであり黒い権力と癒着して日本を破滅させようとしている、という趣旨を外れることはなく、主にオルガンティーノのお友達の間でのみ流布されているようであるが、その程度の悪口なら表に出て来づらい。

来診者が時折、いかにも偵察目的ですと独特の匂いを漂わせてくることもあるが、我々は意に介することなく受付して診察して処方して、帰す。

かれらは一様に、こんなことを期待している。「OFMは病院で集客し、中で布教を行っているぞ。その証拠を我こそ手に入れて来てみせよう」

SJが長らく、そんな囮商法で信徒を増やしてきたことを私たちは知っている。

しかも発展させることなく、ただ、だらだらと。

いいかげんにやめないか。

やるならやるで、もっと創意工夫を凝らせ。

皆、同じところしか見ないで、帰ってからも情報交換および蓄積もしてないのが丸わかりだ。

まったく、情けなくなる。

 

 

秋が深まり、病院経営がまだ赤字だけどひとまず軌道に乗ってきたので、人事異動を発令する。

デ・カルバハル以下4名はイラドへ戻り、フライ・バルトロメたちとマニラへ帰還してくれ。

私の報告書を必ず総督へ届け、直接説明もしてほしい。シモ班の調査記録は、要約の控えでも読めるものなら読みたいが、安全が確実でない限りは送ってこなくて構わない。

海路の無事を、何よりも願う。

ゴンサーロ・ガルシーア先生と私は、ミヤコを離れることができなくなった。

カルバハルたちの代わりは、日本人の皆さんになんとかがんばって埋めてもらう。ゆくゆくは完全に引き継がせて私たちも帰国するが、あと3年はかかるかなあ。

もちろん諜報も続ける。来夏、新たな諜報団員が送りこまれてくるかどうかはマニラの政局と予算次第だが、期待しつつも無理のなきよう、というところだね。

では諸君。過酷な異国の貧窮生活を、共に支え合った同志よ。ひと足先にマニラの太陽の下で、ゆっくり羽を伸ばしてくれたまえ。アディオス・アミーゴ!

 

そんな陽気な挨拶で戦友たちを送り出したあと、私はゴンサーロに、率直に、悲観的な展望を吐露した。

 

日本の政情は、我々が上陸して以降、最も危険な状態を迎えている。

タイコーは、理解しあえない他者と協調してゆく能力が著しく低い政治家であるが、大陸での失敗を隠して撤退してきた都合上、その威厳を保つためにますます大きな嘘をつかなくてはならない状況へ自らを追い込んでいる。

軍隊の総指揮権を預けておくには甚だ不適格だと、断言しなくてはならない。

厳密にはタイコーにそんな権限はない。最近知ったところによれば、日本には皇帝が存在する。2000年超の血統を有するという。その下に政務を担当する官吏がいて、その最高位がカンパクだ。

カンパクが引退するとタイコーになる。

タイコーは名誉職であり、実権を持たない。

にも拘らず、現状がこれだ。国家を律する法が機能しておらず、制御を失った状態ということになる。

 

どんな国家にしたいのかは日本人が決めるべきだが、外国人にもこれだけは明言できる。

タイコーのしていることに、法的根拠は存在しない。

現在カンパクを勤めているのは、タイコーの甥である。昨年、譲位した。

今年生まれたタイコーの息子は、オヒロイと呼ばれている。

カンパクとオヒロイは、いとこ同士にあたる。仲良くしてもらいたいものだ、と誰しもが思う。だがタイコーは、息子を甥に抱かせようとせず、会わせることにすらきわめて消極的だという噂が、私の耳にまで入ってくる。

暗澹たる思いにとらわれる。おそらく、誰しもが。

 

タイコーの心情を推理する。

日本では英雄だ。前人未到の外洋遠征を初めて行い、輝かしい勝利で終わらせた。

そう国民に信じこませることに全精力を注ぎ続けねばならない。

それが真紅に血塗られた大嘘であることを本人はよくわかっている。

並の精神では耐えられまい。

何に依存するにせよ、長引けば長引くだけ、孤独と猜疑心に蝕まれてゆく。

実子を後継者にできないからこそタイコーは甥をカンパクに据えた。おまえの実力ではないぞ、と恩に着せながら。

だが、あきらめていた子宝に恵まれた。

タイコーは、オヒロイを必死で守り抜こうとする。自分の築いてきたすべてを与え、全国民に忠誠を誓わせ、一生を幸福なまま過ごさせたいと願う。

それを邪魔する者がいるとしたら、誰か。

 

あくまで、推理だ。現実はもっと複雑だろう。

私はタイコーの甥がどんな人物かを知らないが、オヒロイの誕生は彼の職責に悪影響を及ぼすどころか、むしろ逆ではないかなと考える。

それより、叔父にそこまで邪険にされたら傷つくだろう。

わざわざ身内を敵に変えたがるタイコーの疑心暗鬼こそが危険だと、私は心配になるのだ。

 

「私が77年に来日した頃、日本は国中が千々に裂かれた内乱状態にありました。88年に離日したときにも、まだ統一はされてなかった。統一したらしたで間髪入れず対外侵略を始めるし、現在また内乱前夜です。

日本人は、戦争をしている状態が普通であって、我々が考える平和というものに、地上で最も縁遠い存在なのではないか、とすら思うのですが」

 

ゴンサーロよ、そこまで言ってはかわいそうだ。

しかし私も、あと数年のうちにここが野戦病院となる可能性は考えている。

準備はしておこう。薬の備蓄に、医者の育成。

やるべきことは、いくらでもある。

 

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