戰國ぢあぼろす   作:ひねもす@HAMELN

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SengokD.1594/001.hmos

斬首。火炙り。煮殺し。鋸挽き。槍突き。

それらの前に、

耳や鼻を削ぐ。縄で縛ったまま市中を歩かせる。石を投げる。十字架へ磔にする。

などの予備拷問を加える場合もある。

 

処刑後は首を晒し台に載せ、一定期間、見世物にする。

悪霊や妖魔もその付近には寄りつかないので却って清澄な空間と解釈され、若い男女が家内安全を祈願するために参拝する。北ミヤコの河原沿いに、そんな名所がいくつかできて、連日賑わっている。

本場はオーサカで、一大興行場として整備もされ観光客を惹きつけているそうだ。

一度見てきておかねばなと考えてはいるのだが、病院経営が多忙をきわめてなかなか暇をとれない。余裕があれば、私は体を休めたい。

 

SJも含めた、我らカトリックの象徴といえば十字架である。

御子マノーロが磔刑に処され死を迎える場面は、新約聖書を物語る上で重要な意味を持つ。

よりによってその姿を崇めるとは悪趣味ではないか、とマニラでも日本でもよく言われる。

実は私もそう思っている。

理解できない者に説明することは困難だ。

しかし私だって日本人の趣味は理解できない。お互い様じゃあないですか。

 

日本での磔刑は、エウロパ式とは足の置き方が異なるとはいえ、カトリックに所属する者にとって快い見世物ではない。

SJは長年これをやめさせようと抗議してきた。だがSJを嫌う者は却って磔刑を見せしめに使いたがるようになり、追放令後はこの傾向が一層強まる。

真逆なのは鞭刑で、これだけ各種拷問用具を取り揃えている日本の役人が、鞭だけは心から嫌悪しているようなのだ。

鞭は日本人をただ悦ばせるだけだからという説もあるが、だったら遊興具としてもっと流行ってよいはずなのに。

私の聞く限り、鞭とSJとヂシピリナは、日本では三位一体の関係にある。ここには重要な意味を示唆できるが、私がそれを説明することは困難だ。

 

それはさておき、タイコーの粛清は歯止めがきかなくなっている。

 

彼はナゴヤから凱旋してすぐ、留守中の城内風紀紊乱を指摘し、何件かの懲罰人事を発令した。

最初のうちは軽い叱責で、城外に告知されることもなかったが、ひと月ほどすると処刑される者が出るようになる。

兵隊さんが命を懸けて御国のために戦っているのに、銃後で安穏としていたことが罪らしい。

 

原告はタイコーなのだろうけど、裁判官は誰なんだ?

と質問したら不思議がられた。

日本では、領主が裁判官を自動的に兼ねるものらしい。つまり、原告と裁判官とタイコーが同一人であるわけだ。

被告は弁護士を依頼することができるのか?

この質問も、理解してもらえなかった。

 

ああこれは粛清なのかと、私はやっと気付く。

なら不思議はない。法的根拠は存在しないが、職務に忠実な獄吏と刑吏は十分にいる。

被疑者の財産は速やかに没収され、行政機関を経由して処刑のための資材物品購入や広告費・人件費・報奨金等に分配され、商人も惹きつけて経済を回す。

タイコーひとりの発案ではないだろうけど、政権はこれが事業化できることに気付いてしまった。戦争と同じで長く続けるべき体制ではないが、止め時を誤らなければ閉塞感に刺激を与え組織の風通しも良くする効果的な政策になり得る。

園芸用語では摘芽といったりもするが、あれだ。

ただし、これを成功させた国家を、私はごく僅かしか知らない。

たいてい失敗して、かなり悲惨なことになる。侵略戦争を失敗させてその分析と反省もまともにできないタイコーが手をつけることは、私だったらお薦めしないのだけれど、たぶん、もう手遅れのように見える。

 

昨年暮れより、オーサカでこの粛清規模が大きくなった。

すでに処刑された者は100人を超えている。

第二城郭の怪、という名前まで生まれていて、城内でこの区画に近付いた者、あるいはここでの業務を命じられた者は自動的に、刑場まで歩かされることになるという。

とはいえ毎日欠員が出て補充が必要とされ、辞令を拒否すれば即座に刑場送りなので、城内職員は誰もが恐怖から逃れられないはずだ。

あとで理由を説明するが第二城郭で働くのは圧倒的に女性が多いため、オーサカ刑場は連日、それを見に来る男衆でごった返している。

粛清が興行化すると街の風紀も紊乱しやすくなるものだから、やはりやめておいた方がよいねと私は思うのだが、すでに手遅れだろうか。

 

タイコーには何千人もの妻妾がいる。合戦で勝つたび相手から人質を求め、また、支配領域からも積極的に美女を蒐めさせたという。

これが可能だったのは、実子がひとりもいなかったからだ。

百発百中外すことは不可能と思うし、私の調査した範囲で日本人は避妊の技術について呆れるほど無知だった。ゆえにタイコーの女狂いは本人の色欲を満たすためではなく、政略的な目的を主にして続けられてきたものと私は考える。

 

89年に誕生し91年に死亡した第一子ツルマツと、昨93年誕生した第二子オヒロイ。生母は同一とされる。

その真偽は問題としない。

確実なのは、この女性がタイコー妻妾たちの中において特別に尊重される存在であることだ。

彼女はオーサカ城第二城郭に個室を与えられており、これに由来してニノマル殿と通称されている。

女性最初の処刑者は、ニノマル直近の召使だった。

以後、ニノマルに接触する者が次々と刑場へ送られる。

女性なら職務不行届、男性なら彼女たちとの不義密通が罪状として掲げられることが多い。

 

もちろん、公表された罪状もすべて無視して推理する。ニノマルやタイコーがそれぞれ何を考えているかも、知りようがない。

ニノマルを悪女と考えることは容易いが、予定外の妊娠をしたニノマルに正妻たちが牙を剥き追い詰めていると想像することだって容易だ。

誰もを納得させられる確実なことをひとつ言うなら、これでは組織内の均衡が保てない。

すでに手遅れと思われるほど、城内の人間関係は分断され、疑心暗鬼が渦巻いているはずだ。

恐怖は人を結束させる効能も持つが、それを内部に抱えこんではいけない。たとえば刑場に集う男たちは、自分たちが粛清対象にならない限りは結束していられる。恐怖は柵の向こうにあるからだ。城はどうか。城とはそもそも外敵と戦うために築くものではないのか。

いったい何をやっているんだタイコー。

そんなことを、思ってしまうのだな。

 

タイコーは、オーサカでもミヤコでも粛清に手をつけている。

歯止めがきかない状態だから、気に食わなければすぐに処刑を命じているようだ。

こんな暴君に近付こうとするのは、殺したい相手がいて、自分の手は汚したくないと考える者ばかりとなることも、確実といってよいかな。

 

この粛清はそのうち、城の、政庁の、柵の、外へと暴れ出すかもしれないが、それはまだ不確定要素だ。備蓄はどれだけ必要だろうか。

すでに一部の罪人が、死刑でなく追放処分となって、シモへ護送されるという事例が発生している。シモは兵の現地徴用が激しかったため深刻な労働者不足を訴えていて、そこへ農奴として送りこむのだという。

大陸侵攻は想像以上の無計画ぶりを露呈したようだ。

この調子だと、シモの労働者不足を充当するまでミヤコの粛清は大義名分をもって続けられるか。ますますグランチナからの報復に備えるどころではなくなっているぞ。

 

まったく、何をやっているんだ、タイコー。

 

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