戰國ぢあぼろす   作:ひねもす@HAMELN

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一時期、ウタにハマった。

 

日本語は、5つの母音と、10の子音をひとつずつ組み合わせて、文字単位とする。

少なからぬ例外規則はあるがひとまず「50種の文字の組み合わせで単語や文章をつくる」と考えてほしい。

この文字ひとつひとつは、単独でも様々な意味を持つ。

たとえば「ne」だけで、寝る・鼠・北方・音・鳥の声・価格・矢の先端・植物の地下茎・性格・土台・否定や完了・同意、などを表すことができる。

その中のどれを伝えたいのか、と考え始めると誰でも混乱する。

単語の多くは2文字から4文字程度で構成されるが、それだけでも組み合わせは厖大な数になり、人間の処理能力では追いつかない。当然ながら、日本人でも不可能だ。

日本語の文章から、正確なメッセージを導き出そうとするのは、誤ったアプローチなのである。

 

ウタというゲームがある。

日本では何百年もの伝統を持ち、基本ルールがまったく変わっていないことが驚異だ。文字を17個並べる。同じ文字を何度使ってもよい。完全にランダムでも構わないが、熟練者は極めて巧妙に配置することで鑑賞者の琴線をくすぐる。これを解釈する遊戯である。

正解は存在しない。

作者によっては「解釈Aより解釈Bの方が正しい」とか言ったりするかもしれないが野暮なことだ。

17文字も使えば相当に複雑な迷宮が作成できる。

私は自分では解釈できないので、ゴンサーロや日本人たちから様々な解釈を聞かせてもらうことを愉しんだ。

 

飽きたのは、結局どこまでいってもゴールに辿り着けないという徒労感と、つきあってくれる相手が減っていったからである。日本人にとっても、ウタは苦痛な競技なのだ。

そして私は日本語を学ぶ意欲をすっかり失った。時間と労力に見合わなさすぎる。

ついでに、日本語における主格問題についてひとこと。

日本語を含む複数言語を使いこなせる者は「日本語では主格が省略されることが多い」とよく言うが、私は異論を唱える。

私が使うカスティーリャ語では、主語がよく省略される。主語に合わせて動詞が格変化するから、なくてもわかるのだ。これは、省略である。

しかし日本文の多くは、はじめから主格を持っていないと感じる。

存在しない。必要でない。

頭の中で言語化するまでのプロセスに、根本的な違いがあると思う。

具体例を示して解析できる能力が私に無いのでここで止めるが、この視点に基づいた考察を誰かに求めたいところである。

通訳者は確かに複雑な通訳をこなしてくれ、有難くて感謝しているのだが、元来何通りにでも解釈できることが特質である日本語を他言語に変換することが可能なのだろうか、という疑いを私は常に持っている。

契約書を作成する上で、致命的な誤解を生じる惧れがあるのだ。

この危険を過小評価すべきではない。

 

この言語とも関係すると思われる、日本人の特性がある。

複雑な工程を素早く学習し、同じ作業を繰り返すことをあまり苦痛と感じない。

私は来日直後、日本人が見慣れていないはずのOFM修道服を、採寸もせず、たちどころに複製してしまったことに感激した。元の服より快適で、今も大切に着ている。宝物だ。誰もが持っている技術ではないが、日本人にはこのような特殊能力がいろいろ備わっている。かれらが仕事する光景は、いつまでも、見ていて飽きない。

 

病院が評判になってきて、様々な来訪客を迎えている。

患者以外では、もとSJ信徒の訪問をよく受ける。

かれらは追放令後も水面下のネットワークを維持しており、我々に対してニュートラルあるいは好意的なグループほど、オルガンティーノを中心とする一派との交わりを拒絶しているという明確な傾向がある。

OFMがミヤコに現れた当初、かれらの間には大きな混乱が生じた。

SJ信徒たちが唯一絶対と教えこまれてきた教義には、ブッディズモへの憎悪・新規入信者の飽くなき獲得・棄教への恐怖心の刷り込み、などが盛り込まれているが、私はこれらを禁止させた。

「同じディオスを崇めているのになぜですか」と信徒は烈しく苦悩する。

40年分の軌道修正には、相当の時間と忍耐が必要だ。だが私がいるうちに始めておかねばならないだろう。君たちを、今のままの姿で世界に送り出すなんて、私には耐えられないからさ。

 

そんな話をじっくりと交わせる友人が、最近できた。トマスという頑健な老人だ。

詳細は教えてもらえないが、遣り手の政商だろうか。裏街道やタイコー周辺の政治事情にもやたらと詳しい。

ラテン語を話せるので私とは直接対話ができる。日本SJの中枢で仕事をしていた時代に覚えたのだという。

当時の布教長があまりにも日本人を蔑視虐待するものだから、縁を切ったそうだ。霊名を名乗るのは数年ぶりだと苦笑いする。

 

「あなたになら、これを見せたい。意味をわかってもらえるかな?」

 

上腕に刺青を彫っていた。IHS。

SJの紋章だ。その上に小さな文字が刻んである。

INRI……いや、ANTIか。

あは。つい笑った。クソッタレのSJめ、という意味かな。

 

「追放令以前は、デウス信徒である方が商売が有利に運ぶこともあったから、手下にも同じものを彫らせたりした。

だが私にとっては心底嫌いな連中だったのでな。

せめてもの反抗だ。わかってくれて、うれしいのう」

 

トマスは私に、SJがどのように日本人社会へ浸透していったかの、生々しい歴史を語ってくれた。

お返しに私は、カトリック各修道会の違いと関係性、エイジア全体の地理と国際情勢などを説明する。

お互い、知りたいのにずっと手が出せないでいた情報の宝物庫を発見したかのような衝撃だった。

 

「コンパニヤの猛威に、仏宗各派や神道系、それらを支える形で成り立っていた職人や宿屋などが危機感を抱いていたのは事実だ。

しかし日本人は小金持ちになると徹底的に何もしなくなる人種なのでな。お互い同士でいがみ合うばかりで、目立つ動きはなかった。

今も、あなたたちをそれなりに警戒してはいるだろうが、坊主たちからは何もしてこないよ。せいぜい、風がこっちへ吹いてきませんようにと祈って終わりさ。

追放令のきっかけは情けないほど単純だ。その数日前、当時の関白すなわち今の太閤がパードレたちを茶会へ招いたのだよ。その場で連中、ポルトガル語で、太閤の容姿や障碍を下世話に嘲弄しまくった。

日本人側にポルトガル語のわかる男がいたのだが、あとで全部報告される。

太閤は烈火の如く怒った。あたりまえだよな。

それで追放令が出た。

当時だから、あれですんだ。今だったら全員ひっとらえて鋸挽きの刑に処すよ」

 

それはさすがにあまりにもなさけなさすぎてことばにならない。

タイコーは、どれだけくやしい思いをしたことだろう。機会があるなら私からも、お詫びを申し上げたい。

 

「やめておいた方がいい。今の太閤は正真正銘の暴君に成り果てたし、そんな古傷に触れられることは本人も側近たちも誰ひとり望まない。

突きつけるなら、コンパニヤの上の人に言ってやってくれ。

張本人たちは、しでかした事を自覚も報告もしていないだろうからな」

 

……なんとか、善処してみる。

ところで、その話、裏がとれないかな。証言者が複数いれば、情報入手経路を特定されにくくなる。君の安全を守ることにもつながるんだが。

 

「なるほど、道理だな。

シモにアントニオ・アブレウと名乗る日本人がいる。おれの、もと部下だ。

君を信用したからこそ明かすが、この男が例の茶会に居合わせて、太閤にすべてを報告した。

その後もコンパニヤに潜入して太閤に逐一情報を知らせてたりしたようだが、今はどこにいるかわからん。

会えたら、トマス・ゴエモンから聞いたのだと伝えてくれ。信用されれば、あの当日の、最高に生々しい体験談を語ってもらえると思う」

 

おお、ありがとう。機会があれば探して会うよ。ミヤコでの君の無事も伝えるよ。

私は順調に、真相へと近付きつつある。

しかし、ちょっぴり、こんな話が本当であってほしくはないとも思っている。

 

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