ペドロ・ゴメス。
日本SJ最上長。1590年、前任者の急死により抜擢される。
「とうとう君たちは布教を始めた。
このまま日本に居座るつもりかね。コンパニヤが地道に開拓してきた菜園から、収穫を横取りするつもりかね」
そのつもりはないし、長期滞在するつもりもない。
ただミヤコでは信徒たちが救いを必要としており、SJはそれに応えられていない。
OFMは迷える者をたすけているだけで、応急処置をしているようなものだ。それ以上は踏み込まない。
「君たちの手にかかった信徒は2人の羊飼いに仕えることになる。ばらばらの導き手が、群れを混乱させる。
君たちがやっているのは、信徒をいたずらに迷わせる行為だ。
それを理解して、即刻、やめてくれたまえ」
ひとつ訊くが、SJの導きはまっすぐ一本化されているのかな。
オルガンティーノをミヤコで好き放題させておくほうがよっぽど信徒の分断を拡げるように思うのだが。
「パードレ・オルガンティーノは、タイコーのお膝元という困難な状況の下で最大限の努力をしている。それを君たちが邪魔しているんだ。筋道がまったくあべこべだ」
追放令下だから、非合法化・地下活動化することこそが正道だ、という理屈なのかな。そうすることを望まない信徒が大勢いて、苦しんでる。
僕たちは、僕たちに助けを求めにくる者しか対象とせず、かれらに平穏を取り戻させようとしているだけなんだがね。オルガンティーノの邪魔はしていないよ。
「大いに邪魔している。そこが根本的にわかっていないようだな」
いや、僕には核心が見えてきたよ。聞いてくれ。
追放令は、カトリックに対してじゃなくて、SJに対してなんだ。
OFMへ、むしろ君たちのぶんまで布教をしろとタイコーは言うんだ。
この点は前提として大丈夫かな?
「誰がそんなことを言ってるんだ。勝手な解釈をするな」
10月に僕はタイコーと会見した。OFMは追放令の対象じゃない。事実、ミヤコで堂々と布教を許されている。
片や、オルガンティーノはタイコーに見つからないよう隠れ続けている。
ここを正確に理解してもらえれば、2人の羊飼いは役割分担ができる。1人きりで途方に暮れていなくてすむんだよ。
「タイコーと手を組んだのか。我々のみを悪者に仕立て上げたか。
そうやって日本を乗っ取るつもりか。
コンパニヤの苦闘の日々を、そっくり奪うつもりなのか」
あらら、そんな風に解釈されてしまったか。
うーん、じゃあ、こう訊こう。
仮に、僕たちが今冬で、全員、フェリペナスへ帰るとする。日本にはSJしかいなくなる。そのあとどうするつもりなのか、聞かせてもらえるかな。
それに沿って考えてみようじゃないか?
「君たちは、出て行くべきなのだ。そもそも、いていい理由が無いのだぞ。
まず、タイコーが生きている限り、追放令が取り消される見込みは薄い。いまは雌伏の時だ。だが、いずれ、政権は交代する。タイコーがつくりあげた悪しき制度の数々が、そこで実効性を失う。
これを我々は誘導する。次の日本王候補は何人かいる。我々は、最もコンパニヤの名誉回復に貢献できる者を支援し、必ず勝利させる。
今言えるのはここまでだが、充分だろう。コンパニヤに敵対する勢力は、必然的に君たちを抱き込もうとするはずだ。
そんな状況をむざむざ生み出したくない。
さあ、わかったら帰ってくれ」
日本の内政事情はさっぱりわからないから、そこまでで充分だ。
なるほど、完全に陰謀を司る方針をとるわけか。うまくいくといいね。
懸念するとしたら、陰謀で勝利するにはダイスで連続6回、1を出せるほどの強運が必要なのだが、そこまでできる細工師が日本SJにいるのだろうか、ということ。
いなければ、普通にダイスを振るしかない。それでは勝利する可能性なんてゼロだ。毟られる側で終わる。
うまくいけばいいね。
話題をかえよう。
大陸での戦況について、何か知っていれば、教えてほしい。
へえ、SJ会士が数名、現地で特派員をやっているって?
その報告が特別便でナガサキへ届くので、むしろナゴヤで日本人から探り出すよりも、詳細かつ臨場感あふれる現地状況を、日本SJは把握している。
そいつはすばらしい。
ゴメスもこの点にかけては日本軍を出し抜いている優越感があって、自慢気にいろいろ教えてくれた。僕が、早期離日を匂わせていた効果もあったかもしれないけど。
日本軍は半島南岸に追い詰められ、水際で抵抗戦を繰り広げているが、ここを突破される惧れは日増しに小さくなっている。
日本軍は築城の速さにかけて圧倒的な技術を持っていた。すばやく地形を見極め、地面を掘り返して岩を積み上げ、罠を仕掛け、敵を誘い込んで弓や鉄炮で狙い射つ。こんな城砦が海岸周辺に百近くできていて、グランチナ兵を寄せつけない。
海戦ではまだ多くの死者を出しているようだが、陸戦での死傷者は驚くほど少ないと、従軍パードレからの報告にある。
なかなかやるな、日本軍。
僕がグランチナ軍もしくはコーライ軍の指揮官だったら、この先日本へ侵攻しようなんて思わなくなる頑強さだ。
私は日本SJの諜報力に脱帽し、絶讃した。
ここから一気に緊張がほぐれ、パードレ・ゴメスは私に優しくなる。
降誕祭が近かったので、それまでナガサキに留まり、賓客として遊んでいくことにした。
最上長の紹介付きだと、私に危害を加えようとする者も出づらく、SJの皆さんとも良好な関係を構築できたと思う。
面白いのは、ゴメスは立場上オルガンティーノを擁護せざるを得なかったが、SJ内では誰も彼もがオルガンティーノを見下していたことだ。
ミヤコへ戻ったら奴をとっちめてやってくれという激励を、多数いただいた。
なので、機会があれば、オルガンティーノへはこれから、僕くらいは優しくしてあげようかなと思う。
噂のツヅとも会った。
日本語が完璧なので、ゴメスの秘書をしている。
ゴンサーロの名前を出すと、彼の話はここではしない方がよいと忠告された。追放令のドサクサで逃亡し、OFMに入会して再来日した男なんてSJは歓迎しない。現在日本にいるSJパードレの中には凄腕の異端審問官も潜んでいて、とくに彼らの耳に入ると危険だとのこと。
わかった。本人にも伝えておく。
このツヅの紹介で、あっさりアントニオ・アブレウも見つかる。
ナガサキ在住。職業不定。
師匠の話をすると、しんみりと聞いて、涙を流した。
87年追放令の原因となった衝撃の茶会については、まことに残念ながら、完全に事実と判明。
そのときの張本人であるパードレは、すでに日本にはいない。どんな奴だか、顔くらい拝んでやりたかったところだが。
ナガサキには、破壊を免れた古い教会があり、見物させてもらった。
SJの教会は酒臭い。よく聞く話だが、ミヤコやその周辺では追放令後に撤去解体が進んだので、実物を見たことはなかったのだ。
噂通りだった。
今年新築された教会の方はかなり洗練された外観内装を誇っているが、当然ながら数十年前には日本人はエウロパ風建築など見たこともなかったので、既存の日本式家屋に後からいろいろ改造を施していったのだ。
なかなか豪快なキメラである。
たとえば入口では履物を脱ぎ、奥でまた履くように注意書きがある。
聖堂として使われている広間はタタミ敷きであり、ショウジ紙に描かれた御子磔刑の図が吊るされ、そのすぐ手前にイロリがあるため火炙りにされているようにも見える。
コンヒサンに使う小部屋はスキヤの流用だろう。とても採光が良く、フスマを開けると美しい庭を眺められる。これでは、中の声が丸聞こえだろうね。
便所も、建物の奥ではなく入口の脇に立っていて、トカゲのようにしゃがんで排泄しなければならない。
うむ、何もかもがちぐはぐすぎて、面白い。
文化遺産として、末永く保存すべきじゃないかと思う。
実に有意義な旅だった。
SJが許可してくれた範囲でもう数箇所の都市を見て回り、最後にイラドで報告の追補を書いた。
私の仕事は、これで半分終わったようなものだ。
残りは、病院を独り立ちさせられれば、完成する。
それではミヤコへと戻ろう。