戰國ぢあぼろす   作:ひねもす@HAMELN

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聖週に入る少し前、アルメイダがやって来た。

元気そうで、安心した。

何の連絡もくれなかったことを、ちょっとだけ責めさせてもらった。

 

アルメイダは、1箇月ちかく、サカイで療養していた。

長女モニカ嬢から大層手厚く看護されたそうだ。

これから私も何度か会うことになるであろうから、彼女のことを特に大事に見守るよう、念を押された。

 

モニカは16歳。もう結婚しているべき年頃だが、芯が強すぎて家族を困らせているという。

昨年も、縁談が決まり、準備が進んでいたが、モニカは相手のことを嫌っていた。

純潔は何よりも大切に守られるべきもの。

結婚とは本人同士の完全な合意のもと行われるべき重要な秘蹟であり、自分はこれに同意していないと反抗し、3日間絶食の末に家族が降参して、破談したという。

 

ここで、日本人の結婚問題について述べる。

コンパニヤを17年間悩ませ続け、今なお解決への道遠き、大問題の筆頭格である。

 

日本では、結婚は、親同士が決める。

より正確にいえば、大なり小なり利害関係を共有する2つの家を仲介する者が提案し、両家長やそれに準ずる債権者たちの協議によって決定すれば、手付金や結婚式の日程などが調整されてゆく。

この過程で、当人同士の意向は一切問われない。

子は親の決定にただ服従すべきものとされる。

 

エウロパでも、王侯や貴族の縁談では同様の事情が発生する場合もあるが、それにしたって本人同士の愛情と意思は根本原則だ。

ところが日本では、庶民の末端に至るまで、この原則を語るだけでも、不思議そうな顔をされる。

 

私たちは求道者に対し、

個人の意思は尊重されるべきものであること

結婚するまでは性行為をしてはならないこと

未婚既婚にかかわらず人前で肌や性器を露わにすることは罪であること

などを説き、これらを理解させて初めて洗礼を授けるのであるが、信徒となったあとでも日本人の多くは、しょっちゅう躓いてはコンヒサンを求めてやって来る。

 

貞操に至っては尚のこと。

日本において純潔とは、領主を決して裏切りませんという意味だけを指して理解される場合がある。

性交渉に対する倫理観や防衛意識は、甚だ薄いと言わざるを得ない。

親たちが子の結婚を決めるに際し、処女または童貞であるか、子供がいるかは、ほとんど問われない。

子供が邪魔になればいつでも他人に譲ってよいし、棄てることさえ何らの罪悪感もなく遂行される。

今まであまり口にしなかったが、日本人にはこれほど野蛮で残酷な一面もあるのだ。

 

さて結婚である。

こんなわけだから、日本人の夫婦間における愛情は、犬を飼っているうちに愛着が湧いてきた、程度のものをなかなか越えられない。

一夫一婦制だけは浸透しているので、一見しただけでは、アフリカやインディアの多くの未開人にくらべて日本人は高潔であるという思い込みが生まれる。

メステレ・フランシスコも、最後までこの罠に気づけなかった。

 

何年も過ごしていれば、日本人は頻繁に妻や夫を替えていくものだとわかってくる。

この際に重視されるのは、新しい子供を期待できるかどうかであって、やはり本人同士の感情は考慮される余地もない。

これが普通であったのだから、モニカ嬢がどれだけ破天荒なたたかいを演じたか、未信徒の家族や近隣者が驚き心配したであろうかは、想像を超えるものであったことと察する。

それにしても、よくやったものだ。

モニカには、聖母マリヤの御加護がついていることと思う。

いずれ、良い夫と結ばれよう。

 

蛇足だが、彼女の末の弟は、ヴィセンテという。

11歳。数年前、姉妹弟全員が受洗したのち、ヴィセンテはひとりブンゴへ1年間の留学をした。

送り出したディオゴ殿もすごいが、この一家には、きわめて革新的で冒険者的な気風が漲っているのがわかる。

たのもしい限りだ。

なお、復活祭にディオゴ夫人への洗礼を予定していたのだが、今年はミヤコまで来られそうにないという。

そうか。残念だが、また機会もあるだろう。

 

この他、アルメイダからは、キナイ諸事情についての話も、いろいろと聞けた。

もともと彼の本領は布教活動よりも、商売人目線での観察と分析、そして交渉力にある。

日本人に聞かれないようにして、アルメイダがサカイを発ってからの足取りを語ってもらった。

 

まず向かったのは、サカイより東へ6レグワの、カワチ国イイモリ。

ここに、ミヨシドノが住んでいる。ディオゴ殿に選んでもらった手土産の茶器を持参して、訪問。

城内には信徒も求道者も多く、ヴィレラとロレンソを手伝って過ごした。

 

イイモリ城のふもとに、湖のような大河があり、この中州に直径半レグワほどの島が浮かんでいる。

ここがサンガで、防衛拠点として極めて守りが堅い。

サンガ城内につくられた教会・聖堂・住院は壮麗で、日本ではブンゴの次に立派なものだという。

管理する日本人信徒が専属で就いており、城主サンティアゴ殿はじめ家臣一同が毎日ミサをあげるという習慣が根付いているそうだ。

なんともすばらしいではないか。

 

今後の日本布教では。

エウロパ人宣教師がいなくても管理監督と日々の聖務を任せられる、日本人が大量に必要である。

そのための、イルマン級の日本人をどれだけ育成できるかが、コンパニヤの命運を握るのだ。そう、熱弁された。

ああ、そこまで、考えなかったなあ。

パードレ・ヴィレラが、たった独りでここまで取り組んできたのだということに、あらためて感謝した。

いつになったら戻ってきてくれるのやらではあるが。

 

「ヴィレラは、復活祭が終わるまでは、イイモリとサンガを離れられんと思う。ところで、私の見る限り、ヴィレラはブンゴへ連れて帰らなくても大丈夫だと結論した。今後ミヤコの業務をどう分担していくかは、2人で相談して決めてくれ。

私は白衣の主日までは、ここにいる。その後、ナラとタモンを回って、ブンゴへ戻るつもりでいる」

 

ナラ?

ヤマト国の、大都市の、ナラ?

そこは1000年前、日本の首都だった街で、当時も今も、おそるべき数のテラと偶像と坊主がひしめきあう、濃縮インヘルノだと聞いている。

想像するだにおそろしい。私はミヤコの一角ですら昏倒した。

とてもじゃないが、ついていけない。

もう一つの地名は、初耳だ。何があるところだろう?

 

「タモンは、ナラの郊外だ。ミヨシドノの家臣で、ソウダイという、ゼンチョの頭領がそこにいる。すでに訪問の約束は取り付けてあるから、行って、どんな男か見てくる」

 

はあ。アルメイダよ。あなたはなんという、命知らずな冒険家なのだ。

おたよりください。私は、当分、ここにいます。

 

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