サカイは、海と水路で囲まれた、自主独立の防衛都市である。
ものものしい警戒態勢が敷かれていた。
ミヤコの擾乱は、キナイ全域を緊張させているのだ。
ミヨシドノ発給の通行証を見せて、市門をくぐる。
シモからずっとついてきてくれた仲間たちは皆、ヴィレラに就いてイイモリへ残った。
ミヤコ脱出時から私を助けてくれている、ジョウチンほか2名のサカイ衆が、新たなる同志だ。
サカイで、ひと花咲かせよう。
さっそく、ディオゴ殿の邸へ挨拶に赴く。
歓迎されるものと期待しすぎていたのだが、どうも、様子がおかしい。
空気が、なんか、やばい。
とりあえず、どこか寝泊まりできる居場所がほしい。教会として使わせてもらえれば、尚良い。
ううむ、いきなりでは図々しかったですかね。
ですよね。
腰を落ち着けることさえできれば、ブンゴへ手紙を書いて、祭具一式と、それからカネを送らせます。
定航船が来たばかりのはずですから、資金は潤沢なはずです。
人もよこしてくれると、ありがたいなあ。
全部、要請します。
長く待たされたが、その日のうちにディオゴ邸より2区画先の、粗末なあばら家を一軒、借りられることが決まった。
感謝を述べ、さっそく移る。
カビ臭い。
タタミの上に寝転がって、冷静に、何が起きているのかを考えてみる。
ミヤコで私たちは、追放令を出された。
日本王国の、現在は唯一の、大王より。
いったい何をしでかしたのだ、おまえたちは。といったところじゃないかな。
すみません。私たちに原因などありはしない。坊主とソウダイの悪巧みなのだ。
という説明を、これからしっかりさせていただくつもりではあるのだけれども。
誤解をとくまでは、つらい日々が続きそうだなあ。
信徒はどれだけ、いじめられていることだろう。
明日からさっそく、かれらを勇気づけて回りたい。
まずは、そこからだ。
夕刻、少女と少年が、食事を届けてくれた。
ディオゴ殿の長女、モニカ嬢と、末子で長男のヴィセンテ君だ。
7箇月ぶりのなつかしい再会だが、2人とも表情が険しかった。
そうだ、まずはこの姉弟と話してみよう。
私はカタコトのミヤコ語。2人は、ポルトガル語をある程度話せる。
なんとか、意思の疎通ができたことは、うれしかった。
「母が、とうとう、癇癪を起こしました」
ヘソを曲げられたのですか?いったい、どうして。
「実を言いますと、母はずっと、私たちがデウスの教えに導かれることを、快く思っていなかったのです。父や使用人、商売仲間が洗礼を受けるごとに嘆いていました。
そして今では、自分が絶対に洗礼を受けないだけでなく、私たちへも棄教するよう毎日泣いて泣いて、説得をされます。私たちは、つらいのです」
それは甚だしく、悲しいことです。やはり、追放令のせいですか?
「はい。それが最大の理由だと思います」
何ということだ。
ダイリサマ、あなたは、こんな美しい家庭の幸福をも破壊しようとされているのですぞ。
フォッケ宗やソウダイの言うなりになっていては国が滅んでしまいます。
どうか早く気づいてください。
そして追放令を、解いてください。
「パードレは今、ミヤコにいらっしゃるのですか?」
ん?パードレ?ああ、ヴィレラのことか。
ヴィレラでしたら、彼はイイモリにいます。
ミヨシドノのもとで、時期をさぐってます。
ミヤコの教会は破壊されました。今は誰もいません。
「そうですか……少し、安心しました。パードレ・ヴィレラは、ご無事なのですね」
ほっとした表情を見せるモニカ。
この少女は、本当に心が美しい。
あんなヴィレラのことさえ心配してくれている。
ヴィレラよ、聞いているか。
君にもこのくらいの思いやりがあってほしいよ。
ヴィセンテは、パードレ・トルレスのことを聞きたがった。
彼は7歳でヴィレラより受洗し、ポルトガルの巨大な船を見たいと必死に両親を説得して、1年間、ブンゴへ留学をした。
そこで、トルレスやフェルナンデス、アルメイダらと共に毎日、聖務と勉強をした。
トルレスからは特別かわいがられ、まるで本当のおじいちゃん以上に、今も慕っているのがわかる。
アルメイダがディオゴ邸で看病されていた間も、たっぷり話を聞いたというが、私がトルレスの盛式誓願を授けたパードレだというと、ひときわ目を輝かせて、聞き入ってくれた。
この少年の心も、限りなく美しい。
2人を見送ったあとで、また考えた。
追放令の害悪は、相当なものだ。
ディオゴ夫人の誤解もときたいが、急ぎすぎてもよくないと思う。
じっくり対策して、かかるべきだろう。
このあばら家は、私ひとりが住むのには我慢できるとしても、教会としては使えない。別に拠点をつくらねば。
そのためには、まず、カネだ。
店開きは当分、おあずけかな。
明日はジョウチンたちと、サカイ市内を見て回ろう。
信徒たちとできる限り対面してみて、何から始められるかの手懸かりをつかもう。
それでは今日は、おやすみなさい。