戰國ぢあぼろす   作:ひねもす@HAMELN

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モニカは、今日も、ヴィセンテを連れてきた。

察するところ、ヴィセンテは、父か母の言いつけでモニカを監視する役目を担わされているのであろう。

それでいて、姉弟はとても仲が良く、日頃からデウスの教えについて心ゆくまで語り合っていることもわかる。

私は容赦ない質問攻めにさらされている。

 

「メステレ・シャヴィエルによれば。

デウスは天と地、天使、太陽、月、星、昼と夜、草、果樹、鳥、獣、海と川、魚、をつくられたあとで、アダンとヱワをつくられた。とあります。

これは聖書の創世記と順序が違ってますが、どう考えるべきなのでしょう?」

 

モニカは、びっしりと文字で埋められた書面の束を私の前に並べた。

メステレがタレナーテで作成した、初心者向けケレドのポルトガル語写本とその日本語訳。

旧約聖書創世記冒頭部分の、ラテン語・ポルトガル語・日本語。

私たちが説教で使う要約版ではなく、原典からの逐語訳に見える。

多数の筆跡が認められるし、古い紙片には染みや破れも痛々しい。

一体どこからどう手に入れたのだろう。フェルナンデスが見たら卒倒するぞ。

私は、本気で答えねばならぬと身を引き締めた。

坊主どもより幾倍も手強い相手だと覚悟する。

 

「聖書の記述では。

一日目に天と地、光と闇。

二日目に天体。

三日目に大陸と果樹。

四日目に太陽と月による季節のめぐりと一年の周期。

五日目、魚と鳥たち。

六日目、地上の獣、家畜、地に這うものども、そして、人間。

七日目は、お休みになられた。

メステレは、なぜ、この通りに書かれなかったのでしょう。私は、どちらを信じればよいのでしょう?」

 

モニカは紙片を、私が読む方向に並べておきながら、それには目もくれず、私から視線を離すことなく、よどみないポルトガル語で私に話しかけてくる。

なんなのだ、この娘は。怪物か。

 

……メステレ・フランシスコ・シャヴィエルは、このケレドを書くにあたり、簡明さを心掛けたのであり、順番を、そこまで重視していなかったと考えられます。

これは、誤りではなく、福音書の記述が使徒によって少しずつ異なっているように、ゆらぎの一種、と捉えるべきでしょう。

厳密さを求めるならば、順序については、もちろん聖書が正しいです。

 

「諒解しました」

 

ええっそれで終わり?

ほんの小手調べだと言わんばかりの反応だ。

私はすでに汗だくなのだが。お水、お水が飲みたい。

 

「サタナスは、蛇を遣わし、アダンとヱワに禁断の果実を食べさせた。

これによって善悪を知る能力を得たアダンとヱワは、楽園を追放された。

サタナスもまた、地底の深奥へと封じられた。

蛇は、呪われた獣として生きる定めを背負わされた。

ここまでの理解は、正しいでしょうか?」

 

はい。正しいです。

 

「アダンとヱワは、デウスの言いつけを守り、果実に興味を示さず、蛇の誘いを頑として撥ねつけ、清く善良なまま、楽園を支配しつづけて子孫を殖やしていくべきだった。

これが、最も理想的な結末のひとつですよね。合ってますか?」

 

はい。合っています。デウスはそれをこそ望まれていました。

 

「善悪を知らぬ者が、自らの力で真偽を確かめたいと考えることは、罪なのでしょうか?」

 

ん?何か、あやしくなってきたぞ。

いえ。アダンとヱワの罪は、デウスとの約束を破ったからであって、考えたことが罪にあたるわけではありません。

 

「善悪とは何かを知りたい。それを、禁断の果実に触れることなく知る手段があれば、デウスは罰を下さなかったわけですね。

やり方さえ、間違わなければ、二人は楽園にとどまりながら善悪を知ることができた道もあったということですね」

 

……そういうことに、なりますかね。

でも、そこまでの知恵をめぐらせるには、果実を食べなくては、無理なような気もするんですけど。

つまり、食べちゃダメなんですよ。

 

「フロイス殿の考え方では。

アダンとヱワは、ただ親の言いつけを守っていればよい。家から出ることを夢見たりせず、与えられたものだけで満足し、知恵を身につけようなどとせず、一生明るく健全なまま生きるのが理想である。

こういうことでしょうか。

合ってますか?」

 

あ。本格的にやばい。

罠にはまった。

どこからはまった?

私は、答えられなくなった。

 

「お困りのようですから、話題を変えます。

慈悲深いデウスは、サタナスも蛇も、アダンとヱワも、その子供たちも、成敗されなかった。

サタナスと、彼に付き従う堕天使たちは、地底の奥深くに閉じこめられてはいるけれども、存在を許されているし、時々地上へ出て人間を誘惑することもある。

これも、デウスは、人間が怠惰にならぬようにと、黙認されていらっしゃる。

ここまで、合っているでしょうか?」

 

うえええん。こわい。絶対裏がある。

答えちゃダメだ答えちゃダメだ答えちゃダメだ。

でも、じゃあどこが合ってないのかと、絶対訊かれる。

絶体絶命。

 

「犯罪者と、それを取り締まる奉行が結託している町というのは、一見、治安はよろしいでしょう。

しかし、まじめに働く者にとって、やる気の起きる社会ではありません。

デウスがサタナスを利用していることは、人間にとっては甚だ悪辣な二重統治体制だと考えます。

反論をお願いいたします」

 

……モニカさん。

たしかに、一理ある。それは認めます。

しかし、行政にとって、犯罪者を根絶するというのは、現実的に、難しいことです。

情報を得るためには悪党一味の中に内通者をつくって泳がせておかねばなりませんし、悪の中にも、息をするくらい簡単に人を襲う者もいれば、我が子の病を治したいあまりに隣家から卵を失敬する者まで、様々な段階があります。

悪だから即抹殺、完全排除、では、それもまた社会が立ちゆかないのです。

お気持ちは、受け止めますが、どうか、もう少し、いたわりをもって世界を見つめていただけないでしょうか。

愚か者の私には、このようなつぶやきしかできないのですけれども。

どうか、どうか、御寛容に、願えれば、幸いです。

 

「フロイス殿、頭を上げてください。私も言いすぎました。反省しています。

今日はそろそろ、おいとまいたします。どうぞ御勘弁ください。

さあヴィセンテ、帰りましょう」

 

ぐったりと、床に伏した。

朝まで、寝つくことが、できなかった。

ディオゴ殿も、さぞや、心労の絶えない日々であろうなあと、同情した。

 

モニカは、いったい、いくつ知恵の実を食べたんだ。

 

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