戰國ぢあぼろす   作:ひねもす@HAMELN

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私の借家に、食事を届けてくれるのは、ポルトガル語を解さない、ヒビヤ家の下男です。

モニカが来てくれていた頃は、食べ終わり、食器を持ち帰ってくれるまで、多少なりとはいえ対話をする時間があったのですが。

下男氏は、にぎりめしと漬物を置いていって、すぐ立ち去ります。

私としては報告書を一枚でも多く書きたいので、時間がより有効に使えることを喜ぶべきです。

そう。前向き前向き。

 

モニカとヴィレラの間には、どんな朴念仁でも感じ取れるほどの、甘い雰囲気が漂います。

ヴィレラって野郎は、外ヅラだけは非常にいいんですよ。

私とミヤコで再会した時は80歳の老人に見えましたが、今は60歳くらいまで若返ってます。

落ち着いた物腰と柔らかい喋り口で、人生経験を重ねた有識者であるかのような佇まいを演出しています。

なりきってます。

そう見せてます。

奴にもアニマはひとつしか無いはずですが、悪魔にいくらの値段で売りつけたのでしょう。

アルメイダ顔負けの商売人ですね。

それとも、窓口担当の小悪魔が両替の桁を間違えやがったのかな。

ボンクラめ。

 

日中でも、モニカはしばしば、ヴィレラにコンヒサンを求めます。

教会兼住居にしている建物の、奥の間へ2人でこもって、1時間ほど出てきません。

住み込み従僕すなわちドジコスであるところの少年たちは、理由をつけては隣の部屋へ道具を取りに行き、紙の扉すなわちフスマに耳を付けて、ヴィレラの不道徳を暴こうと懸命な挑戦を繰り返しますが、未だ証拠を掴むに至らず。

私はそんな現場を見つけたら、少年たちの態度をも注意せねばならない立場にありますので、一切見てはいないフリをして、ただ、かれらのおしゃべりには耳をそばだてるという、絶妙な綱渡りを演じているという次第です。

もうやだ。神経がすり減ってたまらないよう。

 

ヴィセンテは、来る時と帰る時は常にモニカと一緒ですが、姉へも両親へも忠実に義務を尽くしています。

すなわち、姉がヴィレラとふたりきりになることを、決して妨げません。

かつ、姉が家出をしないよう見張る仕事も、完璧なのです。

私のことも、見たまま報告されているでしょう。

ディオゴ殿は私には報告を求めてきません。頼りがいのないパードレだとか言われちゃってんのかなあ。

ああ胃が痛い。ベゾアールが苦い。

 

 

教会へは毎日、たくさんのお客様がいらっしゃいます。

まず、サカイ名士の方々。

サカイでは、市民の推挙で36人の評議員が選ばれ、政治を司ります。

中でも長老格の4名様は全員、訪問をされました。

 

皆さん、ひととおり説教を聴いていかれます。

その中に、日本の邪宗をことごとく否定する方がいたのです。衝撃でしたね。

冠婚葬祭はどうしているのですか?

と尋ねると、相手が何がしかの宗派に属していれば、それに合わせる。相手のいない儀式、たとえば自分の死については、灰を海に撒けと遺言しているとのことです。

ずいぶん達観しているなあと思いました。彼はデウスの教えにも辛辣でしたが、それでも後味はよかったです。

 

フィウンガ殿の邸へ、私とロレンソとで行ってきました。

ロレンソは日本語で説教をしますが、私は言葉が充分に理解できなくとも、その語り口だけで感極まります。

でも、フィウンガ殿とその家臣たちには、あまり響いてないようでした。

想像力が欠如しているのか?無表情な日本人の中でも特別に無表情な人たちなのか?

失望しなかったといえば嘘になります。でも、諦めずにまた訪問したいと思います。

料理は、とても美味しかったです。

 

我々に食事が供されるとき、お肉を入れるか入れないか。今も微妙な問題とされているみたいです。

尋ねてさえくれれば、是非いただきますと答えるのですが、答えても日本人は素直に受け取ってくれなかったりします。

忘れていた本能を呼び戻すことになるから出すな、という理屈なんですって。

テンジク人は、人肉を食う。そんな噂が、まだまだ根強い。

広めているのは坊主です。悪意に満ちた流言飛語です。

布教最初期、我々は典礼や祝祭のたびに肉料理を提供していました。トルレスだって、大いに食べてました。

日本では、家畜は食べてはならぬものだ。そんなの、わかるわけがないじゃありませんか。

それでも坊主どもは、私たちのすること総てに悪意を混ぜ込み、拡散します。

道端や川縁に遺棄された赤ん坊や幼児を保護するのも私たちだけです。これも、坊主は嬉々として火種にするわけです。

さいわいミヤコでもサカイでも、実際に我々と接した人たちは、それが大いなる誤解であったことを、ちゃんとわかってくれるものです。坊主だけが、わからずやです。

 

ただ、聖体拝領については、もっと本質的な対策を考えるべきだと感じています。

我々は、ミサ及び祝祭において、ヲスチヤの代わりにコメを煎って、信徒たちのために準備します。

それを祝別してイエズス・クリストの肉体に変化させ、信徒の肉体に取り込ませる秘蹟です。

同様に、葡萄酒も祝別して、クリストの血にしてから取り込むのです。

本来の葡萄酒は赤いのですが、これもまた、テンジク人が人の生き血をすすっている光景だとして、悪意ある噂の一要素に加えられたものと思います。

シャカ教に馴染んできた人にとっては。イエズスが罪人として磔にされている姿を象徴とし、その肉や血を同化させて一体となるという我々の倫理は、甚だ不謹慎なものと映るらしい。

なぜかこれが日本人からは特に恐怖される、という考え方を、私は最近わかってくるようになりました。

だから今後はもう少し時間をかけて、やさしくときほぐし、じっくりかみくだきながら、説諭していく必要を感じています。

 

それにしても坊主というのは、ミヤコほど多くはいませんが、サカイでも、人を見れば嫌がらせをしてくる下世話な不良どもです。

巻物一本にびっしり質問を書いてよこして従僕に届けさせ、答えてみせろという尊大な態度を示す物臭太郎もおりました。

知りたきゃ自分で聞きに来い、とポルトガル語で答えて返しました。その後、梨のつぶてでした。

こんなのいちいち相手してられませんよ、まったく。

 

ロレンソから教わった、天文学でねじ伏せる攻略法は、かなり有効です。

ヴィセンテも、天体の話を始めると目を輝かせて聴きに来ます。

坊主たちも、星と大地の壮大な物語には興味尽きぬようです。それなのに六分儀も、望遠鏡も、いやそもそもヴィードロさえ作ろうとも考え至らず、幼稚な童話で満足していられたというのが、おかしくてたまらないですね。

 

ヴィードロといえば、砂時計。

これを日本人に見せると、全財産を寄付してもいいからそれを欲しい、とまで言われたりします。

私も1個しか持ってきていないので、あげません。でも聖書の教えをすべて理解したら考えよう、なんて言っておくと、かれらは驚くほど熱心に、説教を聴くようになります。

 

日本人をうまく誘導するコツは、いろんなところに隠れています。

今日も、観察と分析を重ねて、ひとつずつ集めていきます。

そう。前向き前向き。

 

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