トマスは、日本語が読める。
日本人だから当然だろう、と思うなかれ。
日本語の文書は、約40字ずつからなる2種類のアルファベットに加え、数千個に及ぶ漢字を組み合わせて、記述される。
領主や貴人同士が使う文体と、庶民向けに布告される文体が、全く異なる。
男性名詞・女性名詞のような格変化は無い。しかし、まったく語感の異なる男性語・女性語とでもいうべき単語や述語が別々に存在する。
同じ物体が何種類もの呼び名を持つことは珍しくない。
副詞や形容詞には、エウロパ言語のどれにも置換できない概念を複雑に含有するものが多い。
だから、日本語を正確に理解できる日本人は多くない。
ものすごく逆説的な話なのだが。トマスも同意しているから、その通りなのだろう。
私に説明できるのは、今はここまでが限界だ。
今日はこれに、新たな驚きが加わった。
上述の理由から、庶民には読み書き能力が浸透していない。読み書きを学びたければ、坊主に弟子入りをするというのが一般的で、必然的に悪の道へ染まる。
純真なる無教養者と、悪魔に教育された言語能力を有する者に、二極化する理屈だ。
さて、シャカ教には20だの40だの近い宗派があるというが、それぞれが独自の教典と正史を持ち、我こそが真理と互いに主張して争っている。
そのまま全滅するまで争ってくれるのが一番の理想だけど、
ところでトマスはどこの宗派だったんだっけ?
と尋ねたのが発端だった。
「最初は天台宗だったか。
次は真言宗。
浄土宗を少しかじって、禅宗へ入った。
曹洞はすぐ飽きたので、臨済で楽しく暮らした。
で今、デウス教へ入ってきたばかりのところだ」
……なんなんだ君はいったい。さまよえるジュデヨ人か。
「共通の祖先はお釈迦様だからな。分家はしても血はつながっとる。広く世間を知るには、いろんな教えを身につけねばならん。
改宗は、別に咎められることではない。
その寺の門跡とか、宮司になるつもりなら、別だがのう」
……呆然とした。
日本人はいろんなところがゆるいが、ここまでゆるいとは。
こんな奴らの一宗派だと、今も一部では思われている。
ゆるしがたい。耐えられない。
「デウス教は、一つしかないのかのう?エウロパでは、どうなっておるのかな」
ひとつしか、あるわけがない。絶対真理なのだから、答えが2つも3つもあること自体がおかしい。
国はいくつもあるし、民族も、多く分かれているよ。世俗の国家権力は、地上にひしめきあって、時々戦争したりもするけれど、ラウマを本拠地とするカウトリカは唯一普遍だ。
世俗の王が間違った行いをすれば、教皇は破門する権限も持つ。これによって、平和が保たれている。
「コンパニヤとカウトリカは、どう違うものなのか?」
日本には、同様の概念は、無いね。
カウトリカは、私たちの最高機関だ。イエズスの弟子としてもっともふさわしい人物がデウスの導きによって選出されて教皇となり、私たちに道を指し示す。
その下に、実務を担当する諸団体があって、世界各地の教会で、人々の生活を見守り、支える。
私の所属する組織はイエズスのコンパニヤ。正式名称はIHS、略称はSJ。
適切な日本語訳がないから、そのままコンパニヤで通している。
「ポルトガルというのは、君の祖国の名前なのだね。他には、どんな国があるのか?」
エウロパの西端で、世界への最前線となる運命を担っているのが、我らのポルトガル王国。
その東には広大なエスパニヤ連合王国が広がっているが、広すぎて戦乱が絶えない。もっとも、つい70年前まで、何百年にもわたるモーロ人との戦争に明け暮れていたから、好戦的な気質になるのも、やむを得なかったのだろう。
ラウマは、ずっと東だ。イタリヤという半島に幾つもの都市国家が散らばっていて、その中心にある。
ゼルザレンは、更に更に、その先だ。御子イエズスが昇天された聖地だけれど、そこは、もうエウロパではない。
周辺にはまだモーロ人の脅威があるから、僕は行ったことがない。
「モーロ人というのは、何者だ?」
野蛮な連中。かれら独自の偶像を崇拝するばかりでなく、イエズスの教えに耳をかさない。
従わない者は即、殺すという。極端なまでに血に飢えた、かわいそうな連中だ。
日本にあいつらがいなくて、ほんと、たすかってる。
「坊主のほうがましかね」
モーロ人と違って、まだ対話の余地はあるからね。こうして、君のように相談を聞いてくれる人だっている。
ああそうだ、話を戻していいかな。
トマスは、いろんな宗派を渡り歩いてきたと言った。
それぞれは、どう違うものなんだ?
「そう……さのう。
まず、共通の祖である、お釈迦様が、天竺に生まれ、悟りを開き、法華経八巻を遺された。
これが震旦まで伝わり、海を越えて、日本へやってきた」
1000年前のダイリサマが、わざわざ招いたと聞いている。国家事業だったのだよね?
「その頃の都は、奈良だった。多くの寺院や仏像がつくられた。
人の上に立つ者は、仏教を学んで国に奉仕すべし、というのがこの時代の考え方だったと、いえるかのう」
ひとつ、質問させてほしい。
フォトケが来る前、日本にはカミがいたという。そこに争いは起きなかったのだろうか。
今は相当、混じり合っているとも聞いた記憶があるが。
「争いか。起きた起きた。仏教を招くにおいて、推進派と反対派が戦争をして、推進派が圧勝した。
当時は震旦の方がなにもかも上だったからのう。武器も、建築技術も。漢字だって震旦から輸入した。
今も奈良は神と仏が共存する街だが、実は日本古来の神は天竺の仏が仮の姿で遣わされていたのだ、みたいな説明がされているはずだぞ」
そうか。いずれフォトケは全滅させてやるが、カミを見逃してやるかどうかは、微妙な問題になるな。
それとも、区別しなくて、いいか?
「世代を重ねるうち、震旦からは新しい流行がもたらされた。
従前は貴族にも民衆にも広く伝えられるべき、わかりやすくあるべしというのが仏教の正道であったが。
それでは飽き足らなくなった者を惹きつける、深化した学問が人気を集めるようになった。
この世代の代表格が、天台宗だな」
トマスが最初に学んだのが、その、テンダイだっけ。何歳くらいで始めたんだい?
「ヴィセンテくらいの年頃か。その当時の親から逃げ出して、比叡山へ飛びこんだ。
しかし、天台宗というのは、きびしすぎるのだ。何ごとにも。
嫌になって、次は高野山へ登った。
真言宗は、実によかったぞ。空海さんは、快楽を肯定するのだ。いろんなことを、ここで覚えた。
さすがにやりすぎて、追い出されたが」
あまり世俗的すぎる話は、聞きたくないな。もっと仏教史的な観点で説明してくれ。
「その時代には都が、いまの山城国へ移ってきていた。
内裏様と貴族が繁栄を謳歌していたが、あまりに民衆を愚弄するものだから、反乱が起きて武将が頂点を奪った。
その時から百五十年ほどの間、都は東国へ移る。
新天地では仏教もまた、いろんな宗派が増えた。
軍事政権下だから、民衆の処世術も、即物的かつ現実的になる。
釈迦の教えを学び道徳的に生きよう、よりも、阿弥陀の待つ浄土へ向かって行進しよう、と方向性が変化した。
重ねて、戦火と死が身近につきまとう社会となったため、強く守ってくれる神仏が求められるようにもなった。
フロイス殿が卒倒した、明王たちのような像が多数生まれたのも、この時代以降だな」
ああ……そんなことも、あったかな。
吐きそうになるから、思い出さないようにしていたよ。
「貧しい者が、とことん貧しくなる社会でもあった。
そんな者らを救うため、ただ一度念仏を唱えれば極楽浄土へ行けると説く僧も現れる。
怒り、憤り、政府へ積極的に噛みつく和尚も登場した。
いろんな宗派が生まれ消え、都がふたたび京へ戻ってきたときに、有力な寺院が信者を抱えて一斉集合することとなった。
これが、二百年ほど前かな」
あのう。まだゼンシュウが登場してないけど、この話、あとどのくらい続くんだい?
そろそろ僕は疲れてきちゃったよ。
「すまんの。
禅宗は、そんな八家九宗の最終形態といってよいのではないかのう。
中でも臨済宗は、相手をどれだけ口でねじ伏せるかを競い合うことで、語彙に知識、集中力と持久力、肝っ玉の太さまで養える。
しかし、暴力は振るわん。ここが、他の宗派と異なる点だな。
いろいろな経験を積むことは楽しいと思うぞ。
さて、デウスの教えは儂をどれだけ強くしてくれるかな、ということを期待しておるところだが、今日はここまでにしよう。
しまいじゃ」