ソウダイは、サカイへよく遊びに来てるらしい。
ものものしく武装した兵に囲まれて行進し、庶民がうろつくような界隈には近寄らない。
……で、いてくれればまだしも。
軽装のまま、お伴数人と徘徊し、馴染みの店や新しい店にも次々立ち寄り、茶器や骨董品の値踏みを店主と楽しむ。
その姿は、サカイでは昔から知られた風物詩なのだとか。
繁華街の一角には、ソウダイの年老いた母親が住む邸もある。
息子が立派な城を持ってんだから、そっちで一緒に暮らせばいいのに。
私は一庶民ですからとか言って、サカイでのつつましやかな生活を変える気は、毛頭あらず。
その様子見を兼ねて、ソウダイとその息子は、サカイ訪問を繰り返す。
お互い決して鉢合わせしないよう、調整して。
命を狙われている重要人物が、いったい何をやっておるのですか。
市民が巻き添えになったら一体どうしてくれちゃったりするものですか。
サカイの住民たちも、もっと命を大切にしようよ。デウスの教えを学んでよ。
ねえ。お願いだから。
「多聞城には、一個で何万クルザードもする芸術品が沢山集められていてな。
弾正殿は毎日それらに囲まれて寝起きしておる。うらやましいの。
文化を愛で、その価値に投資できる者に悪人はおらん。
堺の衆はよくそれを知っておる。
どうだ。フロイス殿も、そろそろ弾正殿の悪口言うのを、やめてみてはどうか」
何を言いたいんだトマス。
まるで悪魔の囁きだ。君はいつから私にそんな説教をする立場になったのかね。
真面目に聖書を読み返したまえ。何度でも。
「アルメイダも言ってなかったか?
手紙には、なにか書いてなかったか?」
ああ。シモへ戻る前にソウダイと対決するとか言ってたっけね。
手紙には、私への白々しい励ましの言葉しか並んでなかったよ。
アルメイダは、トマスの前ではなんて言ってたんだい?
「多聞城を訪問する際、通訳にパウロを連れていったが、我慢できなくなって弾正殿と直接、対話を始めたそうだ。
すっかり茶の湯の奥深さに目覚め、手土産にひとつ貰って帰ったのを、毎日大切に使っておったぞ。
儂は多聞城を直接見たことはないが、守りは堅く、それでいて美しく、アルメイダの話を聞くだけでも、日本で最高の贅をこらした傑作と断言できよう。
仕官するなら、弾正殿にすべきかのう。
そして官途名をいただけたら、至極よのう」
トマスなら用心棒として最適な気もするが、そういう話ではないよな。
まったく、いいなあ。みんな楽しくお気楽で。
私は、唯一の気散じだったシモへの報告書執筆が、誰からも迷惑がられてると言われて、書くのをやめた。
夜、やることがなくなって、ほんとうに暇だ。
もうすぐ待降節、そして降誕祭、割礼祭と続く季節に入るが。
まったく気持が昂ぶらない。
なぜ昂ぶらないのだろう。
最近、ヂシピリナをやってないからかな。
降誕祭でも、ヂシピリナはしないのか?
モニカが来れば、やらないよな。
絶対来るから、やらせないよな。
厳かに聖歌を合唱して、子供たちの劇を楽しんで、贈り物を交換して、寄付を募って、聖書を朗読して、静かに解散する。
そんな降誕祭をするのか。
いいのか。
信徒は、それで満足してくれるのだろうか?
違うことを考えよう。
日本人は、独特の結婚観を持つ。
貴人の、特に上位の層は妻を何人も持つと最近知って、裏切られた思いをしたものだが。
一般的には、一夫一婦制を遵法する。
漁村や農村など、男も女も同じように働く土地では、それ以上とくに述べることはないが、ミヤコやサカイなど大都市になると、結婚した女は家の中へこもり、滅多に外へ出なくなる。
そして、歯を酢鉄で黒く染めたり、眉をすべて剃ってしまったりなど、奇態な風習を始めたりする。
だから教会に来る女性は、高確率で未婚だという法則が成立する。
必然的に、いろんな男どもが、若い女性と出会うことを目的として集まってくるという状況を生む。
これ自体は、批難されるべきではない。
むしろ最初の出会いが教会だったというのは、いい話だ。
問題は、日本人にとって、夫ある女性を奪うことは罪であるが、未婚の女性なら襲っても構わないという、不道徳きわまる常識が染み渡っていることである。
これだから日本の娘はどんなに幼くても処女ではなく、子供をすぐ棄てる習慣が根付いていたことにも合点がいくわけであるが。
それに気付かせてくれたのは、やはりモニカのおかげだった。
聖書全編を読破し、その真髄にまで辿りついたモニカは、言い寄る男をことごとく論破し、デウスの教えを叩きこむ。
純潔の大切さと、イエズスに倣うべき生き方を、すべての隣人に対して説き、どんなケダモノをも服従させ、人間の姿に変えさせる。
フィラドでも、ミヤコでも、若い娘が教会へ来るときは、必ず大人の男性が一緒だった。
そうでなくては危険すぎるからだ。
この光景が、サカイでは、変わりつつある。
私はモニカと御主とに、最大の感謝を捧げたい。
道がひらけてみると、今まで坊主どもは何をやっていたのだろうという素朴な疑問が湧いてくる。
こんな非常識をつくりだしたのは坊主であるから、今すぐ、おまえたち自身のインヘルノへ帰りたまえ。
二度と地上へ出てくるな。
坊主のテラへは、一般に、女性は足を踏み入れることすら、許されない。
ただし、数は少ないが、尼寺というものがあって、ここでは女性だけを受け入れる。
建前上は、そうなっている。
しかしカウトリカの修道院と同じだと思ったら大間違いだ。
ボンズとボンゾは互いに行き来して、密に接触をしているらしい。
それでも尼寺の方が少ないため、坊主どもは、女体の代替になるものを求める。
表向きは禁欲と清浄を掲げ、一般の女性を入口から招くことのできない坊主どもは、何を企むか。
私の口からは、とてもこれ以上は語れない。
悪魔より、もっと下劣な存在が、日本には棲息していた。
報告はしないから、結論もまとめない。
そろそろ、おやすみなさい。