トマスが戻ってきた。うれしくないお土産を、たくさん抱えて。
まず。キナイへの増援は当面、無い。
今年は、宣教師の上陸がなかった。定航船の一隻が海賊に襲われ、奮戦むなしく沈没した。
その船に乗っていたパードレ3人も天に召された。
それにしたって昨年、一昨年、やって来たパードレたちがいるだろう。
じゅうぶん日本にも慣れている頃だ。
一人くらい、なぜ、よこせない。
「深刻な、日本病という精神汚染が、広まっておっての」
現在、シモには9人のパードレがいる。
その全員が、多かれ少なかれ、鬱を発症しているという。
ミヤコから戻ってきたヴィレラはこれに感染しておらず、冷静に8人の症状を診て回った。
結果下した診断が、日本病。
とくに来日間もない者ほど、耐性がついてないため重症化しているとのこと。
ヴィレラに医療の心得なんてないだろう。
アルメイダの判断は?
「アルメイダ自身は大丈夫そうだが、この春五島へ布教に行って、さっぱり信徒を獲得できなかったそうだ。あのアルメイダがだぞ。
気のせいばかりとは、言っておられんように思うがの」
トマスの目から見て、僕は罹っているように見えるかい?
「変わってなさすぎだ。否、ひとりになってから、ずいぶん楽しそうにしておるようで安心した。
フロイス殿はもともと鬱になんぞ罹るような精神は持ち合わせておるまいからの。
ヴィレラは常日頃から悩みやすい人物だから、この先も大丈夫かどうかは、わからぬがのう」
聞かなかったことにしてやろう。このやろう。
それでもむしろ、何人か回してほしいものだ。
環境が変われば、気分転換にもならないか?
「心の病を抱えている者を、こんなところに連れてきたら、おぬしにいじめられて、完全に破壊されてしまうだろう。
だいたい、志願者がおらん。
冬になったら、重症者から何人かアマカウへ戻される見込みだ。人員減になるのだぞ」
トマスよ。
私は意外と繊細なんだぞ。君の言葉に、けっこう傷ついている。
いくら人員減だからって、この広いキナイを私一人で担当するなんて、無茶なことくらい、わかるだろう。
そのうち僕だってヴィレラみたいになってしまう。
そうなる前に、なんとか考えてもらいたかったねえ。
「増員については、今期はひとまず、あきらめろ。むしろ、こちらで、授洗資格を持つ日本人を育て上げろ。
それから、あまりにも長すぎる報告書は誰も読みたがらん。
要点を絞って、簡潔に書くことを心掛けよ。
以上、ちゃんと伝えたからの。よろしいか?」
へいへい。
ああ、うれしくないお叱言だった。
次いで、話題は、キナイの情勢へ移る。
大ミヨシドノが死んでいた件は、トマスにとっても驚きだったそうだ。
もっとも、その情報はすぐにシモへも伝わっていたので、私からトマスへ説明することは特になかった。
「筑前守長慶殿さえ生きていれば、ここまでこじれず、三好一族が新たな幕府となって丸くおさまっとったろうにのう。
今となっては、まだまだ先が読めんの」
それでもトマスなら、今後の展開を、いくらか予測できるかい?
「そうさ、のう。
義秋殿は、近江から更に奥地へ逃げるだろうな。
美濃は戦争中だから、若狭か越前を選ぶか。
越前まで入ると、一向宗がどう出てくるか次第にもなるな。
下手をすると、数十年ではおさまらなくなるな」
私が理解できた範囲でまとめる。
ヨシアキ殿の今いるオーミ国に隣接し、かつミヤコから離れる方角に領国が3つ。
ミノ、ワカサ、エチゼン。
この3国は領主に統治されており、まがりなりにも秩序がある。
ヨシアキ殿は領主の庇護を受ければよい。
しかしそれより先の、カンガと呼ばれる土地が、坊主どもに占領されている。
何十年も周辺諸国との小競り合いを繰り広げていて、超危険地帯なのだという。
エチゼン国には、南北二正面作戦をとるほどの兵力は無い。
ヨシアキ殿がここへ逃げ込めば、エチゼン王はミヤコへ向けて防衛線を張らなければならない。
反対側のカンガから、坊主がここぞとばかり、攻め入るだろう。
トマスが憂慮しているのは、この先の展開だ。
もし坊主どもが、ヨシアキ殿へ手を差しのべ、自分たちがクボウサマ政権を樹立することを欲せば?
カンガを何十年も占拠している坊主集団は、イコ宗である。
オーザカに本部を持つ、あいつらだ。
軍事教練にことのほか厳しいと定評があり、どんどん子供たちを仕入れては、傭兵に育てて送りだす。
その最大の出荷先こそが、北の坊主領国、カンガだったというわけだ。
見事にすべての辻褄があう。
そしてカンガ・エチゼン間で戦端が開かれれば、オーザカも呼応する。
広域大戦争の勃発となるわけである。
……それは、もちろん、最悪の場合を想定しての、仮説だよね?
「もちろんだ。これより悪い状況は、思いつけんな。
そこまでの覚悟を、今のうちから、しておこうぞ」