日本の緯度は、ポルトガルと5度も違わない。日本の方が、少し南だ。
ところが気候条件は、かなり異なる。
雪は湿気を含んで重くなるし、盆地のミヤコでは特にそれが著しい。
夏は暑く、これも湿度が高い。
コンパニヤの祭服はもちろん、エウロパ式の、寸法を合わせて作るぴったりした服を日本で着続けることは、耐えがたい苦行となる。
日本人は肌をさらすことに抵抗がない。これに私は驚いていた。
だが4年も暮らすと、ゆるい木綿のキモノをだらりと身にまとっているこの姿が、いちばんくつろげることを実感せざるを得ない。
これは、やむを得ぬ順応なのだ。
太陽の運行はエウロパと変わらないから、春分・夏至・秋分・冬至を基準とした四季は、日本にだってある。
しかしこの他に、並々ならぬ対策を強いられる、危険な季節も存在する。
まず春と夏の間に、長雨が降り続く時期がある。
シモではナガシ、キナイではツユという。
じめじめした、気の滅入る日々が2週間あまり続く。
夏と秋の間にも、西から東へ向いて何度も襲いかかってくる暴風雨の季節がある。ツフォンなどと呼ばれる。
この風のおかげでアマカウからシモへの定航船がやってこれるわけだが、ツフォンに直撃されると大型のナウでさえ粉微塵に砕け散る。
日本を去るときは、冬季到来する北風を待つことになるが、これがまた凍てつき肌を刺す。
さすが世界の最涯てにデウスが創りたもうた、最終決戦にふさわしい舞台といえよう。
日本が1500年も人跡未踏の地であったことも納得である。
人間の来るような島ではない。悪魔しか、ここにはいない。
だがしかし、私たちは訪れた。
来て、見た。あとは、勝つだけだ。
良き結末は、すぐそこだ。
戦い抜こう。アーメン。
ミヤコより、1週間くらい北東へ進む方角に、オーミと、ワカサ。
その先に、エチゼン、カンガ、ノトという領国が連なって、海へ出る。
ノトの先に広がる海は、荒く、そして、冷たい。
外界に開かれており、魚も大きくて脂がのっている。よって古くから海産物が塩蔵されて、ミヤコへ運ばれてきた。
豪雪地帯であるため果物の甘味が強いなど、とにかく食の豊かさで知られる。
全体としてはクヌカとかホッコクと呼ばれるこの地域は、戦略的観点からも決して無視できない存在感を秘めていたわけだ。
この中央に、カンガ国が腰を据えている。
昔はここも、ダイリサマより任命された領主が治めていた。しかし数十年前、坊主に乗っ取られた。
今では東隣のエチュウ国までが坊主の支配下にあり、海産物の収益から得た経済力を武器に換え、周辺諸国を脅かしている。
宗派は、イコ宗。
こいつらの本拠地は、ツノ国のオーザカ。
ミヤコを中心に、これだけの広い範囲が、やつらの勢力圏だ。
十字架発見の日。
オーミ国から、東将ヨシアキが逃亡した。
迫り来るミヨシ大軍勢におそれをなしたオーミ領主ロカクに、裏切られたかららしい。
ヨシアキは数名の従者を連れて、これから雪が降ろうというのに、北へ、北へと向かった。
現在はエチゼン国領主のもとに匿われているという、もっぱらの噂。
ここでカンガ国より手を差し延べられたら、ひょいっと駆け込んじゃうよね。
というのが目下の情勢です。
トマスぅ。
一番やばい方向に進んじゃってないかね。なんでこうなっちゃうんだ。
実情を探るべくトマスは行商人を装って、カンガへと出立した。あ、行商は本業か。
近頃は国境や領内の門衛にも、テッポウで武装している者があると聞く。
くれぐれもと無事を祈りつつ、気が気でならない。
この状況では、14代クボウサマは西将ヨシチカ殿に決まりだな。
しかし誰しもが納得する形で迎え入れられそうには、ない。
まず本来クボウサマとは、ダイリサマおよびミヤコの防衛を主任務として、受け継がれてきた要職のはずだ。
そのための実力が、まったく伴っていない。
この点では、13代目だってミヤコを離れて何年も逃げ隠れていた時期があるらしく、ミヤコ市民からも、ダイリサマからさえ、すっかり愛想を尽かされていた。
政変で13代目が殺されたあと、ミヨシ家が新クボウサマになろうとした。
実力でいえば、これほどの適任者はいない。
しかし大ミヨシドノの死が秘匿されたまま、内紛がこじれにこじれた。
政権はアシカンガ家の末裔、アワ島のヨシチカ殿が引き継ぐことになった。
ヨシチカ殿はミヨシ家との縁も深かったから、これはギリギリの妥協点ではあったはずなのだ。
しかし今、大ミヨシドノの死は公表され、新たにミヨシ家をまとめるのは誰かという議論が可能な状況になっている。
大ミヨシドノの息子はいまいち存在感薄いが、フィウンガ殿と共闘宣言を行ったから、このまま進めばかれらが中心勢力となるだろう。
こうなると、やはり新クボウサマは、ミヨシ家へ移管させるべきではないのか。
大王となる素養も心構えもなかったヨシチカ殿を持ち上げる理由など、どこにあるのか。
という話になっていくわけである。
ミヨシの兵に頼りきっているだけのヨシチカ殿。
その命を獲ることは、容易い。
問題はむしろ、東将ヨシアキがまだ生きていることにある。
ヨシアキがカンガのイコ宗と結びつく前に、その命を奪うこと。
これがミヨシ家の最優先課題である。
そのあとヨシチカを退場させ、ミヨシ家が覇権を掌中におさめる。
エチゼン領主が、匿うフリをしてヨシアキの首をとり、ミヤコへ持ってくれば、今年のうちに問題は片付くし、戦火も上がらないだろう。
これは私の考える、最良の筋書きである。
トマスは最悪を想定するが、僕は明るい未来を思い描きたいものだ。
その方が、ご飯だって、おいしいもの。
しかし状況は動かないまま、トマスも帰ってこないまま、降誕祭を迎えた。
サカイ周辺はひとまず戦の心配から遠ざかっているが、オーザカの蜂起、あるいはソウダイが動き出すことを警戒して、まだ幾分の兵が市外に陣を張っている。
その兵士たちから、是非にと呼び出された。
私は教会をダミヤンとモニカたちに任せて、出かけていった。
陣場に使っているテラへ案内されると、そこには色とりどりの飾り付けがされ、ミヨシ家の各部隊ならびに近隣領主の兵まで70人ほどが集まっていた。
旗は様々なれど、全員がデウスの信徒である。
降誕祭を祝うべくこっそりと酒食を持って集まり、今夜だけは一晩心ゆくまで笑って過ごそうと、誰かが言い出したらしい。
そして、パードレも呼んでこい、という話になったのだそうだ。
私は、兵士たちに一番人気である士師サムソンの物語を、一人芝居で演じてみせた。
こんなこともあろうかと、鞭も持ってきておいた。
久しぶりだ。いい音がする。
私も四つん這いになった。
脱ぎやすい服を着ていて、よかった。