戰國ぢあぼろす   作:ひねもす@HAMELN

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日本には、泥棒はいません。

皆無とは言いませんが、鍵の掛かってない家へ忍び込んで他人の所有物を盗んでいく行為は、稀です。

 

鍵という道具そのものが普及してませんし、家の中だって部屋の仕切りは簡単に開け閉めできる木と紙でできた扉だけです。

音も漏れまくり。

人々は何の隠し立てもせず、身も心も裸同然で触れ合うことに慣れています。

それでいて、けっこう高度な文明も持つ。

ふしぎな王国です、ニッポン。

 

この謎が、滞在5年目にして、徐々に、理解できてきました。

 

まず、家の中でもおしゃべりが筒抜けのことから。

日本人は、これに慣れてます。

しかし、秘密を持たない人間なんてありえない。

アダンとヱワの子孫である私たちすべてが背負っている原罪は、日本人にも課せられているのです。

経験を積み重ね、責任やしがらみを多く抱えていくほど、人は他者の前で口に出せない秘密を増やしてゆくものです。

日本人はこの問題を、奇妙な形で解決しました。

 

かれらは常日頃から、本心を口に出さない。

 

これなら聞かれてもなんの支障も無いという理屈です。

日本人は位が高くなればなるほど人前に出なくなり、語らなくなり、一切を部下に任せて、ますます素顔を見えにくくさせるという傾向があるようです。

思うままに言葉を紡ぐよりも、熟慮した語句を選んでなるべく少ない字数で文章を著す習慣なども、これと通じる気がします。

 

他人には常に愛想よく接する。

納得いってなくても「わかりました」と答えて、先生を困らせるような質問はしない。

わかるまで何度でも訊きなさい、と教えるエウロパの流儀とは正反対です。

ハキハキと、理解できましたと答え、完璧に暗誦してみせる。すごい、すばらしいとエウロパ人は感動します。

この誤解に気付くまで、5年もかかりました。

 

泥棒がいない話に戻ります。

日本人は、泥棒するという行為をきわめて重大な犯罪と見做します。

現場を見つけられれば、裁判など不要。即刻殺されても当然である。

実際、役人はその場で盗人を斬り殺す権限を与えられており、一般の町人ですら、泥棒だと叫ばれながら逃げる男が現れればよってたかって取り押さえ、殴り殺して構わないとされます。

実際に、何度か見ています。

悪党をやっつけた民衆たちの爽快な笑顔に、素直に感動を覚えていました。

真相は、犯人が殺されているので、わかりません。

事件が解決したあと、遺族は町から追い出されるのが普通です。

泥棒など、存在しなくなるわけです。

 

しかし、貧乏は世の常。

支出は必ず収入を上回る。

さて、どうするか。

余裕のある時に買ってあった着物や、装具などを売る。コメに換えてもらうわけですね。

損な取引になりますけど、背に腹は替えられません。

子供を売るという選択肢も常態化しています。

男の子なら5歳児まで、女の子なら10歳前後が人気あります。

乳幼児は引き取り手がいないので、適齢期までは育てなくてはなりません。

専門の商人がほうぼうの町を渡り歩いて「そろそろこの子売り時ですよ」と声を掛けて回ったりなどもしているようです。

教会へもたまに、品定めをしに来ますよ。

すぐ追い払いますけど。

 

単純に、借金をする道もあります。

町の酒蔵商はほぼ金融業も兼ねており、当座のカネを用立ててくれます。

利息は、3割から5割といったところでしょうかねえ。

返せなくなると、着物や子供を取られていきます。

それもなくなると、残された道としては、夜逃げ、あるいは、領主への陳情。

 

陳情もまた、日本ではごくありふれた習慣です。

定式があります。

余裕があるうちに、行動します。

直前まで借りられるだけ借りておき、そのカネで貢ぎ物を揃え、代書屋に頼んで領主への嘆願書を作成してもらいます。

これらを持って、申請に赴きます。

役人は貢ぎ物を受け取り、当の酒蔵商へ、借金の全額取り消しを命じます。

よほどのことがない限り、三方丸くおさまります。

 

町人は、借金も利息も払わなくてよい。

役人は、善を施したと御満悦。

酒蔵商は、普段さんざん儲けてますから懐が痛むわけでもなく、貧乏人の所帯を破壊し再換金する手間から解放される。

よくできたものです。

 

さて、ここからは、私が直面している苦労話になります。

追放令にも、どころか、布教許可状にも絡むのですが。

為政者へ何かしてもらうには、手順があるのですね。

 

まずは、貢ぎ物を用立てます。

為政者は、陳情者がどれほど困っているか、不遇に耐えているか、そうなった原因は法に照らして正当なものだったのか否か、といった問題に基本、まったく関心がありません。

まずは貢ぎ物を見る。

その量と価値を計算する。

それから、おもむろに、お前は何をしてほしいのだ?と話を聞いてくれる。

陳情者は要望を伝える。

為政者は、貢ぎ物に応じた書類を作ってくれる。

以上です。

よほどのことがない限り、それまでです。

 

追放令は、ダイリサマによって出されました。

それを望んだ者が、それなりの貢ぎ物をして、出してもらったということです。

これを取り消させるには、かれら以上の貢ぎ物を持って行かなくてはならない。

どれほどでしょう。

これを調べるのにも、おカネがかかります。縁故も必要です。

日本人は表情を見せません。ダイリサマともなれば、なおさらです。

なんの成果も無いまま、支出はかさむ一方です。

シモから届く活動費と、貴重な献上品の数々。

これらが、見る見る、無くなっていきます。

底知れぬインヘルノへ堕ちていく気分を味わっています。

 

認めたくないものだが、認めざるを得ないでしょう。

ヴィレラは、こういった交渉を、クボウサマと、何年もやってきた。

何はなくとも年始には必ず訪問し、貢ぎ物をして、食事さえふるまわれ、今年もよろしくお願いしますと、存在感を示しておく。

カネと献上品は自分だけで管理し、私には見せもしなかった。

 

クボウサマが斃れ、ダイリサマに追放令を出されたことは、ヴィレラがこれまで築いてきた全てをぶち壊しにするものだった。

どうすればいいのか、奴なりに必死で考えたことと思います。

もしかすると、ロレンソや、ディオゴ殿や、モニカにさえ、泣きながら相談をしていたのかもしれない。知りませんけど。

 

ああそうさ。私は何も知らなかったよ。

やっと5年もかかって、ここまでわかったことだよチクショウ。

そしてヴィレラは、私への引き継ぎも、有力者への紹介も特にせず、あとは勝手にやれという態度でそそくさとシモへ旅立ってしまい、今は悩める同胞たちに日本病などという名前をつけて、さぞや羽をのばしていやがるのだろうなあクソッタレめ。

 

 

聖週へ入った途端、またサンティアゴ殿に呼ばれて、サンガへ来ました。

ありったけの貢ぎ物を用意するよう言われて、持ってきました。

西将ヨシチカ殿の側近だとか、ダイリサマの筆頭家臣団だとか、いろんな人と対面しました。

皆さん、熱烈に私を応援してくださるのですが、結局またもや、謁見の日取りが組めないまま、私は一文無しになりました。

 

復活祭まではここにいますが、もう、来たくない。

貢げる物、残ってないもの。

なんなんだよてめえら。身ぐるみ剥ぐために私を呼びつけたのか。

 

日本には、泥棒はいません。

そんな生やさしい者はいない。

 

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