日本戦なんて、第1の喇叭が鳴り始める前に勝負がつくだろう。そう考えていた。
ナラだけは、壊滅した。
だがその後、戦火は拡がらず、雪が溶けて、春がきた。
春といえば、復活祭。
私は今年もサンガへ来ている。
とりあえず、ここへ来れば、肉にありつけるからだ。
サンティアゴ殿は私の到着に合わせて、獲れたての猪肉を用意してくれた。
それに見合うぶん程度の貢ぎ物は、持ってきた。
おいしい。
涙が止まらなくなるほど、おいしい。
生きてるって、すばらしい。
灰の日を過ぎた頃、西将ヨシチカ殿が正式に14代クボウサマへ就任。
名前が、また変わった。
ヨシヒデ殿になったんだっけ。
どうでもいいや。本当にめんどくさいよ、ニッポンジン。
東将ヨシアキはまだ生きている。エチゼン国に居座って、ミヤコを怨めしそうに睨んでいる。
トマスの予想した、カンガ国の貧乏坊主どもと結託する危険は、ひとまず無さげだ。
理由は、エチゼン国の方が住みやすいから、だろうって。
なるほど。単純明快。
サンガで、ワタ殿という貴人と知り合った。
私は、日本人を正しく評価する方法を磨いている。
その基準で、この男を採点する。
日本人は、すぐ、オベンチャラをつかう。
相手をほめちぎり、自分のことは卑下し、勉強になりましたとか目が醒めましたとか、お愛想を重ねる。
こんな私ですが精一杯頑張りますと、ひれ伏してまで活動資金をせがむ。
感極まった芝居で哀れを誘い、信頼させるのが定石だ。
そういうゴクツブシを撥ねのけるには、質問を積極的にしてみるべし。
私の説明を、あなたがちゃんと聞いていたのなら、ついさっき語ったばかりの話をまったく覚えていないなんて、ありえない。
わざと途中で登場人物を入れ替えてみるのも効果的です。
全然気付かれずに相槌を打たれる。
虚しくなりますよ。
こんな連中には、シャカの教えでも食わせておけば、じゅうぶんだ。
むしろ、シャカしか食ってないから、こんな育ち方をするのだろう。
7文字の呪文をただ一度唱えれば合格、すぐに免許皆伝という宗派もあるそうですよ。
一夜漬けすら必要ない。
あほらしくて、涙が出る。
さて、ワタ殿だ。
彼には、理解力がある。
デウスの教えをじっと聴き、論理的な質問さえしてきた。
日本人にしては、きわめて稀なこと。
その上で、彼は毅然と、洗礼を拒む。
「私は軍人であり、城主であり、様々な責任を持つし、時には嘘もつかねばならん。
なので、入信する資格を持てないと思う。
だが、はるばる天竺よりも遠くからこの国へ遣わされた客人が艱難辛苦を嘗めておられることには、甚だ心を痛める。
あなた方がこの王国で不自由なく暮らすことができ、そして、あなた方がこの国を好ましく思われるよう、また、この国の民もあなた方を尊敬できるよう、自分にできることを考えたい。
方法がわかったら、共に努力していただこうと思う」
驚いたね。こんな日本人もいるんだって、ことに。
ワタ殿は、オーミ国のコガという領地を治めている。
政治力も高い。近隣諸国との様々な揉め事を、調整によって解決してきた実績が窺える。
いちばん驚いたのは、次の逸話。
東将ヨシアキが、ナラのテラから逃げ出して、最初に頼ったのが、ワタ殿だった。
世間知らずの若い坊主がオーミ国の軍隊を味方につけ、ミヨシ一族を敵に回して次王への名乗りを上げるなど、考えたら確かに、普通じゃできない。
ワタ殿には、それだけの力がある。クボウサマも、ダイリサマさえ、動かせるということだ。
私が求めているのは、まさしく、このような人物だった。
だが西将ヨシ…ヒデ殿が勝利した今の情勢では、東将の味方はしにくい。
ここで急に東将ヨシアキを裏切ったりすれば、ワタ殿の信用も失われよう。
多少の時間をおいて新クボウサマの体制が整うのを待ち、ヨシアキ殿にも面子の立つ形で退場いただくという調整が必要である。
それと併せて私たちのミヤコ復帰も実現させよう。ワタ殿から、そう提案された。
ひとまずの支度金すら求めてこないどころか、困っているなら当座の資金を利息無しで貸し与えよう、返せるときまで預けておくから。とまで言われるワタ殿。
信徒となる資格がないどころか、聖人に列される資格にさえ、充ち満ちておられるのに。
何という謙虚さ。懐の深さ。
それなのに、洗礼は拒まれました。
もったいない。でも、無理強いはできません。
私は待つことにします。
むしろ、時間をかけるべきでしょう。
ワタ殿からは、心強い同志も紹介された。
ナラの南にサワという城がある。ここを守るタカヤマ殿が、すでに家族ぐるみの信徒なのだそうだ。
サンガ城の聖堂を模して、サワ城にも聖堂が作られている。受洗した家臣も求道中の家臣も、毎朝必ずミサを捧げているのだとか。
サワ城?
たしか、ロレンソがサカイを離れる前にも、ここを訪うべしと、私に言った。
タカヤマ殿の霊名は忘れたが、相当な実力者なのだな。
行ってみたいが、ナラの先だと、ミヨシの争乱が終結してくれないと難しいか。
サカイへ帰る途中、寄り道をした。
ツノ国の、アマンガサキ。大きな町だった。
ここにはミヤコやサカイで受洗した信徒たちの集落があって、大歓迎された。
老人や、足を悪くしていて出歩くことのできない人たちが、何十人も洗礼を希望していた。
とても疲れたが、来てよかったと思う。
アマンガサキではフォッケ宗とイコ宗が、いがみ合って暮らしている。
オーザカとの隣接地域にはイコ宗徒しか住んでおらず、強い殺気を伴う喧騒に満ちていた。
遠ざかるにつれフォッケ宗徒が増えていき、鬱蒼とした静けさに支配される。
コスモくんが1年間放りこまれたテラは、ここのどれかだ。
いっぱいありすぎて、わからない。
フォッケ宗は歴史も古く、内部で更に多くの派閥に割れている。中でもニチレン派というのが、イコ宗より過激な武装集団だったのだそうだ。
30年ほど前、宗内で抗争があり、このニチレンが大暴れした。やりすぎて他の派閥全てから攻撃され、今では絶滅寸前の状態にあるという。
すばらしい。いいぞ。もっとやれ。
ミヤコのシモキョウも、このとき戦場になり、私たちが住んでいた一帯もその時に全部焼けて、再建されたのだと聞いた。
驚くことでもないですね。これが日本の普通です。
ワタ殿は、ハキダメノツルです。