トマスが帰ってきた。
モンテはまだ日本にいるはずだという。
ほっとした。
「儂も会ってはいないがな。彼なら、五島担当は終わっているはずだから、志岐に行ってなかったということは、豊後を離れられなかったのかもしれんなあ。
あと、イルマンはほとんど会議には行ってないはずだぞ。どこも忙しくて、とてもそんな余裕は無いのだ。下ではな」
ぜんぜん総員参加じゃないじゃないか。
誰だよ、この報告書いたの。デタラメにも限度があるぞ。
ラウマへの報告用にしても中途半端だ。ああ、僕ならもっと立派な議事録にしてみせてやるってのに。
それはさておき。
ダミヤンは、帰ってこなかった。
代わりに、ロレンソが戻ってきた。
これはうれしい。力強い助っ人だ。
僕とヴィレラの衝突の一部始終を耳で見てきたから、自分ならばフロイスという暴れ馬をうまく操れるだろうと言って、延々終わらない「キナイへ誰を派遣するか」議題に結着をつけてくれたのだそうだ。
本人を前に、よくそこまで言う。
覚えていやがれ。
シモが忙しいなんて、甘ったれていやがる。
僕は堂々と、そう主張するぞ。
ミヤコを中心としたキナイ全域では、激震が走っている。
東の方角より、恐怖の大王が、ミヤコへ向かってきているのだ。
エチゼン国でホゾを噛んでいた、東将ヨシアキ。
彼はワタ殿を頼り、オーミ国、ワカサ国、そしてエチゼン国へと逃げながら、自分に味方してくれる領主を必死に探し求めていた。
ヨシアキはずっと坊主だったから、政治界へのしがらみがない。
一方、14代クボウサマとなった西将ヨシヒデ殿は、アワのミヨシ一族とがっちり結託している。
ミヨシ軍は全体としては大きいが、内部で果てしのない抗争に明け暮れている。
内紛に乗じてミヨシを倒すなら今か、とオーミの小領主たちは策を巡らせる。
だが、かれらもまた小競り合いに明け暮れており、背後には坊主に支配された領国の脅威が控えていて、なかなか勝負に出る者が現れなかった。
一番に動くと、隙を突かれる。
強者同士が潰し合い、疲弊し尽くしたところへ、最少の犠牲で乗り込んでいけないものか。
こう考える者ばかりだったために、危ういながらも、これまでは均衡が保たれていた。
オーミの東隣に、ミノという国がある。
その南に、ヲアリ国が隣接する。
このヲアリの軍が、実はとんでもなく強いらしい。
最近、急にそんな噂が人々の口にのぼりはじめていた。
ヲアリは、ミノと何年も衝突を繰り返していたが、昨年、結着がついた。
ヲアリ王は、覇権欲の強い男のようだ。次の獲物を狙って、ミノの兵を鍛えなおしはじめた。
オーミの領主たちがミヤコへ注意を向けている間、その背後で着々と爪を研いでいたというわけだ。
聖ヴァーツラフの祝日。
ミノから突如、大軍勢がオーミへなだれこむ。
私が第一報を聞いたときには、すでにオーミの東半分がヲアリ軍に制圧されていた。
錯綜する情報を集めているうちにも、どんどん戦火は拡大していく。
オーミ国の中でも最大勢力とされるロカク軍が、壊滅。寝ているうちに砦を焼かれ、気付いたときには首を刎ねられ、戦う前に逃げ惑い、鉛の弾を撃ちこまれまくって、巨大な湖を深紅に染めた。
エチゼン国まで逃げていたはずのヨシアキだが、なんと、このヲアリ王に庇護され、鎧に身を包んで一緒に進軍しているという。
ありえなくはない。ヨシアキとヲアリ王は過去の確執など存在しない間柄だし、ヲアリ王にとって、アシカンガ家の後継者に力を貸しているということは、このあとミヨシ一族と戦う上で格好の大義名分になる。
成算云々は問題ではない。蛮族はそんな計算をしないものだ。
私たちが考えなくてはならないのは、どこまでが戦場になり、そして、いつまで続くだろうかということである。
つまり、サカイにいていいのか?
ここは安全か?
オーミから、ひと山越えれば、すぐミヤコ。
かれらは態勢を整え次第、突撃してくるに違いない。
ミヤコの民は、着の身着のまま、逃げ出している。
サカイへも、大勢、駆けこんできたが、収容しきれなくて今は全ての門が閉ざされている。
市外には、難民が溢れている。ここでは、泥棒と追い剥ぎと人さらいが、何をしても許される。
ワタ殿からの使者が、教会を訪れた。
「堺は、安全地帯ではない。堺は三好主流派との同盟を宣言しており、その経済力基盤ともなっているところから、尾張軍の攻撃対象に含まれていることは間違いがない。
尾張軍は、明日にも京へ入るが、そのあとで三好軍を可能な限り殲滅することが確実視されている。
義昭殿を将軍にさせることが大義名分であるから、そのためには義栄殿を殺さねばならない。
同時に、今こそ三好家の権勢を破壊し尽くす好機であることも理解していよう。脅威は早いうちに潰しておくことが肝腎ですからな。
承知されたならば、フロイス殿らも、避難された方がよろしいぞ」
サンガ城は、もちろん危険地帯ですよね?うわあ、どうしよう。
悩む時間も惜しいので、ひとまずアマンガサキの信徒を頼ることにして、コスモくんに祭具を担げるだけ担がせて、出発する。
トマスや、ディオゴ殿たちは、自分の家邸を全力で守ってください。
いのち、だいじに。
生きていたら、また会おう。
あるいは、パライゾで!