戦争は数で決まる。そう教えられてきた。
ブリタニヤ王は、秘剣を与えられた。この力をもって、たった12人で巨大なロムルス帝国と戦い、撃退した。
お伽話なら、それでめでたしだ。しかし子供たちはやがて正しい知識を学んで大人となり、戦地へと羽ばたく。
奇蹟は、奇蹟的にはやって来ない。
モーロ人の襲来に備えるには、まず兵力を整えよ。
相手よりも多い戦闘員を常備せよ。
これが、原則だ。
もちろん平時は農業漁業工業その他に従事していてもらう。しかし、いざ戦争となれば武器をとり、統帥に従って、勇敢に闘う。
そんな国民を、普段からしっかりと養成しておかねばならない。
これが国家を安定させる基盤であると。
少なくとも私はそう教えられてきた。
キナイに君臨したミヨシ一族とその兵士たち。
昨年まで、かれらは日本最強の精鋭だと恐れられていた。
こんなお侍さんになりたいと、あこがれの眼差しを注いでいた少年たちも、数多くいただろう。
しかし化けの皮は剥がれた。
軟弱者の群れは、オニの噂を聞いただけで逃げ出した。
難民たちは冷ややかに、かれらへの期待を棄て去る。
クボウサマも実はとっくにその程度のモノ扱いしかされていないが、ミヨシだって、これに代わる器ではなかったということだ。
替わったところで、変わらない。
さて。では今、少年たちがあこがれの眼差しを注ぐ対象は、いったい誰になったのか。
日本の暦で新年を迎えた直後。
ミヨシの残党が数百名、ミヤコで、15代目クボウサマを襲撃した。
13代目が殺された王宮は、廃墟同然と化している。15代目は、軍事拠点化されたテラのひとつを政務室にしていた。
襲撃者は、ここを突き止めた。
護衛は、オニの手下が十数名、待機していただけだった。
ここでも、ミヨシ兵は惨敗する。
オニの手下は、飛びこんできた獲物を次々と斬り殺し、逃げる者は追い回して容赦なく弓を引いた。
オニはミノの領都ギフへ還っていたが、報せを聞いて駆けつけた。
通常、馬で片道3日かかる距離を、4日で戻ってきたという。
よく考えてみてほしい。
ミヤコから伝令が走る。ギフへ到着する。オニに知らせる。オニが兵に出撃命令を下す。ミヤコまで進軍する。この、大雪の中をだ。
往復4日で?どうやって?
理解できない。オニの馬には、翼でもついているのか。
途中いくつもの山もあるし、オーミ国には巨大な湖があって、今の季節は凍っているから舟も使えないはずだ。
一体全体、どうやって?
そんなオニは、キナイ中の各都市へ上納金を要求している。
治安を保障する代償としての、ではない。断るならば焼き払うぞと脅しつけて巻き上げるのだ。
逆らうことなど、誰もできない。
ただ、これでは高すぎますと交渉する余地は認められる。
サカイに関していえば、長老たちが市の人口や構成比、生産力や財務事情などを説明して、なんとかこのくらいの額で、と弁明することによって手加減してもらえたという。
意外と理性的だな。
今のところ、戦場以外では実際に焼き討ちされた例があるとは聞かない。
手っ取り早く町の規模を調べて回るのが目的のようにも思えるのだが、さすがに考えすぎか。蛮族に、そんな知恵など、あるわけがない。
ワタ殿からの使者が時折教会へ訪れて、安心せよと言ってくれる。
困り事はないかとも聞いてくれて、種々の便宜をはかってくれる。
方々への借金がたちまち、帳消しとなった。
こんなことになるんだったら、もっと借りておけばよかった。
しばらくは平穏な日々が続いた。
四旬節を迎える直前、ワタ殿が教会を訪れた。
私たちの生活ぶりを見て、信徒たちからも話を聞いて、いろいろと考えてくださっている。
ロレンソに説教させようと準備していたら、ディオゴ邸へ挨拶に行きたいと言われた。
私も同行を求められた。
ディオゴ殿は商談で市外へ出かけていたため、奥方が対応された。
ワタ殿は、我々がテンジク人と呼ばれ、信徒もごく少なかった時代から、ディオゴ殿が誠意を尽くして援助してくれたことを、この上なく感謝すると述べた。
自分たちよりずっと高度な技術と学識を持つ、ポルトガルという、はるか遠くの国から命の危険も顧みず到来した私たちを、日本王国は正しく遇することができなかった。
ディオゴ殿がいなかったら、日本は野蛮なだけの、礼儀も知らぬ、世界を語る資格も世界に語られる資格も無い、ならず者ばかりの島だと思われたままでいたことだろう。
あなた方が、それを防いでくれた。
現クボウサマに代わって御礼申し上げる。
そんな風に、説明してくれた。
奥方は、時折私の顔を見て、信じられないという表情をする。
私は、笑いそうになるのをこらえるので精一杯だったが、モニカとルカスの騒動以来だったし、奥方の誤解がとけるならそれに越したことはない。
勝ち誇った気分を顔に出すのは、やめておいた。
奥方は退席され、代わりにヴィセンテがよこされた。
彼がワタ殿を特に感動させた話を、付け加えておこう。
ヴィセンテは、ポルトガル船の大きさや革新的な造船技術を、その場で紙に描いてみせながら、ワタ殿に説明した。
私の耳では理解できない専門用語も散りばめられていたが、三角帆は逆風でも前に向かって進めるのだとか解説していたようだ。
なぜ君はそんなことまで知っているのかね……と問い質したい気もしたが、これも、やめておいた。
ワタ殿が夢中になって聴いていたし、そんな熱狂のさなかに私が水を差すのも、よくない。
夕暮れも迫る頃になって、私たちはディオゴ邸を退出した。
ワタ殿は興奮冷めやらぬ調子で、鼻息荒く、ぜひ近いうちに私たちのミヤコ復帰を実現させてみせよう、その自信がついた、と申された。
私は、礼を言って、教会へ戻った。
好い方角から、風が吹いてきているのを感じる。
船出は、間近い。たのしみだな。