カヅサ殿が、日本におけるカエサルであることを、思い知らされている。
まず、会談した翌日にはもう、教会が明け渡された。
スルカ国の兵は、すべてを綺麗に片付けて出て行った。
私たちは大勢の信徒と共に、引越をして、祭壇を飾りつけた。
とはいえ、アンタンの家は居心地がよすぎたので、もうしばらく使わせてもらうことにしてある。
放置期間が長すぎたせいで、ミヤコの信徒の祈り方には、仏式がいろいろ混じってしまっていた。頭を抱えながら、教えなおす。
そうしているうちにカヅサ殿より、許可状が届いた。
「世界の真理を布教するデウスの使徒パードレへ伝える。
パードレはミヤコへ居住することを許され、自由を与えられ、日本人が義務として行うべき一切を免除される。また、我の領国内において、その欲するところへ滞在することも許し、これを妨害したり、パードレを不当に苦しめる者があれば断乎処罰する。
永禄十二年四月八日認 織田上総介信長 (朱印)」
私たちは、それを何度も読み上げた。
ワタ殿の使者が板材を準備していてくれた。その場でこれを筆写し、教会の入口へ立てかけた。
明日、カヅサ殿へ感謝の意を伝えるべく、訪問しましょう。そう言われた。
信徒たちからの寄付がどっと集まり、とくに富裕者たちが、銀の延べ棒を3本も提供してくれた。
しかし、カヅサ殿は、これを受け取らなかった。
「日本で手に入るものは、いらん。くれるなら、この前の、頭にかぶるようなものが見てみたい。
この素材は水をはじくが、油でも塗ってあるのか?」
それは、ビロード製の帽子だった。
私も製法はよく知らないが、動物の毛皮じゃなかったかな。
ふと思い出して、ポケットに入れていた砂時計を出してみた。
珍しがられ、所望されたので、差し上げた。
ポケット自体も、日本のキモノには無い仕掛けなので、それについての話が弾んだ。
さらに数日して、クボウサマからも、ほぼ同じ内容の許可状が届いた。
あまりにもそっくりなので、カヅサ殿に命じられたことがひと目でわかる。
こちらへも、お礼訪問をした。
今回は、本人が会ってくれた。
カヅサ殿と比べてはかわいそうだが、15代目は、人ひとり斬れなさそうな、鈍く虚ろな眼差しの人物だった。
銀の延べ棒は、この人に全部持っていかれた。
トマスが、様子を見に来てくれた。
これまでも、サカイからミヤコ、サンガ、エチゼンなど、方々を巡回してもらっていたが、これからも頻繁に運び屋をやってもらうことになるだろう。
ペンテコステが明けたら、またシモへ行ってもらう。カヅサ殿が喜びそうな珍しいものを選りすぐって持ってきてもらいたいと、希望を伝えた。
さて、順調なことばかりでもない。
板書した許可状だが、数日後には、二つに割られて地面に叩きつけられていた。
信徒に対する坊主の嫌がらせも以前より気合いが入っているみたいで、実にわかりやすいことだ。
ミヤコは坊主どもの吹き溜まりであり、私たちはここで暮らす以上、常在戦場の心構えでいなければならない。
ワタ殿の邸にお礼訪問をした際、この問題について相談をしてみた。
後日、ワタ殿は検分を兼ねてミヤコの教会を訪ねてこられた。
祭壇にある機械時計に目を留められ、これはカヅサ殿に大いに気に入っていただけよう、と力説される。
それは日々の政務に必要不可欠なものなので、献上品にはできませんと何度も断ったのだが。
断り切れずに運び出した。
その足で、すぐにこれからカヅサ殿へ会いに行こうとおっしゃられる。
初めてカヅサ殿とお会いした、ニジョウに建築中の王宮。
美しい庭に面した茶室へ案内される。
カヅサ殿、ワタ殿、私、ほか数名の家臣がいるだけの、小規模な茶会が催された。
カヅサ殿は機械時計をじっくりと眺め回したあと、私に操作をしてみせるよう命じた。
1日1回、発条を巻き、正午に針を6時に合わせる。
これで1日24回、正確に等間隔で鐘が鳴る。
非常に面白がられたが、これも、返された。
「予には、扱いきれぬ。これは、そちが大切に使え」
私は、ほっとした。
さて、ここから本題へと入る。
ワタ殿は調整力に長けており、広い情報網を持っている。
私が今後直面することになるであろう重要な問題について、皆の前で提議をされた。
ミヤコの坊主集団は、デウスを、イエズス・クリストを、パードレを、教会を、とにかく憎んでいる。
信徒なら改宗すれば赦してくれるが、パードレは赦さない。
連中にとっては、5年前のダイリサマによる追放令が未だに有効である。
カヅサ殿の権威をもってしても、この震動は容易には鎮められないらしい。
目下、坊主の中核で特に気炎を上げているのが、ニチジョウという男。
フォッケ宗の中でも戦闘的なニチレン派の一員で、ダイリサマとのつながりが深い。
その王宮へ自由に出入りできるほどの特権を持っているため、カヅサ殿は彼をダイリサマとの交渉役に使っている。
立場としてはカヅサ殿が上とはいえ、手駒としてのニチジョウを失うのは痛手である。だから一方的にパードレの味方をするわけにはいかぬ、という事情がある。
政治ですねえ。
わかりますけど、どうしよう。
「宗論をせよ。予が判定を下す」
カヅサ殿の前で、一騎打ちですか。
途中から、そんな予感はしてました。
コソコソ噂を流されたり、夜中に悪戯をされるよりは、ずっといいですね。
正々堂々、戦いましょう。承知しました。
ロレンソを連れてきてもいいですか?
認められました。
明日、なんとかいうテラで。お迎えがくるそうです。完全装備で、臨みます。
ロレンソよ、君が頼りだ。よろしくな。