何を着ていくか、迷った。
最高級の装束で臨むべきか、最も貧しい身なりで行くべきか。
どっちも、アリなのである。時と場合による。相手次第でもある。
結局、多数派の意見に従って、盛式誓願用の祭服を着た。
重いんだよな、これ。
思考能力が落ちるんだよ。夏なんか最悪。
本日は曇天なり。午後から雨が降りそうです。気分が乗りません。
決闘場は、テラの大広間でした。
坊主に、貴人に。何百人も詰めかけてます。
信徒の顔も大勢見えますが、圧倒的に、坊主だらけ。
カヅサ殿に一礼し、私とロレンソは並びます。
正面にはニチジョウひとり。
いかつい野人です。
トマスから、理性と愛嬌を奪いさったらこうなるだろう的なツラ。
「パードレ・フロイス殿は和語を理解できますが、仏教の深い知識には通じておりませぬ。よって、私がお相手つとめさせていただきます。イルマン・ロレンソと申します。目が見えていた頃は、比叡山にて学んでおりました」
「仏教を知らずして和語を弄ぶとは、奇妙奇天烈なり。よい。まずはそなたを論破せむ」
「日乗上人。あなたは、どちらの宗派で学ばれたのですかな?」
「すべての兼学を修めた。その果てに立ち、仏の教えは日本人に合わぬと結論しておる。
いまは、神道に立ち返った。
内裏様が万世一系たゆまず歩んでこられた日の本たる我国の精神を、復権させたいと念じておる。
南蛮の毛唐どもの出る幕など、無い」
「仏教もこの国から追い払うべき、とお考えですか?
さきほど、仏教を知らずして和語を理解するなど、と言われましたが、和語から仏教由来のものを排せば、ひとりごとすらつぶやけなくなりますぞ。
文字をどうやって書き遺されるおつもりですか?」
「わし一人で、わし一代で、どうにかしようというのではない。永い時間はかかろう。
ただ、この国には仏法など要らぬ。以前は、今より豊かで、国民は皆、純朴であった。
そんな歴史があったことを正しく知り、内裏様の御心に沿ってこの国で生きてゆくべしだと言っておるのだ。
わからぬか?」
「仏教が根付いた一千年間もまた、我国の歴史であると、私は考えますが。
実は我々も、いまの歪んだ世界から人々を救済したい、正しい道へ振り向きなおさせたいと念じている点では、上人と同じ情熱を持っているのです。
この点は、どう思われますか?」
「ふざけないでいただこう。天竺より遠くから来たというが、わざわざそんな旅をしてまでこの国へちょっかいを出しにくる意味が理解できぬ。
とっとと祖国へ帰られたし。命までとろうとは思わぬ」
「ひとつ申し上げます。
デウスの教えは、武器をもって相手を従わせるものではありません。
私たちは、言葉を第一に、慈しみと赦しをもって教えを説き、それに目覚めた者が救済される道を示すことが信条です。
命をとるとか、とらぬとか、そういう話をしている限り、人と人とはわかり合えませぬ。
これをまず、ご理解いただきたい」
ここで、カヅサ殿が、発言を加えられた。
「ロレンソ。確認したいことがある。
ここにはデウス信者の侍も大勢来ているが、毎日、人の命を奪うことに明け暮れておる者ばかりだ。
いいのか?納得させてみよ」
「は。デウスの教えは殺人を禁じております。自分の意思で、都合で、人を殺めることは絶対に許されません。
ただ、軍人という身分で、上官の命によって殺人を行わねばならない場合は、あくまで仕事として、認められます。
それでも良心の呵責に苛まれる場合は、パードレへコンヒサンを求めることができます」
「フロイスは、どうか。意見を聞かせよ」
私は、答えた。ロレンソの言った通りですと。
「フン。納得はいかんが、よい。続けよ」
ロレンソはこの後、巧みに論点を誘導した。
坊主の教えでも、殺生や奢侈、虚言に淫行などは禁止されているが、実際にはそれがまったく守られていない。
むしろ坊主とは、これらの不道徳を積極的に教え学び実践する人種なのだ。
ニチジョウは坊主も快く思っていないようだから、意外と共感されたりもした。
その都度、観衆の坊主たちが顔をひきつらせるのが、おかしかった。
やがてロレンソの消耗が激しくなってきて、私と交代する。
論点は、デウスの教えについて、に絞られた。
すなわちニチジョウが質問し、私が回答する構えだ。
「天地を創造し、管理し、今もこの宗論に隈なく目を向けられているという、デウスなる存在が、見えも触ることもできず、呼んでも応えないとは、滑稽なり。
そんなものに、いったいどうして仕えようなどと、思えるのか」
あなたは、見て、触れるものしか、対象と認識できないのか。
空気は透明だが、間違いなくここにある。空気のおかげで人は呼吸をし、生きていられる。
光も、熱も、そればかりか太陽や月が毎日規則正しく運行し、動植物の育成をたすけるのも、無形だが存在するものだ。
デウスはその頂点に立っておられるのである。
四大元素によってつくられている私たちにその姿は認識できない。しかし、理解することはできよう。
理解すれば、デウスを讃えずにはおられまい。どうか。
「おぬしの理屈は、禅問答に似ておる。なんの証明にもなっておらん。
デウスが無理ならアニマはどうか。そなたが死ねば、アニマは肉体を離れ天界へ向かうのであろう。
それは見えるか」
あなたには、見えないだろう。残念ながら。
信心なき者には、目の前の何物も、気付くことすら不可能だ。
答えはすぐそこにあるのに。
気付こうともしないままでは。
「ほう。ならば、ロレンソになら、見えるであろうな。
この場でどちらかを斬ってやるか。
何百人もの証言者がいるぞ。見えた者から、どんな形だったかを、聞かせてもらおう」
ニチジョウは、脇に置いていた刀に手をかけた。
いつから、そこにあった?持参してたのか?
おい。君はいったい坊主なのか武士なのか、役人なのか。何なんだ。
つい、考えこんでしまっていた。
祭服が重かったせいもある。正座で、足もしびれていた。
動こうとか、逃げようとか、思いつきもしなかった。
カヅサ殿の声が、りんと響いた。
「そこまで!日乗、貴様の敗けだ」
え?
「ここの畳を血で穢すつもりか。
フロイスを見よ。微動だにしておらん。この性根の座りように比べて、貴様は何だ。
知恵で勝てぬと悟って刀を抜くか。
情けなや。これにて、閉廷とする」
信徒たちに、かわるがわる、抱きしめられた。
勝った……んだよね?
緊張がほどけたら、急に疲れが、どっときた。
あとのことは、よくわからない。
外は、大雨だった。
少し休んで、輿で教会へ戻った。