坊主どもは、粘着が甚だしい。
ニチジョウ殿。あなたは負けたのだ。
大勢の面前で、大王カヅサ殿より叱責され、敗北を宣告されたのだ。
まず、それを認めたまえ。
くやしいのはわかる。
おのれの不甲斐なさに肚が立つのもわかる。
さぞや、みじめな気持であろう。
しかしすべては、そなたの無知蒙昧と、驕り高ぶった軽挙妄動の結果であったこと。
はっきりわかって、よかったじゃないか。
これからは過去を振り切り、デウスの教えを一から学びなさい。
あなたほど聡明な方なら、いずれはイルマンにだってなれるかもしれないよ。
ロレンソだって転向者なのだ。
さあ。私たちは、いつでも君を迎えよう。
っつってんのによう。
ニチジョウは粘着質においても、並の坊主の何倍もねちっこい。
あちこちで勝負は無効だったと言いふらし、パードレが銀の延べ棒10本でカヅサ殿を懐柔したとか噂を流している。
尾ヒレがつきすぎだ。
果ては、ダイリサマより5年前の追放令を再度、発給し直してもらったりなど。
あんた、それ書いてもらうのにいくらカネを積んだのよ。
と言ってやりたいところなのだけど、それを調べるのにも莫大なカネがかかるのだよね。
あほらし。
だから、しない。
とはいうものの、ダイリの追放令が今でも有効と確認されたことは、看過してよい状況ではない。
役人と兵がいつ教会へ押しかけて、財産を没収する事態になってもおかしくない。
そこでワタ殿が、護衛の兵をよこしてくれた。
なんとアンリケ殿が来られた。
治安維持、よろしくお頼み申します。
アンリケ殿、ロレンソ、トマス。その他ミヤコ情勢に詳しい信徒たちを加えて、会議をする。
ダイリサマの追放令に対し、こちらにはカヅサ殿とクボウサマからいただいた最新の許可状がある。
数では、1対2だ。勝てる。
勢力図でいえば、カヅサ殿が圧倒的に最強。
次いで、ダイリサマ。
クボウサマは兵力をすべてカヅサ殿に依存しており、加えて何より、市民からの蔑まれようが痛々しいことこの上ない。
数に含める意味すらないという人さえいる。
ふと思った。
カヅサ殿が、新クボウサマになる可能性は、ないんだろうか?
いまのクボウサマを放逐することは、いともたやすいはずだから。
何人かが、苦笑する。すでに答えは出ているらしい。
昨年カヅサ殿がヨシアキをミヤコへ連れてきて、15代目クボウサマに就任させた。
このとき、カヅサ殿に相応の褒美を、という話が持ち上がったそうだ。当然だよな。
しかしカヅサ殿は、きっぱりと辞退する。
まだまだ、しなければならないことがあるからと。
官位をつけクボウサマの筆頭家臣となれる、という栄誉についても、頑なに拒絶した。ミヤコへ住む気はないという。
これは、わかる。あの15代目から命令される立場なんて、カヅサ殿には耐えられなさすぎだろう。守る戦いを好む人物でもない。
自らがクボウサマになる選択は?
本来、クボウサマとは、ダイリサマへ尽くしミヤコをお守りするという役職。
同様に却下だ。
クボウはヨシアキが勤めておれ。
そう言ってカヅサ殿はミノへ戻り、次の獲物へ標的を定める。
すごいなあ。クボウサマになろうとしてあれほど内輪揉めをし続けたミヨシ家が、ますます矮小に思えてくる。
高価な機械時計でも、自分には無用だから要らないときっぱり断る、この潔さ。強さ。
そう、強さだ。
カヅサ殿は、あらゆる意味で強すぎる。
イソプの寓話ではないが、威勢だけはよいキツネのようなニチジョウを、さて、どうするか。
数日すると、ニチジョウはクボウサマへの訪問も繰り返しているという噂が流れてきた。
ダイリサマよりも簡単にカネでなびきそうな連中だが、カヅサ殿が再びミノへ帰ってしまった今、ミヤコでこの2政庁とも敵に回すことは、甚だ不利となる。
そんな心配が信徒たちを動揺させ、なんとかしなければならない状況に陥っている。
なんとかって。どうしよう。
ワタ殿に、相談をした。
ワタ殿はダイリサマへの影響力を、ニチジョウほどは持っていない。
だがクボウサマへなら、強く出られる。
それを、行使しよう。
ニチジョウが何を言ってきても、クボウサマの出した許可状を取り下げたり、変更を加えたりすることがないよう、あらためてヨシアキに確約させよう。
「あの機械時計を、公方様へ献上することは、可能であるか?」
え。
いやそれは。勘弁してほしいです。
カヅサ殿は返してくれましたが、クボウサマは、取ってしまわれます。
しかも、どうせ、使いこなせません。
壊されたら、私には直すことができません。
大切なものなんです。私たちにとって。
日々の聖務を正しく執り行うための、大事な羅針盤なのです。
どうかそれだけは、ご容赦ください。
とられた。
クボウサマは政庁の下男下女まで呼びつけ、針をいじくり回して鐘を鳴らさせては、下品な嗤いを全員へ強要した。
手下のひとりに、ブンゴでこれより大きな時計を見てきたことがありますと生半可な知識をひけらかす男もいて、癪に障った。
喜んではもらえた。
ニチジョウはとるに足りぬ男だから気にすることはない、布教は安心して行ってよいと、軽薄なお墨付きをもらった。
精神を手放してしまった思いにかられながら、とぼとぼと、教会へ戻る。
もう鐘は鳴らない。
私たちを文明人の側にいさせる象徴のひとつを、こんな形で失うことになるなんて。
くやしくて、たまらなかった。
私も、強さが欲しい。
カヅサ殿のように、断れる、強さが。