ニエッキを連れて、キナイ各地を巡察中。
カブラルが来たとき、あちこち案内することになるから、その予行演習と、経路や日程の確認。主立った信徒との口裏合わせ。
ニエッキにも知っておいてもらいたいことは多々ある。
そんな各種様々な必要にも迫られての観光旅行だった。
西から回ろう。まずは、ツノ国だ。
山を越えてすぐの、アークタンガワ城。ここにはダリオ殿がいる。
つい最近、息子のルイス殿が戦死されたと聞く。
急遽、葬儀を執り行った。
この土地では、ダリオ殿の老臣ガスパルに教導と洗礼、コンヒサンなどを委せっきりにしている。
非常に、うまくやってくれていた。
近々うるさい上司が視察に来るから、もっと信徒を増やしておいてくれと、お願いしておく。
次いで、タカツキ城。
城主のワタ殿が病気で伏せっており、すぐは会えなかった。
そこでアマンガサキを先に回ろうとしたが、途中で引き返さざるを得なくなる。
アマンガサキはオーザカに隣接しており、町はフォッケ宗とイコ宗に二分されていた。これが昨年の暴動以来、すっかりイコ宗に占拠されていたのだ。
その境界でひっそりと暮らしていた信徒は、今どうなっているのだろう。
復活祭にもミヤコまで誰一人来なかったことを、もっと深刻に考えるべきだった。
今や近づくことすら難しそうな殺気の渦を前に、退却した。
ワタ殿は私たちの再訪を聞き、病身にもかかわらず、会いたいと招いてくれた。
そのやつれようは前回よりはるかにひどくなっていたが、私たちへの優しさは変わらなかった。
言葉の端々から窺われる、ワタ殿の心労の根本原因は、どうやら、クボウにある。
もともと調整力に長け、人から頼られることの多かったワタ殿は、13代目クボウが殺されたあと、のちに15代目となる一介の坊主にすがられ、その逃亡をたすけた。
カヅサ殿の登場で坊主はちゃっかり15代目に就任し
現在もミヤコで王様を気取っていやがるが
実力など、カケラもない。
カヅサ殿のオーザカ攻めに付いていっても、現場を掻き回すのがせいぜいだった。
イコ宗の全国的な蜂起は、既存の勢力図を一変させる。
カヅサ殿は自分よりも、15代目を先にミヤコへ送り届けさせた。王様の顔を立ててやったわけだ。
そして、ミヨシ、ロカク、北オーミ、エチゼンなどと個別に和睦を結んでから、ミヤコを去った。
もう二度と天下を夢見たりはしない、という誓約までさせられて。
この一部始終をワタ殿はずっと傍で見ていたのだ。15代目クボウの側近として。
非常にまずい流れになった。
15代目を葬れよと私なら簡単に言えるのだが、ワタ殿にとっては立場上、これが非常にまずいのだ。
カヅサ殿は15代目に対して、肚に据えかねる思いを日増しに募らせている。それはすでに抜き差しならない段階まで迫ってきている。
その板挟みとなって苦悩するワタ殿に、今日こそ洗礼を勧める絶好の機会だと私は身を乗り出したのであるが。
ニエッキが、目で、駄目だと訴えてきた。
まあ、わかる。
一時的な現実逃避はできるかもしれないが、この状況を根本的に解決することにはならない。
デウスの信徒となっていただくには、運気が上昇する流れに乗ってからの方が、いいに決まっているからね。
それにしても、どうにかならないものかと思う。
15代目を説得して、平和裡に、クボウサマをカヅサ殿に移譲させる、その交渉役をワタ殿にやってもらうとか。
いや、だめだな。そんなことをすれば、エチゼン王が、カヅサ殿を、嘘つき呼ばわりするだろう。
クボウサマになれば皆が従う、というものではないのだ。
皆が従わざるを得ない者がクボウサマになるからこそ、王国は安定する。
カヅサ殿には、今よりももっと大きな力をつけていただいてから、再登場いただくべきだろう。
この問題は、もう少し時間をかけて、考えることにしよう。
タカツキを去り、私たちは、サカイへ向かった。
私にとっては、3年ぶりとなる。
ディオゴ殿も、すっかり髪が白くなっていた。
今では、ヴィセンテが一人前に父親を扶け、教会の面倒もよく見てくれている。
モニカは、お腹が大きくなっていた。
ヴィレラが日本を去ったことはニエッキの口から聞いており、気持の整理はすっかり、ついていたようだった。
子供が産まれたら、洗礼はニエッキにお願いしたい、と無意味に強調された。
私は、未だに、嫌われているのだろうか?
気にしすぎだよね。
みんながしあわせそうで、何よりだ。
次いで、これまた何年ぶりになるだろう。サンガ城を訪ねた。
城主は、今も、サンティアゴ殿。
彼もすっかり老けていたが、敬虔さは磨きがかかっていた。
手入れの行き届いた壮麗な聖堂で、いつもより長めのミサを執り行う。
サンティアゴ殿は、現在も、ミヨシの頭領に隷属している。
すなわち、カヅサ軍には属していない。
カヅサ殿がキナイで睨みをきかせている間は、騒がず目立たず大人しくしていた。
今後どうするのかという展望は固まっていないようだが、どうやらカヅサ殿以外の誰かを、新たなキナイの覇者にしたいようだ。
そんな彼なりの立場から現在の勢力図を俯瞰すると、また新たな視点が得られる。
他を圧倒するほどの強いまとめ役が、キナイからは、いなくなった。
結果、小領主が乱立し離合集散を繰り返している。
隣国すべてと同盟関係を結び、これが端から端まで連続すれば理想的だが、ありえるはずもなく、Aを中心とした同盟とBを中心とした同盟とがぶつかる境界に、圧力が集中する。
ここにそれぞれの同盟から軍が送りこまれ、にらみ合っているうちに、何らかの火種に引火すれば、戦闘が勃発する理屈だ。
それを調停できる存在がいない以上、武力による解決は、ある程度行きつく所まで行きつかないと、止まらない。
もちろん、他領ならともかく自領が戦場になることなぞ誰も望まないから、領主には2つの戦略的采配が求められる。
1つは、自領を境界にされない地勢的条件を計算して、周辺国との同盟を構築すること。
もう1つは、万が一戦場にされた場合でも、自領を守りきるだけの防衛力を常備しておくこと。
こういった原則を踏まえて地勢図を見ていくと。
タカツキは要衝の中の要衝であるため、周辺すべての戦闘団から標的とされる、非常に圧力過多な城であるのだ。
ワタ殿は15代目クボウの側近であり、実質的には参謀である。かつ、カヅサ軍の一員としても働いた。サンガ視点では、そのように認識されている。
衰退著しいミヨシ勢だが、その一員として要衝をあずかるサンティアゴ殿にとっては、14代目をあっさり殺したカヅサ殿も、ワタ殿も、憎さ余りある敵なのだ。
カヅサ殿はひとまず追い払った。もう一角の宿敵ワタ殿は、すぐ攻め込める距離にいる。しかも現在病床にあり、充分な指揮をとることができない。
ワタ殿は未洗礼だから、サンティアゴ殿にとっては容赦する理由もない。
ううむ。困った状況が重なり合ってしまったものだなあ。
そんな話を、していた、最中だった。
ワタ殿が、戦死したとの急報が、とびこんできた。
……え?