ワタ殿は、馬で出陣したらしい。
領内の砦へ向かう途中、敵の大軍に包囲された。
兵力は6倍差。
鉄炮の猛射を浴びた。
奮戦むなしく首をとられた。
タカツキ城は、攻めこんだイケダ軍の手に陥ちた。
その背後には、ミヨシ一族と、まだしぶとく生きてやがるソウダイたちが、力を貸していたようだ。
ワタ殿の息子と家臣たちは、アークタンガワ城へ逃げのびた。
ダリオ殿は、救援を送ることができなかった。
自領の守りを固めることで手一杯だった。
デウスの、コンパニヤの、希望の一柱が、こんなにもあっけなく、崩れ落ちてしまうとは。
ワタ殿に霊名を与えていなかったことが、悔やまれる。
彼のアニマはパライゾへ辿りつけない。
今からでも、望みの洗礼を、授けられないだろうか。ニエッキとも相談した。
しかし条件が揃わない。
ワタ殿の生きた証を、救済する手立てはない。
むごい。むごすぎる。
デウスよ、あなたはなぜ、私から、何もかもを奪う。
いや、私はいい。
ワタ殿からも、すべてを奪った。なぜだ。なぜなのですか。
楽しいですか。ご満悦ですか。
私は半狂乱になりながら、ニエッキや従僕たちに手を引かれ、ミヤコへと帰ってきた。
カヅサ殿が、ミヤコの手前まで来ていた。
軍事行動ではない。クボウサマとの会見が目的である。
その前に、ヒエノヤマで、坊主たちとの懇親会を催した。
あの包囲網が始まってから1年も経つのか。早いものだ。
フォッケ宗ヒエノヤマ派はエチゼン軍に全面協力して、カヅサ殿がギフへ戻る道を塞いだ。
その行為が、脅されての追従だったのか、それとも、カヅサ殿へ直接向けられた敵意だったのか。
イコ宗の広域叛乱を、かれらはどう見ているのか。
今後、共闘する可能性はあるのか。
カヅサ殿にとっても、たしかめたいことは、尽きないはずだ。
数日後、ヒエノヤマは、紅く染め上がった。
山のいたるところに、200ものテラが築かれていたという。
普段は観光や参詣も受け入れるが、戦時にはそのすべてが砦と化す。
ヒエノヤマを敵にするといかに手強いか、カヅサ殿は思い知らされた。
ならば、焼けるときに焼いておこう。
これは実に賢明な判断というべきだろう。
おそらく、条件はつけてやったものと思う。
味方に加えられるものならば、それに越したことはないからだ。
坊主どもには、そんな損得勘定も、できなかったのではなかろうか。
できないか。坊主だものな。
燃えさかる炎を見ているうちに、私の心は落ち着いてきた。
翌日には、ミヤコ入りしたカヅサ殿への謁見が叶えられた。
私たちは、以前と変わらず、最厚遇されている。
光栄なるかな。
カヅサ殿は、上機嫌だった。
弟2人をイコ宗の暴徒に殺され、妹君は裏切者アサイの妻として、今も北オーミに囚われている。にも拘わらずだ。
今に見ておれ。
すべてを取り返してみせる。
予から何かを奪った者は、必ず一切合切を奪われ尽くすことになる。
その教訓を叩きこんでやるからなと、澄んだ声で、貫くように語る。
ニエッキも、感銘を受けていた。
ニエッキの生まれたプレシャ、育ったイタリヤの話は、カヅサ殿を非常に喜ばせた。
中でもロムルス帝国時代、イタリヤ半島全域に街道が整備され、これが商業の発展を促し、未曾有の繁栄を築き上げたという件りは、セキアン殿にしっかりと書き取らせるため、二度三度と語らせた。
ニエッキに言わせると、日本はイタリヤによく似ている。
海に突き出した細長い島で、山地が多く、水源が豊かである。
人々は朗らかで勤勉。戦争となると勇猛果敢であることも共通している。
しかし、日本ではデウスの教えがまだまだ広まっていないことが違う。
かつてはイタリヤの民衆も、多くの邪宗団体に蝕まれ、皆がてんでばらばらな偶像を崇めていた。ロムルス帝国興亡史として知られる。奢侈に溺れ、衰退が始まり、蛮族の侵入に耐えきれなくなり、滅んだ。
この時代に遣わされたイエズスは、乱れに乱れた人々の心をひとつにまとめた。蛮族にすら、教えを知り生き方を改めれば救われるのだよと、説いた。
おかげでエウロパは、たったひとつのカウトリカを中心に、今は平和を謳歌している。
次はエウロパの外へ、教えを広めに行く段階だ。
こうして、私たちはやって来たのである。
家臣の面々も、真剣な眼差しで私たちの説教を聴いてくれた。
私は、ワタ殿の死を迎えたばかりだったこともあり、カヅサ殿へ、洗礼を授けさせてほしいと願い出た。
カヅサ殿はいつものように、自分にはまだやらねばならぬ仕事があるからなと固辞された。
だが彼はすでに、精神の上では信徒になっていると言ってよかった。
「予は、日本から、坊主どもを根絶やしにする。
武将は殺しきれぬが、坊主なら、坊主である限り殺し抜いてやる。
おぬしたちは、そのあとでゆっくり、領民をデウスの信徒にすればよい。
刃向かうことなど、教えるな。清く正しく、生きさせよ。
そのときがきたら、また朱印状を与える。
忙しくなるぞ。しっかりと、準備をしておけ」
カヅサ殿の澄んだ声には、一片の躊躇いも感じられなかった。
その言葉は、深く私たちの心を貫いた。
まるで、福音が訪れたかのように。
デウスよ。
私だって、取り返しますよ。
いつもいつも、奪われてばかりじゃ、終わりませんからね。