子供は、無邪気なものだ。
大人たちが、真剣になればなるほど、おかしくてたまらないらしい。
言うことをきいてくれない。
逃げ回り、かくれまわる。
黙っていてほしいところで、大声を出す。
脱出の順序だが、まず、長老で足の悪いパードレ・トルレスが先頭に立つ。イルマン・ゴンサルヴェスがそれを支える。
その後、子供たちを送り出す。少年たちの先輩格であるところのアウグスティヌスや、イルマン・フェルナンデスが、子供たちから目を離さぬよう、誘導する。
ブンゴから来てくれていたイルマン・サンチェスと楽奏隊の子供たちは、かれらだけでひとまとまりを組んで、港まで向かってもらう。
そして私が、しんがりをつとめる。最後にここを発ち、全員の収容を確認する。
よし、出発だ。
丘から港までは、それほど険しくないとはいえ、曲がりくねった道をそれなりの距離、歩く。
子供たちを送り出す間、いま一度邸内をあらためた。
ここへは、戻ってこられるだろうか。
ドン・バルトロメウの庇護を得られなくなった今、私たちの日本布教は、これから誰を頼みとすべきか。
暗い想像が止まらない。
信徒の女性がひとり、やってきた。
身振り手振りで何かを伝えようとしてくれるが、お互い言葉がわからない。
しかし、何か困ったことが起きて、来て欲しいと言っているようだ。
まだ、東の坊主どもが動き始めた様子はない。困っているなら、行ってあげよう。
すぐに戻ってくるつもりで、私は、彼女についていった。
軽率だったが、動転していたのだと思う。
気がつくと、倉庫のような建物に閉じこめられていた。
ポルトガル語で叫んでみたが、無駄とわかって静かにする。
これから、坊主どもに殺されるのかもしれない。
のぞむところだ。私はマルチルになるため日本へ来たのだ。なってやる。
しばらくしていると、パードレ・トルレスが連れてこられ、倉庫の中は2人になった。
どうしたことですか、いったい。
「私はイルマン・ゴンサルヴェスと坂を下っていた。日本人の家族連れが現れた。子供が駆け出し、イルマンと母親が追いかけていった。老人が私に手を差し出し、坂を下りるのを助けてくれた。
道が違うな?と思っているうちに、取り囲まれていた。そして、ここへ、連れてこられた」
……坊主の一味でしょうか。私を連れてきた女は十字を切り、跪いてみせました。だからてっきり、信徒だと疑いすらしなかったのですが……
「フロイスよ。私の前に現れた一家もそうだった。教会へ来ていた日本人かどうか自信がないが、信徒であったことは間違いないと思うよ。いずれ、何かのわけか、目的があってのことだとは思う。御主の導きに身をゆだねよう」
夕暮れが迫る頃、食事と寝具が差し入れられた。食事は、コメを丸くにぎったものだった。
他のイルマンも連れてこられるかと思っていたが、私たち2人だけのまま、翌日もそこで過ごした。
聖務日課は、おおよその時刻で行った。
私の具合はひたすら悪いままだったので、ほとんどを、寝て過ごしていた。
パードレ・トルレスも、ほとんど動かなかった。脱出は無理そうだったし、暴力をふるわれそうな気配もなかったから、おとなしくしていた。
あかりとりの窓が上の方にあり、外の音には気をつけていたが、有益な情報は、特にない。
時折、砲声のような音が聞こえたが、方角に自信がもてない。
ポルトガル船のものだったようにも聞こえたし、そうでないような気もした。
3日目に、私たちは釈放された。
目隠しをされ、ぐるぐる歩き回らされ、ああ浜の近くかなと思ったところで、ポルトガル人の水兵に引き渡された。
イルマンたちに歓喜で迎えられ、船の中で、乾し肉や葡萄酒などの食事にありついた。
情報を総合すると、かなり高度な誘拐劇だと判断せざるを得なかった。
オオムラ城の事変が伝わった途端、港では商売が中止され、皆、避難を始めた。
このとき、日本人商人たちの幾人もが、ポルトガル船団に離れられては先渡しした銀が払い損になってしまうと、危惧を抱いた。
そこでパードレを誘拐して、交渉に入ろうと思いついた者がいた。
用意周到に計画する余裕は、なかったはずだ。
しかも狙いを、2人しかいないパードレにはっきりと定め、無駄なことを一切していない。
教会にいた子供を誘拐する方が簡単なはずだが、それでは手札にならないと、冷徹に見抜いた者のたくらみだ。
さらに、村人との連携もとれている。
あざやかに私たちを引き離し、どこへ連れていかれたかわからぬようにして、とじこめた。
かれらの一味が、信徒であったことは、間違いなかろうと思う。私たちのことを熟知していなければ、こんな作戦、立てられるわけがない。
しかし、そのことを認めるのは躊躇する。
認めたくない。なにか、事情があったはずだ。躓いただけなのだ。
いつか、かれらがコンヒサンをして、ゆるされてくれればよいと思ってる。
決して、罪を犯したままで旅立ってはいけない。
行き着く先は、インヘルノだ。
私たちの身代金を払ってくれたドン・ペドロ船団長に感謝しつつ、今後について相談をする。
ひとまず、船団はこの港を動かない。昼夜厳戒態勢のまま、様子を見る。
3箇月後に北風が吹き始めたら、離日する。
宣教団がどうするかは、その時までに決めればよい。
去るもよし、とどまるもよし。
イルマン・サンチェスは、私たちの無事をたしかめた時点で、ただちにブンゴへ戻った。ナウに閉じこめてはおけない、子供たちを全員連れて。
ブンゴ王とも相談してくれるという。
帰るための船も、ドン・ペドロが用立ててくれた。水兵もつけてくれるので、海路の危険はないだろう。
ほんと、頼りになる若者だ。
皆に、デウスの御加護あらん。