戰國ぢあぼろす   作:ひねもす@HAMELN

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SengokD.1571/006.hmos

トマスが、棄教したいと言い出した。

決意のこもった野太い声で。

 

どういうことかと、奥の間で、じっくり話をきく。

 

トマスはシモとキナイとの連絡員、および財務管理担当者だった。

毎年ペンテコステが終わると、私の報告書を携えてシモへ行く。

ブンゴ。オオムラ。アリマ。フィラドやサツマまで巡回して、コンパニヤの手助けをし、定航船がやって来ると、通訳や仲介業などで走り回る。

商売については、アルメイダたちが便宜を図ってくれるので、けっこういい稼ぎをしていた。

そして、日本布教区年間予算のうちキナイ分に割り当てられる額から手数料をとった上で、サカイまで戻ってきた後、ミヤコの教会まで届けてくれる。

こんな人材に、そうそう代わりなど、いるわけがない。

 

原因は、予想通り、カブラルだった。

 

昨年の秋、トマスがシモを去ってからのことだったが、トルレスは御主のみもとに招かれた。

カブラルが執り行った葬儀は、それはもう盛大なものだったらしい。

すでに日本布教長の権限はカブラルに引き継がれていたが、この儀式を境に、方向転換がより徹底されたものとなった。

 

トルレス。フェルナンデス。そして、メステレ・フランシスコ。

かれら第一次宣教団の時代には、エウロパ人は日本で、どんな屈辱にも甘んじなければならなかった。

とにかく、自分たちの命と居場所を守り抜くこと。それが至上命題だった。

幾多の妥協を積み重ね、日本人に媚びへつらい、何をしても褒めちぎり、感心してやらねばならなかった。外交辞令に撤していたのだ。

ゴアやラウマへの報告も、日本人と日本の社会を讃美する言葉だけで埋め尽くされた。

撤退は許されなかった。

そうするしか、なかったのだ。

 

かれらの苦難は、やがて実を結んだ。

デウスの教えをまがりなりにも理解できる日本人も現れ、安全な教界が確保できるようになってきた。

首都ミヤコの周辺ではまだまだだが、シモの片隅では、滋養豊かなコンパニヤの果樹園が育まれつつある。

ここらでそろそろ

妥協の産物として本来正しくない形で広められてきた諸々の行為は

是正されていくべきだ。

うん。そうだね。

そのこと自体は、当然だと思う。

 

ただカブラルは、これをいささか性急にやりすぎている。

 

もともと、泣く、笑うなどの感情を持たない男だ。

「聖書を理解するのに、聖書以外の何が必要だというのか」

これは彼の口癖だった。

だからおそらく、信徒や求道者へ、歌や演劇など物語を通してわからせるといった手段を、今でも、回り道だと軽蔑しているんじゃないかと思う。

 

ゴアにいた時でも、あらゆる行事を手早くすませようとする傾向が強かったが、布教長という最高権力者の立場でそれをやられると、復活祭も降誕祭も、ずいぶんと味気ないものになってしまうだろう。

実際、そうなった。

カブラルの方針では、教会の雰囲気は常時、厳粛でなければならない。

トマスに言わせると、1年ぶりに訪れたすべての施設が、学舎から墓場へと変質していたそうだ。

 

トマスは初夏にオオムラ領へ着いてすぐ、パードレたちの住院を訪れた。

カブラルはそこにいて、トマスは普通に挨拶したのだが、あとでこのことが大問題に発展したと聞かされる。

日本人を勝手に出入りさせているとは何事か、というわけである。

カブラルが日本人信徒に直接、注意や要望を述べることはない。怒りはパードレやイルマンにのみ、向けられる。

これまで懇意にしていたパードレたちが急に、トマスと会話するのを避けるようになった。

その顛末を知らされてからは、トマスもカブラルを完全無視することに決めた。

 

引き替えにトマスが日本人従僕たちと話す機会は増えた。

そしてかれらの口からカブラルへの恨み辛みを、まるでコンヒサンのように聴き出すことになる。

もちろんこれも、カブラルの逆鱗に触れる。

間に挟まれたパードレたちが困っていますと、陰湿な噂もつきまとう。

ひと夏、そんな経験をして、トマスはすっかり、コンパニヤへの愛情を失った。

ミヤコへカネを届ける仕事についても、横領する危険はないのかと、カブラルがしつこく言っていたと、何人ものエウロパ人から忠告を受けたという。

 

「今回限りで縁を切る。もう二度と、おまえたちなんかと関わり合いたくもない」

 

これが、トマスの言い分だった。

ううむ。言葉が出ない。

ほどなくカブラルがキナイへの巡察にやって来る。トマス抜きで準備をすることなんて不可能だ。

 

「ならば早く取りかかった方がいい。今すぐここでお別れを決めよう」

 

そんな強い意思を、真っ正面から叩きつけられた。

一晩考えさせてくれ、なんて時間稼ぎをすることすら、とても口にできなかった。

 

わかった。

今まで、尽くしてくれて、ほんとに、ありがとう。

そう言うのが、せいいっぱいだった。

 

別れ際、最後に、デウスについてはどう思っているかと、きいてみた。

 

カブラルへの批判は当然としても、デウスを否定するならば、君はパライゾへは行けない。

これは重要な問題だ。

棄教だけは、ひとまず、思いとどまってほしいものなのだけどな。

純粋に、君のアニマを心配して言うんだ。

たしかめておきたかった。

 

「おまえたちの教義は、まだまだわからんこともあるし、時間があれば、もっと考えてみたことだろう。

だが、その気が無くなったのだ。完全にな。

コンパニヤに属している限りは、デウスは絶対の存在であろうが、袂を別つ以上、どこの誰とも知れぬ他人でしかない。

今後はお互い、敷居を跨がず、跨がせずだ。それでいいのじゃないか。

理解できるかの?」

 

理解、できなかった。

何を言っているのかも、さっぱりわからなかった。

わかろうとする気にもなれないまま、見送った。

 

さようなら。トマスだった男よ。

 

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