戰國ぢあぼろす   作:ひねもす@HAMELN

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SengokD.1571/007.hmos

待降節の3週目。

カブラルを、サカイで出迎えた。

 

サカイに着いたという書翰をミヤコで受け取り、急いで駆けつけたが、いなかった。

数日間待機していると、お伴を2人連れて戻ってきた。

ネゴロスへ寄ってきたという。

ネゴロスとは、サカイより7レグワ南にある、イズミ国の町だ。

 

その話へ入る前に。

開口一番、まず服装について叱責された。

私は絹の修道服を着ていた。日本で作らせた品だ。

教会では日本人と同じ着物で過ごすことが多いが、貴人の邸へ訪問するときなどは、絹衣を着る。

見た目はコンパニヤの正式な修道服に準じている。特に問題があるとは思わなかった。

というより、慌てていて、深く考えもしていなかった。

 

カブラルと、すっかり成長したジョアンくん。それからもう一人の従僕は、コンパニヤから支給されたままの、木綿の修道服を着ていた。

私が叱責された理由は、なぜ高価な絹衣を着用しているのか、ということだ。

 

木綿は目が粗くて、肌触りもザラザラしている。

絹は、なめらかで肌にやさしい。

高価といえば高価であるが、日本では、そこまで特別なものでもない。

むしろ、粗末な装束では人々が尊敬しなくなる。

日本人は、ことにミヤコでは、外見が極めて重視されるのだ。

勝敗は第一印象で決まる、と言ってもよい。

清貧であれとは確かにカウトリカの根本原則であるが、贅沢をしたくて着ているわけでは、ないのである。

 

とはいえニエッキから、たしかにその話は聞いていた。

カブラルは、絹衣を許容しない。

来日直後の総会議でもこの問題を追及し、絹衣の使用を全面的に禁止させた。

しかし、その会議のあとでミヤコへ派遣されたニエッキは、処分された絹衣を沢山持ってきた。私たちはそれを毎日普通に着ている。

だから、忘れていたといえば、忘れていたのだ。

 

私は言い訳をせず、ひたすら謝罪した。なんとか赦免してもらえた。

 

さて、ネゴロスである。

私は行ったことはないが、坊主の町として有名だ。

宗派は、700年前に渡来したチイナ人が始めた系統の、300年ほど経って分家した傍流とか聞いた記憶があるけれども、そんな泡沫のひとつ。

オーザカと並んでネゴロスも、戦闘員の養成と武器の製造に、積極的な姿勢を示す。

ただ領土欲は持たないらしく、主に諸大名への傭兵派遣にとどめ、政治には介入しない。

カヅサ軍へも、募集があるたび参戦している。したがってオーザカのイコ宗とは犬猿の仲であるとも聞く。

そんなネゴロスへ、なぜ、カブラルが?

 

「メステレ・フランシスコの報告に、すでにネゴロスは登場していた。パードレ・ヴィレラの日本総括でも、要注意拠点として特記されている。

おまえの報告に出てきた記憶は無いがなあ、フロイス。

だからどうせ案内もされないだろうと思って、先に見てきておいたまでだ」

 

……カブラルは、全ての報告に目を通して、しかも、いちいち記憶しているのか。

ああ、そんな奴だったよな。

くそ、胃が痛くなってきた。

 

「一見、普通の町だった。参詣者に武器工廠など見学させるわけもないんだがな。

我々の滞在中には、訓練を休止したみたいだ。

立ち去って翌日、こっそりジョアンを見に行かせたら、炮声が響いていたとさ。

狡賢い連中だよ。警戒度を上げておかねばならんな」

 

ネゴロスの近くには、サイカという港町がある。

ここも好戦的な坊主の町で、とくに海賊業で有名だ。

カブラルは知っているかな?

ついでに回ったり、してないかな?

気にはなったが、余計なことを言って質問をされてもたまらないから、黙っておいた。

 

降誕祭までは、サカイの名所などを案内して回った。

布教長の到来ということで、ディオゴ邸にて宴が催された。

カブラルは食事にほとんど手をつけようともせず、信徒たちの挨拶にも、ジョアンを通して素っ気なく応えるのみで、ほほえむ仕草すら見せなかった。

非常に、気まずい時間が過ぎた。

それと関係するかは微妙だが、この前後、めっきりモニカの姿を見かけなくなる。

難産だったけれどとても愛らしい女の子が産まれたという噂だけを聞いた。

カブラルが帰ったあとで、ニエッキにお祝いを持っていかせることにしよう。

 

「メステレ・フランシスコは、サカイに商館をつくるべきと提言していた。

その判断は正鵠を射たものと考える。

だが地価が高すぎること、坊主の拠点が多すぎることから、慎重に進めるべき案件とみなす。

そもそも内海にナウは入ってこれん。

商都なら外界に面した、もっと適切な土地を選ぶべきだろう」

 

これが、カブラルのサカイ評である。

だんだん判ってきたのだが、カブラルは損得勘定を優先し、決定打にする。

その点では、商人のような考え方ができる。

要はケチなのだ。

ただし本物の商人は、たとえばディオゴ殿は、誰かが必ず失敗をするものと前提して余裕をもった運営を心掛け、取引先にも利を与える心配りを欠かさない。まるごと受け売りだが。

カブラルは効率を求め、部下に厳しい要求だけを指示する。

本物の商人ではないのだから、ディオゴ殿と同じ哲学を求めるのも見当違いかもしれないが。

この違いが、彼独特の息苦しさを生んでいるのだなあと、合点した。

 

こんなの、いつまでも続けられてはたまらない。

あくまで日本布教を完成させるための、一段階と割り切るべきだ。

とはいえ。いつまでこの息苦しさを我慢していれば、いいのだろう?

 

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