割礼祭は、サンガで迎えた。
その後タカツキを訪問した。
どこでもカブラルの質素すぎる出で立ちに、視線が集中する。
日本では、上役が部下よりも見すぼらしくしていることは、絶対にない。
7段階の序列があるとすれば、最高権威者は末端よりも7倍、きらびやかな装束に身を包んでいなければならない。
だから我々が到着すると、フロイスが新しい同僚か弟子を連れて来たようだ、という第一印象が広まってしまう。
それにしてはやたらとペコペコしているぞ、と相反する情報が追加される。
いったい、この新入りは、何者なのか。
同じ質問と説明が、うんざりするほど繰り返された。
日本では、下町のご近所でもない限り、訪問するときは貢物を持参するのも習慣だが。
カブラルはドケチなので、必要ないと突っぱねる。
今日は急に参りましたもので、と私はペコペコ言い訳をするのであるが、たいへん格好が悪い。
交渉している間、カブラルは何も言わないが、さぞかし私に悪い評点をつけているだろうと思う。
日本人なんぞに頭を下げおって、と。
カブラルは常に、ポルトガルの王族であるかのような堂々たる落ち着きぶりを崩さない。
通訳はジョアンに一任している。
観察していると、なかなか優雅な訳し方だ。
いや……ここは、正確な表現に努めよう。
まちがった通訳はしていない。
ジョアンの語学力は、大したものだ。
時々キナイ語がわからなくて私に確認を求めてくるが、基本構文は完璧に理解していることが見てとれる。
日本人のお世辞をポルトガル語に直訳し、カブラルに伝える。
カブラルはそれを聞き流し、当然だお前たちとは違うのだからなという風な言葉を返す。
これを、ジョアンは、日本人を怒らせないよう巧みに表現するのだ。よほど日本語に通じていないとできない芸当である。
まあジョアン君は日本人なのだから、そこまで驚くことでもないか。
参考にさせてもらうため、私はじっくりと拝聴した。
かつてアルメイダは専属の通訳を連れていたけれども、相手の日本語も理解していた。それを悟られていては外交官にはなれないぞ、と言っていた。
私の見るところ、カブラルは日本語をまったく理解していない。
興味すら無いようである。
ジョアンのポルトガル語だけに、じっくりと耳を傾けている。
いや、あとは日本人たちの表情を観察しているな。ねっちりと。
なるほど。参考になるなあ。
とはいえ、サンティアゴ殿もダリオ殿も、おおむねカブラルには高評価だった。
堂々たる態度でいることは、人の上に立つべき者同士必須の技能で、そこには共感と尊敬が生じるものなのかもしれないな。
いや。カブラルの方は、相手を尊敬なんてしていないが。
その後、ミヤコへ入る。
ニエッキは、ごく短い、形式的な挨拶だけをした。
カブラルは、祝福を授ける仕草で応えた。
それきりだった。
公現祭まで、私たちは仕事ぶりをこと細かく監査されながら、日々の聖務に励んだ。
洗礼を求める新生児にはカブラルが授洗した。
バリトンで奏でられる聖句は、鳥肌ものだった。
それを聴いた信徒が、自分にも洗礼を授け直してほしいと、次々カブラルへ懇願する。
私たちの評価は、そのたびに下げられた。
ヴィレラの時代まで遡って、それは私の失点とされた。
クボウサマへの面会を申請してあった。
もちろん、カブラルの命令による。
ミヤコへ戻るとその返信が届いていて、日程を組みなおす。
相手は王様である。さすがに貢物の必要は認めてもらえた。
ニジョウ地区の王宮で謁見が叶えられた。
ここでもカブラルは堂々としており、日本の最高権力者であるクボウサマへお目にかかれて光栄ですという意味の讃辞を惜しげも無くジョアンに言わせた。
私は内心、かつて機械時計を進呈した話が蒸し返されなければよいなあと不安を抱いていたのだが、おくびにも出されなかった。よかった。
邪推だが、あの時計が今もあるなら、油を挿したりなど、調整が必要なはずだから、おそらく、とっくに壊してしまったのじゃないかと察せられる。
返す返すも、くやしい思い出である。
15代目クボウは、本人は冗談のつもりなのか知れないが、笑えもしない軽口を無思慮に挟み込んで相手を苛立たせ、家臣にもいちいち嗤いを強要する、不愉快な性癖の持ち主である。
ところがこの日に限っては、私が木綿服を着てきたことを茶化した以外は、別人のように、真面目ぶっていた。
意外だった。
これも、カブラルの威厳を前にして生じた変化なのか。
だとすると。これからの日本布教には、カブラルのように尊大な態度の長が、どっしりと構えていていてくれることこそ、積極的に必要なことかもしれないと思う。
私たちは、なめられすぎていた。
こんな軽薄な男に軽口を叩かれるような宣教師であっては、ならなかったのだ。
私はコンパニヤを、カウトリカを、エウロパを代表する者として日本へ来ているのである。
主人はどちらかということを、正しく教えこまねばならない。
いま目の前にいる、姑息で矮小な連中に対して。
布教許可および賦役・税の免除。
これらの確認をすませて、私たちは教会へ戻った。
茶を飲む暇も与えられず、次はギフへ行こうとカブラルは支度を始める。
カヅサ殿のいる、ギフへですか?
え、この雪の中をですか?
心の準備は、歩きながらでもできるだろう。私もすぐ旅支度を始めた。
ギフへの旅は、二度目だ。
安全は、かなり回復していた。
ヒエノヤマの坊主は駆逐されたし、南オーミに関しては、今はまた、カヅサ殿の支配下に戻っている。
カヅサ殿が治めているということは、すなわち領内における関所は可能な限り廃止され、宿駅でも小役人や地元の盟主による勝手な関銭徴収が原則禁止されているということである。
今回もつくづく、そのありがたさを思い知った。
カヅサ殿に、全国を統一させる。
まずはこの王国に平和をもたらさせる。
私たちは今後、より積極的に協力すべきではないだろうか。
カブラルには、その旨一応、伝えておいた。
せっかく寒い思いをして、はるばる行くのだ。
それなりの収穫を、持ち帰りたい。