「キナイのみならず、その周辺の政治情勢も探って、報告せよ」
カブラルからの指令である。
無茶を、お言いなさる。
私は宣教師ですよ。
軍人でも、官吏でも、学芸員でも、ないのです。
日本の66領国がすべて描かれた地図を手に入れ、眺めてみる。
領国扱いの島まで全部合わせると、68ある。
ほんと、いい加減な国だ。
すべて漢字2文字だが、読み方や略し方が何通りもあって、とても覚えられない。
日本人は測量をしないので、各領国の大きさや都市間の距離も、地図だけではまったく把握できない。
途方に暮れる。
もちろん一国一領主でもないし、国境線は日々、めまぐるしく移り変わるものだ。
城だけを描きこんだ地図があればいいのに。
そんな軍事情報がおいそれと手に入るはずもないか。
探っているだけで、その場で斬られることは間違いない。
それでも、地図を眺めて、考える。
カヅサ殿の本拠地は、ミノ国である。
出身のヲアリ国は南側に隣接する。
ヲアリ国から時計回りに、イセイ、オーミ、エチゼン、ヒダ、シナノ、ミカワ。
合計7つの領国に囲まれている。
このうち、隙あらば攻めてくる危険度の高いのが、エチゼンとシナノ。
オーミ北部の裏切者アサイも要警戒だが、かれらの方から攻めてくる可能性は低いだろうから、ひとまずは考えまい。
私には軍事戦略的な考え方の心得は無いが。
いかにミノが圧倒的な軍事大国だとしても、常備軍を全周囲に分散させれば、薄い膜しか張れないだろう。それくらいはわかる。
周囲の国が連帯して一斉に襲いかかってくれば、いくらカヅサ軍でも、同時に撃滅することは不可能だ。
オーザカへ出陣中、各地の敵が一斉蜂起した。ミヤコへ逃げ延びてからも数週間、カヅサ殿は身動きのとれない防衛戦を強いられた。
よく生きて還れたものだと思う。
いまさらだが、ぞっとする。
あれほどの包囲網が、再び、つくられたら。
これは絵空事ではないのだ。あり得べきこととして、対策を考えねばならない。
ミヤコのクボウに、軍事力は無い。
昨年初め、ミヤコの支配権はエチゼンに譲られたが、その後、エチゼン兵は自国内に引き退がってしまった。
エチゼンにわざわざミヤコの治安維持を請け負うほどの予備兵力は無いということだ。
カヅサ殿がヒエノヤマを焼き払ったときも、北オーミ共々、出てこなかった。
その後クボウが差配する形で、ミヤコの警備を担当するためミノ兵の駐留が許されることになり、一定数が出向している。
クボウは軍人としての実権をカヅサ殿に全面的に頼りきっているし、これからも頼れるのはカヅサ殿だけということになる。あと数年は、この体制のまま安定させておくのがよいだろう。
クボウが承認している以上、エチゼンも嫌味を言うくらいがせいぜいで、動き出すことはあるまい。
さて、未知数の新勢力シナノについて考えよう。
私の集めた情報によれば、東に連なる数箇国を束ねる、強力な領主に支配されている。軍事力も、相当な規模だ。
そして、この領主がどうやら坊主でもあるらしい。
坊主の領国といえばカンガおよびエチュウ国であるが、シナノの場合は過程が異なる。
もともと軍人だった領主が、坊主の身分を手に入れたというのだ。
しかも日本ではよくあることだが、フォッケ宗からゼン宗、イコ宗まで含めて、ありとあらゆる宗派を渡り歩き、全種類の位階を手に入れて、我こそは仏教界の最高位であるとか、ほざいているという。
軍隊を統率する実力を持った者が、坊主ならではの無節操と意地汚さ、厚顔無恥とゲスっぷりまで身につけた。あまりにタチが悪すぎると思うけれども、日本人だからな。
そこまでやる奴がとうとう現れた、ということだ。
私には到底、思いつけもしない発想だよ。
このシナノ王は、何人もの妻妾を娶っている。そこは不思議でもないが、中の一人がダイリサマの血縁で、更にその妹が、イコ宗の頭領に嫁いでいる。
私は唖然とした。シナノ王と、オーザカ王でカンガ王でもある男は、義兄弟なのだ。
その一味に、ダイリまでつながっている。
悪の枢軸きわまれり。
しかも共同声明を発した。カヅサ殿を、アミダの敵だと罵っているのだ。
まったくどこまでわかりやすすぎる坊主どもなのだろう。
わからないのは、シナノ軍の戦力である。
しかもこれに各地のイコ宗が確実に味方するとなると、厄介なことこの上ない。
なんたって、外見はどこにでもいる農民だ。
とくに最近は、イコ宗であることを普段からひた隠しにする傾向が強まっている。
合図を機に、突然かれらは農具を振りかざして兵の背後から襲いかかってくる。
その場で倒しきれなかった場合、避難民の群れに逃げこんだイコ宗を、あぶり出すことは難しい。
あらためて、地図を眺める。
この王国の内戦は、いったいどこへ向かうのだろうか。
いつになったら終わってくれるのだろうか。
デウスよ。無茶をお言いなさるな。