カヅサ軍が強い秘訣は、驚異的な移動速度にある。
大将の頭脳からして、おそろしく回転が速い。
家臣団も、キビキビと動く。
一切の無駄がない。ためらわない。
もちろん、日頃から足腰の鍛え方も尋常ではない。
大抵の敵は、身構えているうちに背後から衝かれ、気がつくときには死んでいる。
それが、カヅサ軍の特徴だ。
それを基準にしてはいけないと思う。
思うのだが、シンゲン軍は真逆なのだった。
遅い。遅すぎる。
ただでさえ遠回りしているというのに、じわりじわりと徒らに時間をかけての進軍。
鈍重であることをむしろ誇りと考えている。
まるで兎と亀だ。
だからもしかすると、皆が死に絶えるくらいの時間が過ぎたあとで、最後に勝っているかもしれない。油断ならない。
でも、それにしたって、遅すぎる。
戦術的に、それでいいのか?
ロレンソたちがサンガから帰ってきたので、さっそく情報を交換する。
サンティエゴ殿も、ミヨシ一族も。
キナイを中心とした全域で、この冬は一切の戦闘が停止している。
どこの領主も情報蒐集に余念が無く、兵力の温存に必死である。
亀の歩みを、皆がひたすら見守っている。
シンゲン軍はまっすぐ南下してトトミ国に入り、そこから西へ向かう街道を進む見込みだ。
サンガ情報によると、トトミ国には現在、地域全体を守る領主がいない。
かつていた王族が衰亡し、両脇すなわちミカワとシナノから侵略され、領土は分割された状態にある。
シンゲンはひとまず自領支配域の端までは進み、そこから敵地を通過していくという順路をとる。だから最初に衝突するのはミカワ軍。
なるほど意図はわかった。奇襲はしないのだね?
カヅサ軍は、まだ、動かない。
エチゼンと北オーミの連合に、背中を向けられない。
誰よりも亀の動きを注視していることは疑いないが、カヅサ殿も、どうしたものかと考えあぐねている状態なのだろうな。
ミカワ軍は、トトミ国内の自領端に陣を敷き、迫り来る敵に身構えている。当然の展開。
戦力差では叶わないから、ミノへも救援を要請した。カヅサ殿なら、シンゲンよりずっと早く駆けつけるだろう。
そこから先の予測が困難だ。彼我の戦術がまったく異なるゆえに。
この速度だと、シンゲンがミヤコへ辿りつくのは数年先かもしれない。
住民にとっては逃げる時間が充分にとれるかもしれない。人道的な侵攻といってよいのかもしれない。
いや、どうなんだ?
これほど気持の悪い侵略もないぞ。
ハラハラしながらも、緊張感が保てなくて、睡くなってくる。
これも作戦のうちなら、手強すぎるぞ。亀の王。
今年も、四旬節が、日本の新年と重なっている。
灰の日が、日本の暦では、1月2日だったかな。浮かれ騒げる雰囲気でもないのだが。
むしろかえって破目を外したくなる人が多くなるかもしれないな。
教会へ厄介事を持ってくるのだけは、やめてほしい。
目下の悩みは、そんなところだ。
平和なのかもしれないね。今のところは。とりあえず。
灰の日直前。続報が入ってきた。
トトミ国で、亀とミカワとの、大激突が発生。
ミカワ軍、壊滅的な敗北。
多くの将が、討ち死にした模様。
カヅサ軍から派遣された支隊の将が、討たれたらしい。その首を見た亀の王シンゲンは、ミノ王がこの戦役に介入している決定的な証拠であるとして、その卑怯ぶりを声高らかに喧伝し始めた。
そこから察せられるのは、シンゲンの旧世代思考。
戦争とは大将同士が堂々と挨拶をして決戦に臨むべきものだという、古臭い論法に根ざしているのだ。
唖然とするが、坊主たち、及び同じくらい古い世代の武将たちからは好評価。サンティアゴ殿は以前からカヅサ殿を毛嫌いしていたが、サンガ城全体が現在、シンゲンを応援する雰囲気に充ち満ちているらしいのである。
これはさすがに、いささか悪い雲行き。
大勝利に酔うシンゲン軍は、トトミ国に居座ってそのまま冬休みに入った。
どうすれば、この亀に勝てる?
ひっくり返して、首をちょん斬れる?
弱点はどこだ。早く、早く見つけないと。