アナトリア。それがレッドガンにおいてG4ヴォルタのコールサインで呼ばれる青年が生まれ育った地の名だ。
殆ど記録が残っていない昔の戦争で用いられた大量破壊兵器によって汚染された土地だ。当時暮らしていた人々は土地を捨てることを余儀なくされたという事実だけが明白であった。
それから何世紀もして汚染がマシになってくると、地球各地で勃発した内戦で焼け出された難民がコロニーを形成して細々と暮らすようになり、青年はそこで生を受けた。筋金入りの禄でもない土地だ。
底辺の暮らしではあったが青年は高等教育まで受けることのできた幸運な側だったし数学は得意なほうだった。
学べば学ぶほどこの土地のクソったれさと自分達の境遇の惨めさが嫌になった。
だからある時、悪友に声をかけてアナトリアを飛び出した。
悪友は喧嘩っ早さと口で災いを呼ぶことが多かったが、勝負事の勘と悪運を持っていた。だから声を掛けた。
「俺達にはツキがある。だから羽ばたいていけるはずだ」
悪友がポーカーでせしめた車がアナトリアを飛び出す二人の脚になった。
「けっ何が俺達だ。この俺にツキがあるんだよ。てめえは後ろで冷や汗垂らしながら見てただけだろうが」
助手席に乗り込み、ふんぞり返りながら悪友は不機嫌そうに言った。
「ハハハっ違ねえ! まっ頼りにさせてもらうぜ!」
運転席に大柄な自分の体を押し込み、後にヴォルタとなる青年はアクセルを踏んだ。
腐ったようなサスペンションのために、激しく上下に揺れるオンボロ車だったが次の街までは持った。
それから青年と悪友は賭博に明け暮れた。
時には旨いメシと女にありつける、まあまあの暮らしがしばらく続き、悪友が二度、やらかした。
最初の失敗は妙な賭けに乗り、大負けしてイカれた医者の人体実験に付き合うことになったことだ。
それは、かつてその有用性から切望されながらも、ルビコン星系を丸ごと焼き尽す未曾有の災害を齎したコーラルなる新物質とその管理デバイスを脳に埋め込む術式の再現だった。
いわゆる強化人間手術は一応成功したが、悪友はパイロットでもないのに機動兵器との神経直結ソケットを取り付けられてしまった。
その姿は物笑いの種になることが多く、悪友はますます喧嘩っ早くなり、青年もそれに付き合って荒事がすっかり達者になったものだ。
「まあそのうちツキも回ってくるぜ。シャキっとしろよ、ほら!」
青年は用心棒の仕事で稼いだ金で買ったとっておきのウィスキーをグラスに注いで、悪友に渡した。
「気楽なもんだよな、テメエはよ!」
悪友はウィスキーを一気に煽り、グラスを突き出す。手術の後遺症は数か月が経っても悪友を苛んでいた。
「ああ、畜生! 何が脳深部コーラル管理デバイスだ、クソポンコツが!
脳ミソから神経に溶岩が滴ってくるみたいだぜ! もっと酒を寄越せ!」
「へいへい。好きなだけ飲みな」
青年は自分では一滴も飲まず、悪友が欲するだけ琥珀色を注いでやった。
悪友の二度目の失敗では青年も痛い思いをさせられた。ある時、バーでポーカーに興じていた時、入ってきた軍服の男が向けた視線に悪友がキレたのだ。
悪友は手術の影響で感覚が鋭くなっていた。それは喧嘩や賭博でのキレを高めていたし、時には銃弾の射線を肌で感じ身を反らすことさえやってのけた。
「なんだジジイ、俺の面が気に食わねえって顔だなオイ?」
悪友がフルハウスの揃っていたカードを投げ捨て立ち上がった時、青年はマズいことが起こると予感した。
「いいや、何も。だが、近頃の青少年には指導が必要なようだな!」
掴みかかろうとした悪友の腕を蹴り上げた男には老兵とはとても思えない俊敏さがあった。
そのまま、青年は流れで悪友と一緒に老兵に殴りに殴られた。
「おい……生きてるか?」
背中合わせになって床にへたり込み、顔の形が変わるほどぶん殴られた悪友に声を掛ける。
「ジジイめ、いつか絶対にぶん殴ってやる――――」
呂律が回っていなかったが、悪友の闘志はまだ残っており青年を感嘆させた。
「レッドガンが青少年健全育成の務めを果たす時が来たようだな! 貴様ら、名前は!?」
仁王立ちする老兵は、悪友の心意気に免じて二人を強制入隊させた。ベイラム私設軍精鋭部隊、レッドガンの候補生に。
老兵は木星戦争の英雄にしてレッドガン総長、ベイラムの歩く地獄の異名に違わぬG1ミシガンであった。
こうして、青年はヴォルタ、悪友はイグアスのコールサインを拝命する正規パイロットとなった。七年間の軍隊生活の日々は地獄ではあったが、前進があり学びがあった。何よりもアーマードコアというマシンの破壊的なパワーはヴォルタを虜にした。
極限まで重装を施したヴォルタのキャノンヘッドは正面から敵を打ち砕く破壊者であり、イグアスのヘッドブリンガーと組めば殆ど敵なしだった。硝煙と炎の匂いを嗅がない日はない、クソのような日々であったが、人生で最も充実した日々だった。
焼失したはずのコーラルが再発見され、レッドガンはアーキバスとの争奪戦の戦力としてルビコン3に派遣されていた。
ルビコンの現地民による抵抗組織ルビコン解放戦線の砲兵陣地を奇襲する任務の後のことだ。
AC二機の火力に焼かれた陣地をブーストによる飛行で離れ、いつか一発殴るという野望も薄れてきたミシガンの居座る基地に帰投するヴォルタは前方を飛ぶイグアスのヘッドブリンガーに通信を入れた。
オートパイロットに切り替え、息苦しい耐圧服のヘルメットを脱ぎ、膝の上に置いてからヴォルタは問い掛けた。
「今更になるんだがよ、イグアス聞いていいか。ACと直接繋がるってのはどんな感じなんだ?」
二人が本名で呼び合うことも無くなっていた。
「最悪だ。焼けたコーラルが神経通ってACに流れていくってのは自分が電気信号になって機械に吸い出されていくような、気味の悪い感覚でしかねえ。おまけに光が逆流しないように常に気を張って無いとならないのよ。自分の体みたいにACを動かせるメリットだけじゃ割に合わねえ」
ルビコンに入ってから悪化した後遺症の耳鳴りに苦しみながらもイグアスは答えた。
「そうか」
ヴォルタはただそれだけを言った。
「なんだよ」
「なんでもねえよ。前々から気になってたから聞いただけだぜ。まっ辛いの我慢しながら上を目指せやG5イグアスちゃんよ!」
「けっ俺よりナンバーが一つ上だからって調子に乗りやがる」
ガハハと笑い飛ばしながらもヴォルタはイグアスが賭けに大負けした日の己の選択を後悔した。意地を張るイグアスをぶん殴ってでも、俺がヤブ医者にメスを入れられるべきだったんだ。